第27話 盗賊団殲滅の裏側で

「――ええ、分かったわ……それじゃ」


 ツィリンダー魔法具店へと入っていったケルンの帰りを待つリセリルカに、馬車の番をしている従者ヅィーオからの連絡が入っていた。


「まったくケルンったら、私が貸した宝剣を馬車に置きっぱなしにしてたみたい」


 リセリルカはヅィーオとの通話を終え、ぼやきつつ耳元に当てた『拾音器』を膝下までの解れた靴下の中にしまい込む。

 珍しく感情を出して怒った様子のリセリルカに、使用人メイド服に身を包むエリーは苦笑した。


「まあまあ、ケルン様も慌てていた様でしたし、そこまで咎めるほどの事でもないかと。帰り際にでももう一度、渡せばよいでしょう」


 エリーがリセリルカを諫めていると、魔法具店の奥からなにやら騒がしい声が聞こえてきた。

 楽し気なその雰囲気に嫉妬しているという訳ではないだろうが、王女は腕を組みかえソワソワと落ち着かない。


「……ああもう、気になるわね。奥からギャーギャー聞こえてくるのだけど、何をしているのかしら」


「……」


 そんなリセリルカの様相を、エリーはじっと見つめた。


(つい昨日まで、主都フォルロッジに居たときとはまるで別人ですね。笑ったり、怒ったり……いい傾向、なのでしょうか。分からないですけど、リセリルカ様――私は、今のあなたを好ましく思います)


 自分を凝視する従者のことに気が付いたリセリルカは、エリーに視線を返す。

 彼女は年相応の少女らしく、首をこてんと傾げた。


「ねぇ……エリー、ありきたりな台詞でアレだけれど、私の顔に何か付いている?」


「いえ、リセリルカ様。強いて言えば、返り血が」


「……それはいいのよ、言ったでしょう? 諸侯達に思い知らせてあげないといけないって。精々震え上がらせてあげるわよ、リセリルカ・ケーニッヒは貴方達程度の傀儡になるつもりなど無いとね」


 エリーは、再度リセリルカの姿を見る。

 頭から、日の光に反射して輝く金髪――対比を成すように、王女の可愛らしい顔から下は暗く赤黒い返り血で染まっていた。

 普段ならば、すぐにでも替えのお召し物を用意するところだが、今回ばかりは訳が違う。

 何せ、リセリルカ・ケーニッヒはこのまま舞踏会へ向かう腹積もりなのだ。


 ――八歳の子供が、舞踏会へと向かう片手間に、単騎で都市ベルグを騒がす盗賊団を壊滅へと追い込んだ。

 血濡れのドレスでその身を着飾り、片手には盗賊団長のしるしを抱えて、『都市台』というベルグの長としての役職への就任を、高らかに宣言する。

 

 ここまでが、リセリルカが描いたシナリオだ。


 王の息女という身分だけでは、名だたる魔法貴族にとっていい食い物だ。

 実力主義のここ森林地域では、何よりも当人の力が物を言う。

 無論、身分も立派な力であることには変わりないが、それだけではヒトの上に立つには足りない。

 只でさえ歳と見た目で見下されやすいリセリルカは、舞踏会という第二の戦場で二つの事実を諸侯に叩きつけるだろう。

 一つは、揺るがぬ武力。単騎での盗賊団殲滅という偉業は、十二分に『都市台』の器に値する。

 もう一つは、ヒトを謀る知力。さとい者はすぐにリセリルカの真意に感づく。

 盗賊団の殲滅は、いわば見せしめ――私に背くなど、考えぬことだと。背くのならば、次にしるしが上がるのはお前だと。


 リセリルカは、自分を舐める者全方位に向けて、刃を突き付けるつもりなのだ。


「……ふふ、お傍で拝見させていただきます、楽しみですね」


 

 魔法貴族諸侯があっけにとられ、主であるリセリルカに平伏する。そんな近く来たる光景を夢想して、エリーはにやりと口角を歪めた。

 やはり、従者としては主に認められて欲しいものなのだ。

 それが、尊敬以上に畏怖であるなら、なおさらのこと。


「そうです、リセリルカ様。一つ、聞いておきたいことが……ミゥ・ツィリンダー様とは、何者なのですか」


 リセリルカは今回、ツィリンダー家と協力して盗賊団殲滅を実行した。

 だが、エリーもヅィーオも主都フォルロッジから都市ベルグ行きの『転移ゲート』へ乗る直前というタイミングで盗賊団殲滅について聞かされたのだ。

 リセリルカの単独行動は今に始まったことではなかったが、戦闘だろうがあくまで単騎で全てを片付けていた主が今回誰かの協力を取り付けたことに、エリーは驚きを感じていた。


