第30話 再会を楽しみに

「第三王女……私は会ったことありませんが、どういったお方なんでしょう?」


 他の王女が敵に回るかもしれないという状況からか、声に険を乗せてミゥが問う。

 ミゥにとっては、のっぴきならない状況だ。

 リセリルカに協力してもしなくても、王族を敵に回す必要があるのだから。

 ただそれが、第五王女か第三王女かの違いだ。

 リセリルカか、エルヴィーラ。

 打算で動くなら、より強い方を敵に回さない様に。

 

 ただ、ミゥの心中ではどちらに与するか九分九厘決まっていた。

 彼女が流し目で目線を送るその先には、黒髪の少年の姿がある。

 初めてできた友達と一緒に、頂上までのし上がる――そんな極上の経験を、ケルンにさせてあげられるならば。


 ミゥはため息を吐きながら、吹っ切れたように笑った。


「……一言で言い表すなら、嗜虐趣味サディストね。お姉様達と一緒に過ごしたのは、まだ私がなにも魔法も剣も使えず弱かった頃だったけど。正直、エル姉様は一番苦手よ」


「当時の記憶が曖昧だけど、エル姉様は、たしか剣の腕も魔法の腕も、王女の中で真ん中くらいだったわ。けれど、実際に立ち会うととてもやりにくい・・・・・。言葉で揺さぶる盤外戦術に、斜め上からの絡め手とか、何をしてくるか予想がつかなった」


 顔を顰めながら、リセリルカは歯切れ悪く答えた。

 会うのも嫌だと言わんばかりのしかめっ面に、傍に控える従者がピクリと反応をする。


「初耳です、リセリルカ様。エルヴィーラ様に虐められていたのですか」


五月蠅うるさいわね。弱かった頃の自分の事なんて、誰も言いたくないでしょう……どのお姉様も、才能豊かで私より強かっただけの事よ」


 目をそらしながら、ため息交じりに言うリセリルカに、エリーはきょとんとした顔を見せる。


「熱でもあるのですか? 弱気なリセリルカ様は初めてです」


 その言葉を聞いて、リセリルカは不敵に笑う。

 過去の弱い自分からの決別を決めた瞬間――師に教えを請うた、その時からの研鑽の歴史が、自信となって王女の顔に現れていた。


「――大丈夫よエリー。昔ならいざ知らず、今なら勝つわ!!」


「それでこそ、未来の王たる心意気です」


 主の研がれた刃のような雰囲気に、従者は満足げに頷いた。


***


 話すべきことを話し終えたリセリルカとミゥは、互いに頷きあった。

 次に王女は薄緑髪の店主に向けて目線を送る。

 懐から石型の魔法具を取り出して、彼女は顔を綻ばせた。


「テイン、『拾音器』と『伝音器』は素晴らしい発明だったわ。今回の成功に貴方の功績は非常に大きい」


「……ありがとうございます、リセリルカ様。今後、通信距離の改良は必要と考えています。家内のミゥは少々特殊で、フォルロッジから通信していましたが……そもそも南北10KMキロメルトのベルグ内でどうにかというものですから」


 ミゥを見ながら、テインは語る。

 魔法具のこととなると饒舌に喋りだした店主を見て、王女は意外そうに目をむいた。


「貴方、喋るのね……ある意味今日一で驚いてるわ」 


「――実は、盗賊を一人生かしたのもテインなんですよ。ケルンが生まれてから、テインは子供を殺さない様になりました」


 ――「その子が白魔法を使えるのを見て、テインは家に置いておいたのでしょう」と、補足するように微笑みながらミゥは言う。

 リセリルカは、ミゥの言葉を聞いて複雑そうな顔で少し考え、答えた。


「子供を殺さない……素敵な覚悟ね。裏付けされた強さがあればこそ、出来ることよ。でも忘れないでテイン。貴方の覚悟と私の道がぶつかる様なら、容赦なく斬り伏せるわ。貴方が譲れない様に、私も譲れないものがある」


「たとえ敵対しようとも俺は、リセリルカ様、あなたも殺さないだろう」


 真っすぐ、意地でも曲がらないその答えを聞いて、リセリルカは苦笑した。

 「まったく、固ったいわね……」と、どこか気分よさそうに呟いて。

 最後に王女は、黒髪の少年を目に留めた。


「ケルン、最後になるけど……私に何か言うことは無いかしら?」


「え、なに? あれ、リセ、怒ってる……!?」


 軽く震えるリセリルカの声を聞いて、ケルンは慌て始める。

 何か彼女を怒らせることをしたのかと、ケルンは映像のない記憶を遡った。


 ――「私の剣、貸してあげるから――――必ず返しに来なさいな」

 

