第2項25話 ベルグ攻防戦 sideエリー&ケルン

 森林迷宮中部に入ろうかといったところで、停止飛行をする二人の姿があった。

 屍人リビングデットの集団。その統率者を発見するために、黒髪の少年と麗人の使用人メイドは空からの捜索を行っている。

 その最中、空を飛ぶ巨大なエイといった出で立ちの魔物『空鷂魚エアーレイ』を発見したエリーは、それに接近を試みようとしていた。


「かなりの高度に居ます。一気に上昇しますから、お腹に力を入れていて下さい」


 『飛翔フライ』の魔法で空を飛ぶエリーとケルンから、距離500Mメルトの位置で空鷂魚エアーレイは浮き沈みを繰り返している。

 空間魔法『視界モノクローム』で物体を認識する盲目のケルンにとっては、まだ魔物の姿は認識範囲外であり、彼が空鷂魚エアーレイを認知するためには半径100Mメルトまで近づかなければならなかった。

 エリーが接近の選択肢を取ったのは、彼女が目視で観察するよりも、ケルンの魔法を用いた方がより高度な観察が可能であるからだ。

 ベルグ東門前を飛び立ち、地上の屍人探索を始めた時から今までで、ケルンの空間魔法の有用性は立証されている。


「了解です……!!」


 エリーの忠告にケルンがぐっと丹田たんでんに力を入れ、舌を噛まないよう口を噤む。

 それを確認してから、エリーは風魔法の推進力を上向きに自分たちに対して叩きつけた。


「――っ……!!」


 急激な上昇により、ケルンとエリーを重力加速度が襲う。

 血の気が引いていく、眩暈が起こる前のような感覚にケルンは体を硬直させた。

 二人は、高度30Mメルト程度から、一気に200Mメルトまで垂直に上ってゆく。

 『空鷂魚』より少し上――空に広がる、鈍色で10Mメルト四方の絨毯のようなその体の全容が、エリーの視界に映り込んだ。

 これまで冷静を心がけていた使用人メイドは、『空鷂魚』の上に乗っていた・・・・・・・モノを見て、初めて驚愕で目を見開く。


「不味いッ――そういうことですか!! これなら屍人リビングデットは、空を移動できる……足が遅かろうが、関係ない!!」


 『空鷂魚』の上。魔族は脚が遅いという屍人の欠点を、空を移動する魔物に運ばせることで解消していた。

 魔族はベルグ東門と南門を、同時に少数の屍人で襲撃。その門に注意が向いているタイミングで、ベルグ周辺に展開していた屍人を『空鷂魚』の上に乗せ撤退させていたというわけだ。


「エリーさん、何が……??」


「ケルン様。魔物の上に、屍人が乗っているのです……」


 その状況を理解したケルンは、苦い顔をする。

 エリーの風魔法『飛翔フライ』で、ベルグから森林迷宮中部まで移動してくるのに、さほど時間はかかっていない。

 『空鷂魚』の移動速度がエリーの魔法以上ということは無いだろうが、短時間で屍人の部隊を展開されるのは脅威だ。

 エリーが門の守備を離れ、ベルグ周辺の屍人の様子を調べに来たのは、前提として移動手段が徒歩であると断じていたから。その移動方法が、遅い屍人の足であり、周辺に屍人が居なければ、暫くは安全が保障されることになる。

 だが空路を使われると、いついかなる時でも門の守備は気を抜けない。しかもベルグの兵士だけでは守りが到底足りず、対空攻撃手段を持つ魔法使いも多く必要になってくるだろう。


「今の内に、俺達で落とせないですかね」


「っ……いえ、どうやら数が多すぎる・・・・・・ようです」


 エリーの視界に映ったのは。一匹の『空鷂魚』の遥か後方から一斉に浮かび上がる、無数の同種の魔物の姿だ。

 ――その数、優に百は下らない。

 数多の『空鷂魚』は、エリーから500Mメルト先のそれを除いて、低空飛行している。高度を上げ過ぎると、空を覆う鈍色の帯がベルグからでも観測できてしまう。

 低空飛行はヒト種側に、屍人の移動を悟られないための対策だろう。


「目の前の『空鷂魚』には、どうやら十匹程度の屍人が乗っていますね。後ろの大群も同様だと考えると、千以上。私単騎では到底太刀打ちできませんよ――最高速でベルグに戻らなければ、対策できずにこの大群が押し寄せてきます」


「……すみません、役に立てなくて」


「ケルン様。今は、落ち込んでいる時ではありませんよ」


 ケルンの『視界モノクローム』には、自分とエリー以外の何も映っていない。

 魔法の認知範囲外の物体は、その輪郭すら知覚できないのだ。

 彼は空間魔法を得て、人並みにはいろいろとできるようになったと思っていた。

だがどうだ、少し先の景色を見ることも、エリーの魔法のように遠距離の相手を攻撃することも出来ない。


(くそっ、こんなんじゃ全然ダメだろ。俺は何のためにここにいるんだ……!!)


