第12話 8月3日(火)今日はジンギスカン②

 僕は朝食を食べ終わってから着替えて、ようやくではあるが準備を始めた。

 さすがに姉さんや美紀も全部僕に任せるという事はなく手伝いをしている。それに、母さんも手伝っている。

 今朝の姉さんは珍しくスカートではない。動きやすい服装という事で美紀と同じローライズジーンズを履いている。いつもはスカートなのだから、ある意味新鮮である。

 クーラーボックスに肉やウィンナーなどを詰め込み、さらにジュースや缶ビールなども別のクーラーボックスに詰め、野菜は切った後にボウルなどに入れ、さらにはたい焼きや大判焼きなども半分お皿に移し替えた。

 おにぎりは母さんと姉さんが作ったが、相変わらずではあるが姉さんは手で握らせると、おにぎりなのか塊なのか分からない物になってしまうので、型枠にご飯を詰めて、それを取り出すだけの仕事に変わった。

 そして、慶子伯母さんが作った『こっち』と、母さんが作った『あれ』は、おひつに移して、茶碗とシャモジと一緒に持って行った。

 実は『こっち』も『あれ』も、同じ名称のご飯である。勘の鋭い人は気付いたかもしれないが、どちらもである。母さんが作った『あれ』は、小豆を煮詰めて、その煮汁を使ってもち米を着色して作った、内地で赤飯と呼ばれている物だ。ただし残念ながら蒸し器が無いので、炊飯器を使って炊いた物である。これに対し、慶子伯母さんが作った『こっち』は、もち米を食紅で色付けして炊き上がった物に、甘納豆をさっくりと混ぜ込んだ物だ。温かい赤飯に甘納豆がちょっと溶けたところがミソになっている、北海道では当たり前の赤飯だ。

 当然の事だが、母さんが作った赤飯は父さんが母さんに作り方を教えた物だ。我が家では祝い事があると小豆を使った赤飯が当たり前なのだが、美紀の家では当然ながら甘納豆を使った赤飯が当たり前なのだ。だから、今日は白いお米のご飯で作ったおにぎり、それと2種類の赤飯の合計3種類のご飯を食べ比べる事が出来る訳だ。

 僕と美紀はバーベキューコンロやシート、テーブルなどを運び、肉や野菜を焼く場所、それと食べる場所の準備をした。今日は幸いにして晴天で微風なので屋外だが、雨天だったらトラクターなどを入れてある倉庫を使ってやる予定だった。やはり建物の中でやるより屋外でやった方がずっと楽しいから、この天候には感謝している。

 姉さんと母さんがキッチンから全ての物を運び出し、それらをテーブルに並べたら、その次にやる事は炭火を起こす事だ。それも2つのバーベキューコンロに炭火を起こす必要がある。七輪もあるが、これを使うのは慶子伯母さんと母さんの二人だけで、スルメと焼きおにぎりを作るのに使うので、バーベキューコンロの炭火を移すだけで済む。当然だが、スルメは「酒のつまみ」として嗜むためだ。それ以外にも、たい焼きと大判焼きを焼くのも七輪だ。

 実は、僕は春の宿泊研修でも炭火を起こす担当をやったのだが実際には全然ダメで、あまりにも火がつかないので呆れた美紀が途中から僕に代わって炭火を起こしている。しかも、その後で美紀から散々に言われ宿泊研修は僕にとって消去したい記憶でもある。

 ただ、あの時は新聞紙とマッチを使った方法だが今日は違う。もっと簡単かつ楽な方法で炭に火をつけるので、僕でもやれる筈だ。

 僕は軍手をはめてバーベキューコンロに少量の炭を入れ、そこにカセットボンベ型のガスバーナーで一気に火をあぶり、それで炭火を着火させたのだ。これなら素人でも簡単に炭に火がつくから下手クソな僕でもやれるのだ。

 火がつけば後は難しくない。炭を追加して団扇で仰いで炭火を大きくしていくだけだ。炭火が大きくなったのを確認した母さんが、その炭火の一部を七輪に移して早速スルメを焼き始めた。て、おい、さっそく自分たちは宴会かよ!?

 僕は炭火の一部をもう1つのバーベキューコンロにも移し、そちらの炭火も大きくした後に両方のコンロに網を被せ、その後はラム肉(羊肉)や野菜を乗せて焼き始めた。

 このジンギスカンを焼き始めた事で周囲に煙が上がり、それがまるで狼煙の合図になったかのように、みんなが集まり始めた。ここからは自由に食事をして、あとは適当に午後の仕事に取り掛かるだけで、夕方に牛を再び牛舎に入れるまでは宴会となる。 

 また、今日だけは従業員の家族も集まってきているし、休みの人も参加しているので、さながらバーベキュー会場のようになってきている。まあ、この辺りが家族経営の牧場のいい所でもあり一種の福利厚生にもなっているのだ。

 僕と美紀はバーベキューコンロの1つでジンギスカン、まあ味付きのラム肉を焼き続けているが、もう1つのバーベキューコンロでジンギスカンを焼いているのは、社長である美紀の父さんと会長である美紀のお爺ちゃんだ。簡単に言えば会社のお偉いさんの2人が従業員に焼き肉を振る舞う形になっているのだ。

 焼きあがった肉やウィンナー、野菜は姉さんが手際よくお皿に取り次々とテーブルに持って行き、それをみんながどんどん食べている。今は夏休みという事もあり小・中学生や幼稚園児もいて、子供たちも大喜びで食べ続けている。姉さんはそれらの子供の相手役もしていて結構忙しそうだ。

 母さんと慶子伯母さんは二人で七輪の前でビールを片手にスルメを焼きながら楽しんでいる。ここだけはまるで別世界のようであり、いつの間にか空き缶が増えている状態だ。だが、さすがに大勢の人がいるので以前にように羽目を外すような事にはならないで欲しいものだ。

 僕と美紀は同じバーベキューコンロで肉や野菜を焼きつつ、時々その肉や野菜をつまみながらおにぎりを食べている。美紀はこの牧場の社長の娘さんであり久しぶりに帰ってきたという事もあり、従業員やその家族から盛んに声を掛けられていて、その一つ一つに美紀は丁寧に挨拶を返している。この辺りは、やはり場をわきまえていて決して失礼な態度を見せない所はさすがだ。

「おーい、猛君、久しぶりだなあ」

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