 剣を持っていた腕の痛みが、今更のように思い起こされる。

 同時に、忘れられないリセリルカの声が響きだした。


「あ、剣……!!」


「この馬鹿。馬車に置いてあるから取りに行くわよ、付いてきなさいケルン!!」


「ちょ、引っ張らないでリセ!! 痛ったっ、握力強いっ!!」


 王女は、がばっと強引に盲者の少年の手を取る。

 年相応に外へ駆け出していくその横顔には、屈託のない笑顔が浮かんでいた。


 ぽかんとそれを眺めていて、置いてけぼりを喰らった従者のエリーは、慌ててツィリンダー夫妻に挨拶をする。

 慌てていようが、使用人メイド服の裾をちょこんと摘まみ、流麗に礼をこなした。


「そ、それでは、ミゥ様、テイン様。また機会があればお会いしましょう」


「ええ、また」「ああ」


 息子を引っ張っていく幼い王女を見つめながら、親二人は柔らかく微笑んだ。


***


「お、やれやれ、やっとか。遅いですぞ、お嬢様」


 ツィリンダー魔法具店の敷地から少し外れて。

 ベルグ東通りの路地の端、馬車を見張る初老の眉雪が、主と少年の姿を認めた。

 その片手には、装飾のない機能美を感じさせる鞘に入れられた、直剣が握られていた。


「あら、気が利くわねヅィーオ。宝剣を持ってきてくれたの?」


 ――「見えなくて怖いんだから、もっとゆっくり!!」と騒ぐケルンを肩を叩いてなだめながら、リセリルカは信頼する己が騎士と会話を交わす。

 やれやれと首を振りながら、ヅィーオは主を嗜めた。


「敵地となるかもしれない場所に無手で向かうなど、いささか浮かれすぎですな」


「あ、勘違いしないで頂戴な。その剣はケルンに貸し与えるのよ、一時的にだけれど。無手だったのは、他人の物を使う趣味が無いというだけ」


 暗に無手でも問題ないと言っているような主に、ヅィーオは豪快な笑い声を上げる。

 意気や良し。主の答えは、豪胆なヅィーオ好みの回答だった。

 にぃぃと口端を割き、老練の兵士は小手に包まれた手の平で、少年の背中を叩く。


「――少年、お嬢様の期待に応えられるよう、励めよ!!」


 ずしんと響く重みに、ケルンは少し体勢を崩す。

 それでも膝を曲げて耐えきり、口端を歪めて、負けじとヅィーオに向けて叫び返した。


「……ッはい、ヅィーオさん。必ず俺は、リセの隣に立てる男になります!!」


 これもまた、ヅィーオ好みの回答だった。

 女性に認められたいという、雄の本能のような。

 ただ全く不純ではない、むしろ純粋な、憧憬という心の燃料。


 ――「何で恥ずかしげもなくそんなこと……」とごにょごにょと独り言をいうリセリルカを他所に、男二人は笑いあった。


***


 ヅィーオから宝剣を受け取ったリセリルカは、やや強めにケルンの手にそれを叩きつけた。


「ほら!! ……もう手放しちゃダメよ?」


「うん、分かってる」


 寄せた眉根を解いて、ひどく優しい顔をしたリセリルカは、まだまだ弱っちい少年に語り掛ける。


「それ、毎日二千回振りなさい。私が千だったから、ケルンは二千よ。同じ速度でやってたら、一生私には追い付けないと思っておいて」


「……それは、嫌でも強くなれそうだねッ!!」


 やや顔を引きつらせながら、ケルンはやけくそ気味に言う。

 剣の握り持つケルンのその両手を、王女も両手で包み込んだ。

 それはまるで、剣を介しての誓いのように。


「最初は、考えて振るのよ? 頭の中に、誰よりも強い仮想の敵を作って」


「リセと戦うよ、俺の中で君が一番、強いから」


「それと、ミゥはたぶん、ケルンに『空間魔法』を教えようとしているわ。どういう魔法かは想像つかないけれど、生半可ではないと思っておいた方がいい」


「剣を振る時以外は、魔法のことを考えるようにするよ。たぶんそれでも、足りないかもしれないけど」


 見えない少年の白磁の双眸が、王女の金のそれを見据える。

 憧憬あこがれという炎を燃やす少年に、王女は今一度優しく微笑んだ。


「楽しみにしてるわ、ケルン。おそらくは一年後、また――」


「――『都市台座』で、会いましょう」


 遅れて来たエリーとヅィーオが馬に乗り、馬車はツィリンダー魔法具店を離れてゆく。

 暫く、車輪と蹄の重低音を目を閉じながら聞いていたケルンは、剣を抱きしめ歩き出した。

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