「ああ、そういえば、エリーは直接会ったことが無かったかしらね。でも、知識としては知っているでしょう?」


「はい、主都フォルロッジ召し抱え研究者の一人ですよね。確か二つ名は《白の堅守》だったかと」


 その二つ名は、主都フォルロッジでも有名だ。

 魔法論文こそあまり発表しないが、研究資料が乏しい白魔法研究の第一線にいる魔法使いで、誰よりも魔法に精通していると。


「ええ、そう。私がミゥと初めて会ったのは主都魔法図書館、話を聞くと彼女はとある一つ・・・・・の魔法書を探していたの」


 研究者が、他人の研究を調べるのは珍しいことではない。

 だが誰かの論文を参照したいのならば、ミゥ以下研究者が務める、主都魔法研究所内を探せばいい。

 研究者がわざわざ図書館に赴いて、一般公開されている知識を漁っていたことにエリーは違和感を覚えずにはいられなかった。


「魔法書? 研究者である《白の堅守》は、どちらかというと書く方の立場では」


「私も、最初は疑問に思っていたのだけれど。今では、ミゥの考えが分かるのよ……ケルンならきっと、あの才能が有れば、使える・・・わ」


 リセリルカは魔法具店の奥を見て、一度体をブルリと震わせる。

 ――思い起こすのは、盲目黒髪の不思議な少年のことだ。

 雷魔法を初見で――いや、初感・・で使いこなすそのセンスを持ってすれば、あるいは。


「発見されて以来、誰にも扱えなかったとされる……禁書に綴られた、『空間魔法』を」


「空間、魔法?」


 聞いたこともない単語に、エリーは首を傾げた。

 従者の態度にリセリルカは一つ頷いて、禁書についての説明を始める。


「元宮廷魔術師の貴女と言えど、聞き覚えないでしょう? 禁書指定の魔法書は、読んだ者に光魔法の治癒でも『不可逆な障害』をもたらすの。それが、禁書が禁書たる所以ゆえんなのだけどね」


「なるほど……だから"禁書"なのですね。研究者より下位の役職である宮廷魔術師クラスでは、情報の解禁はされないという訳ですか」


 ヒト種の魔法使いというものは、知識に貪欲なのだ。

 若かりし頃のエリーにもいくつか心当たりがあり、魔法書の知識をこれでもかと詰め込んでいた修業時代に"禁書"の存在を知ったのならば、間違いなく見たいと思うだろう。

 たとえそれで、何かを失うことになろうとも、誰も知らない未知の知識が手に入るのならば安いものだと当然考える。


「研究者でも、禁書の存在を知っていたのはミゥ・ツィリンダーだけみたいだったけどね……一体どこから情報を仕入れたのやら」


 ――「一応、王族とその周囲くらいしか知らないはずなのだけど……」と、ため息交じりにリセリルカは漏らす。


「……リセリルカ様は、その禁書の閲覧権と引き換えに、盗賊団殲滅の協力をミゥ様に申し出たという訳ですか」


 ミゥとの協力を取り付ける際に、リセリルカが飲んだ条件の一つがこれだった。

 図書館内、禁書庫にある『空間魔法の禁書』の閲覧権をミゥに与えるというものだ。

 話がつながると同時に、エリーはまたしても一つの疑問を思い浮かべる。


「でも良かったのですか、禁書は『不可逆な障害』を与えるのですよね? ミゥ様は研究者という要職に付いておられます……再起不能になられれば、森林地域にとって大きな痛手に成り得ませんか?」


 エリーの言葉に、リセリルカも先ほどまでの子供っぽい態度を潜めて、当時の思考を思い起こすように答えた。


「彼女が"白魔法"を研究してなかったのなら、私も閲覧権など与えなかったでしょうね。白魔法は、対魔法に特化した守りの魔法よ? ミゥが禁書の効果を防ぐ術を持ち合わせていないとは、とても思えなかったのよ」


 その答えを聞いて、エリーは納得がいったとばかりに頷いた。

 同時に、リセリルカの懸念も一つ、理解する。


「なるほど……だからリセリルカ様は、『ミゥ様を敵に回したくない』のですね」


「ええ、立ち回りが上手すぎて怖いくらいよ。ミゥはいつもほわほわとした態度だったけれど、頭は存外に切れるわ……それに」


「それに?」


「弱かった試しがないのよね、そういったヒトは」


 物憂げな表情で、王女は空を見上げる。

 陽は傾きを増し、鐘楼の音が聞こえないところを考えれば、二時と半刻前だろうか。


(全く、長い一日だわ。でも、そうね……良かったわ、ベルグに来て)


 ケルンの顔を思い浮かべながら、リセリルカがそんなことを考えている間に。

 ――ふっ、と。

 ぼろぼろの魔法具店への入り口に張られていた、白魔法の気配が消える。


「入れってことよね、これは」


「ええ……随分長かったですが」


 リセリルカとエリーは顔を見合わせ、ゆっくりと店内へと入ってゆく。


「それが本性かどうかは知らないけれど、ミゥは抜けているところがあるから。剣をほっぽり出していったから、多分息子のケルンもそうなのでしょう」


 笑いながらそんなことを言う主に、エリーも相好を崩した。


「ふふ、王族とその護衛を忘れていた、と?」


「……さあ? まあ、会って聞けばいいのよ」


 そのまま店内の中央まで足を進めると、店の奥へと続く扉が開いた――

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