 視界に映った自身の顔は、感じている無力感を隠せてはいなかった。

 だが、出来ないことを悔やんだところで、今は何が変わるわけでもない。

 エリーの言に従って、ケルンは一度頭を振って思考を切り替える。


「魔物に何か動きは無いですか?」


「後ろの大群が、北西の方向に動き始めました!! ……かなり早いですね。ケルン様、私達もベルグに向けて移動します!!」


 いうが早いか、エリーは風魔法『飛翔フライ』に魔力を込める。

 停止飛行中の二人の体を、強い風の力が叩きつける様にして運んでゆく。


「北西……? ベルグ側に進んでいるのは分かるんですけど。なんでだろう、ベルグ東門から標的を変えたのかな?」


「そういえば、南門でも同様に屍人の襲撃があったと聞きました。ヅィーオが対応しているはずですが……」


 言っていて、エリーが表情を曇らせてゆく。

 南門での屍人の襲撃と、大群の移動を結び付けると、おのずと嫌な予感が彼女の脳内を掻きまわした。


「……最悪を考えたら、南門が突破されそうなのかも。このタイミングで屍人を動かす理由としては、それが一番しっくり来るような気がして!!」


 エリーの思考の言語化を待たず、同じ考えをケルンが口に出し。

 ギリリと奥歯を噛み締めたエリーは、風魔法を自分達の斜め上から当て、加速させつつ高度を落とす。


「……ッ、もっと飛ばします!! しっかり私にしがみついて!!」


「了解で――えっ……!?」


 高度が落ちたことによって、ケルンの『視界モノクローム』に地上の様子が写り込む。

 それ・・が視界に写り込んだのは一瞬の事だったが、ケルンの思考速度は景色を違えず映し出した。


「どうしたのですか!?」


 ケルンの動揺を見て、切羽詰まった声でエリーが問う。


「……女の子が、居ました。見た感じたぶん屍人じゃない、肌が綺麗だ。ワンピース姿で、花冠をかぶっている」


 その場所は、少し開けていた。森林地域の高い木々の中で、偶然できた陽だまり。

 日光を分け合うように、地面には少し背の高い花が咲いている。

 ケルンの白黒の視界では、花の色までは分からない。

 その花たちの中で少女は蹲り、おびえるように祈りを捧げていた。その頭には、足元の花で作ったのであろう、花冠が置かれている。


「……戻って助けている暇はありません」


 ――「そんなわけない」という言葉を飲み込んで、エリーは厳しい声で言う。

 ケルンの魔法の正確さは、エリーも実感している。だからこそ、その言葉に間違いはなく、彼が見えたといったら見えているのだ。

 自分の主――リセリルカほどならばいざ知らず、エリーは自分の能力の不足を自覚している。

 小さいケルンと二人ならば、『飛翔フライ』の速度を落とさず飛行できる。だが三人となるとそうはいかない。

 それに、今は一分一秒を争うような時なのだ。ヒト種一人と、都市一つ。天秤にかけるまでもない。


「じゃあ、俺を置いていってくださいよ!! 大丈夫です、剣もある。屍人も空の上だ!!」


 リセリルカならば、少女を見捨てないだろう。

 少なくともケルンは、盗賊の塒で見捨てられなかった。

 だからこそ、自分はこうしてここにいるのだと。だからこそ、ここで何も見なかったふりをして行ってはいけないと。

 そう思うが故の、ケルンの言葉だった。


 エリーはしかし、ケルンをしっかりと掴んだまま速度を落とさない。


「駄目です。お嬢様に必要なのは私ではなく、もっと未来のあるケルン様ですから。お嬢様は、それが出来るからやるのです――出来ないことをしようとあがくのは、蛮勇だ」


「できるかどうかは、やって見なければ分からないでしょう!! これは、リセに言われた言葉だ。俺がさっきの女の子を助けられるかどうかだって――」


 蹲っている弱者の手を取れない。

 それが途轍もない自分に対する裏切りであるかのように、ケルンはまくしたてる。


「――違う!! ……私一人では、あの数の屍人は捌けないのです。私は……純粋な魔法使いは、近接にめっぽう弱い。私には・・・、ケルン様の助けが必要だ」


 ケルンの言葉を遮って、エリーは苦虫を嚙み潰したような顔をした。

 エリー・グリフォンスには、風魔法しかない。なんでもできる器量など、持ち合わせていない。

 自分の限界を常に把握しているからこそ、なんでも出来ない事への悔しさを感じているからこそ、判断を絶対に間違えたくないのだ。

 助けられるなら。すべてを拾ってゆけるなら、と。

 何度エリーは思ったか、努力したか。

 無茶、無謀――そうした失敗の後には、ありありとした結果が残る。ここで言う結果とは、都市の崩壊ならびに大切な人の死だ。

 それだけは、エリーは許容できない。最悪だけは、防がなければならない。

 ああ、なんて恰好の悪いことだろうか。

 蛮勇でも、そこには勇気がある。そんな、何か無茶をしようとしているヒトに対して、自分ができないから助けて欲しいということの、なんと無様なことだろうか。


 それでも、エリーは言う。

 恥も外聞も、必要ない。できないことは、できないのだから。

 悔やんでいる暇はない。悔やむ前に頭を回せ。

 恰好良くなくていい、間違えるな。

 エリー・グリフォンスは、万能じゃない――なくていいから、弱いなりに不屈であれ。

 不可能に対し、全面的に屈するな。せめて、せめて次善を選び取れ。

 間違えるな――それが、自分のやり方だ。


「……ズルいですよ、その言い方」


「ごめんなさい、ですが本心です……お互い、出来ることを増やしていきましょう、強くなりましょう。したいことをやり切るために」


 力なく項垂れたケルンの背を叩き、エリーは前を向く。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る