14.街に帰って

 ラインアルストに到着してすぐに、俺はレオをギルドの医務室に運んだ。

 すぐに治療を受けたレオは命に別状は無いそうで、しかし、しばらくは絶対安静ということだった。

 レオのことを医師に任せた俺はギルド支部の支部長室にいた。今回のことを説明するためにだ。

 部屋には支部長であるミスト、ケイン、そして偶然居合わせたリーシャもいる。


「――で、そこでいきなり頭上から大きな蜘蛛が襲ってきたんです」


「レオ君の身体に残っていた毒の痕跡からその蜘蛛はおそらくバーグスパイダーという魔物でしょう」


「あの森でですか? しかし安全が確認されているはずですが……」


 俺とミストの言葉にリーシャが動揺する。


「バーグスパイダーは戦闘能力こそゴブリン並の魔物ですが、保有する毒が大変危険なもので、最悪死に至るレベルのものです。

 ――しかしそれに噛まれたとなるとレオ君の命はここまで持たなかったはずです。医師の話では、既に毒が中和されていたそうなのですが」


「それは……」


 俺はレオが倒れた後、いきなり頭の中に声が響いたこと、そのまま流れでポーションのようなものができたことを告げた。


「これがそうです」


 俺はミストに緑の液体は少量入った容器を手渡した。

 実は、後で何を飲ませたかわからなくなっては困ると思い、少しだけ残しておいたのだ。


「……少し失礼します」


 ミストは容器のふたを開け、匂いを嗅いだり、眺めたりして検分を開始した。


「――確かにこれはポーションです。質もそこそこあるようですね」


 あ、やっぱりポーションって物が実在するのねこの世界……。

 そんなことを内心思う俺に対し、ミストが言葉を続けた。


「ポーション製造には精密な魔法技術が必要であり、製造に成功しても低質なものが多く、効力の高いものはそう多くは造れません」


 やはり、普通のポーションの他、ハイポーションみたいな高価なやつもあるらしい。

 ミストの言葉から察するに、このポーションは割りと良い物のようだ。


「作成者に創造者、ですか。そんな魔法はきいたこともありませんし、そもそも頭に声が響くなど普通ではないことです」


 やっぱり普通じゃなかったかぁ……。

 何かの魔法の類だと思っていたが、どうやら違うみたいだ。


「魔法でないとすれば――」


 この感じ、前にもあったな。

 そうだ、考えられる可能性は、スキル。だが、異世界転移よりもめずらしい存在がほいほいと俺に備わるだろうか。

 ミストたちも同じことを思っているようだが、言葉にはしない。


「とにかく、二人とも帰ってこれて良かったです」


 良かった、といえるだろうか。否、生きているだけで良い方か。この世界はこの前までいた俺の世界――平和な日本とは違うのだ。


「ジュンイチさんも大変だったでしょう。今日は訓練等も無しにして、部屋に戻ってお休みください」


「……はい、そうさせてもらいます」


 俺はミストの言葉に甘えることにした。

 部屋を出る間際、後ろから会話が聞こえる。


「リーシャも先に帰っててちょうだい。これから私とケインで事後処理をしなければなりませんから」


「わかりました、では失礼します」



●●●



 純一とリーシャが出て行ったのを確認したミストは座ったまま、若干姿勢を崩した。 


「ふう、忙しくなりそうです」


「そうだな……しかし、作成者に創造者、か。どう思う?」


 ケインが足を組んだまま、ミストに問う。


「おそらく、スキルの類でしょう。二種類なのか、二つで一つなのかはわからないですが」


「やっぱりそう思うか。しかも話を聞く限り、相当な物のようじゃないか。この世界でスキルを持ってる存在がどんなものかジュンイチの坊主、聞いたら驚くだろうな」


「まぁ、彼は異世界人で、しかも魔法が無い世界の人ですから。……私が気になっているのは、そちらよりもむしろ――」


「魔物、か」


「はい……。ジュンイチさんとレオ君を襲った毒蜘蛛、バーグスパイダーは本来もっと北部に生息する魔物だったはずです。加えて言えば、去年の今ごろ森を調査したときはそんなものは確認できなかった」


「うちは安全調査は念入りにやってるからな、見落とすってことは基本的に無いだろう」


 と、なれば調査の後にバーグスパイダーが住み着いたということだろう。

 しかし、魔物も基本的には生物である。渡り鳥のような習性があるなら別だが、生息地を大幅に変えることはまずあり得ない。


「戦後に政府主導でギルドが再編されてやっと安定していた時に、去年末の大陸北部での異常事態、そしてその直後の突然の王位継承。政府からは詳細な情報がないため、ギルドとしては困惑しているというところにこれです。」


 ミストは大きなため息をついた。それを見て、ケインは冷やかしを入れる。


「史上最年少ギルド地方支部長様は大変だなぁ」


「笑い事でもないですよ、まったく。だいたいケインだって他人事じゃないでしょう」


「そうさなぁ、確かに魔物の件は気にはなる。とにかく、あの森は再度の調査までランクE以下の進入制限をした方がいいだろう」


 複数人いれば大丈夫だろうが、魔物の存在がバーグスパイダーだけとは限らないのだ。念に越したことは無い。


「そうしましょう。私の方で、支部メンバー全員に通達しますので、ケインは役所の方に今回のことを伝えてください。一般人では魔物に太刀打ちできないですから」


「了解した。ついでに商人連合の方に、最近外で変わったことが無いか聞いてこよう。あいつらの中には行商人も多いからそれなりに情報が集まるはずだ」


「お願いします」


 そして、ミストとケインはそれぞれの仕事を開始した。

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