第14話 私の目になって

 リセリルカが、ケルンを乗せて《森林迷宮》内の悪い足場を駆けてゆく。

 足を取られかねない木々の根や、滑りやすい緑ゴケ

 ケルンから伝わる情報を頼りに、それらの障害物を飛び越え、踏み砕き、迂回する。

 リセリルカ自身は大きな障害物――獣道を塞ぐ大木群を紫電で認知し、躱しながら進んでゆく。


 ――迷宮の脅威は、植物だけではない。

 

 低い唸り声に、葉擦れの音。

 蜂が震わす羽音の様な、おぞましく、腹に響く重低音。


 疾駆する幼いヒト種に反応し、森林内の生物たちがそれを喰らおうと追いすがって来ていた。

 速度は圧倒的にリセリルカの方が出ているが、彼らは迷宮内の勝手・・を知っている。

 ある生物は木々の隙間を縫い、時短ショートカットをして。ある生物はその翅を用いて先回りを。


 ――疾走を続けるリセリルカの探知圏内に、生体反応が飛び込んで来る。


 彼女はガリガリと踵で強引に制動を掛け、苔と共に土を抉り、疾駆の勢いを止める。

 その場で静止し、片手で背中のケルンを支えながら、剣を持つ方の手に魔力を集約。


 ケルンの黒い稲妻は、『電転』を貸し与えられた時より格段に長く伸びていた。

 その探知範囲の広がりを感じ取っていたリセリルカは、魔法を紡ぎながら背にいるケルンに指示を出す。


「ケルン!! 探知は全て貴方に任せるわッ!! 私の目になって頂戴!!」


 ケルンは魔法を体験して数十分。

 「魔」の字も知らなかったど素人がそんな短時間で、それも使用者の希少な雷魔法を、まがりなりにも扱えていることが異常なのだ。


 だがリセリルカは、それ以上・・・・をケルンに求める。

 本来彼女しか扱えないはずの――『紫電波レーダー』で行っていた"生物探知"をやってみせろ、と。


 金色の王女は思い出していた。

 ゲリュド盗賊団根城突入前に妹を探していた、ぶかぶかの外套ローブを着た少年のことを。


 外套の少年は、リセリルカに付いてくるとは言わなかった。

 ただその手を握り締め、悔いるかのように。

 多分それは、自分の力を知っていたから。

 付いてきても、役に立つことが無い――そればかりか足を引っ張ってしまうことになると理解していたから。


(……ケルン、私に付いてくるというのなら、否定して見せなさい)


 健常者たにんから貼り付けられた、無能というレッテルを。

 生まれながらの弱者であることを。


(今こそ、その時よ)


「――ッ了解!!」


 "殺し"について、"リセリルカの目"になるという大役について。

 そのすべての不安を強引に嚥下えんげし、ケルンはぎりりと歯を食いしばった。


 ケルンから、無数の黒い稲妻が伸びてゆく。

 木の枝の如く伸びていた電鞭がその形を変えてゆき、ケルンを中心に球状に広がった。

 半径5Mメルトの球状の領域が、リセリルカとケルンを包み込む。


 ――グルゥゥァアアアアアッッッッ!!!!!!

 

 威嚇の唸り声を上げながら、地を駆ける犬型の魔物が領域内に飛び込んだ。


 暗緑色で犬型。

 『緑犬魔ドグ・シー』と呼ばれる森林地域特有の、保護色を持つ魔物だ。


 魔物の体躯を精密に走査するかの如く、黒稲妻が対象の体表を駆け抜ける。

 その位置と形を感じ取ったケルンは、リセリルカに向けて声を発した。


「リセっ!!」


 自身の愛称を呼ばれたリセリルカは、口端をにやりと歪める。

 ケルンから伝わる生体反応を感知し、紡いだ魔法を標的へと。


「ええ、任せなさい!! ――『風裂ラスレイト』!!」


 紡がれた魔法が、発句と共に世界に顕現した。

 

 ヒュンヒュンと、軽い音。

 だがそれは、命を刈り取る死神の鎌音に等しい。


 放たれた一陣の風が、不可視の斬撃となって緑犬魔ドグ・シーを切り刻む。

 己が獲物へ向けての跳躍の最中、空中で緑犬魔の体躯がバラバラと落ちてゆく。

 断末魔を上げるための声帯すら、既にそぎ取られた後だった。

 開かれたアギトは、獲物を噛み締めることなくその役目を終え。その名の通り、緑色の体液をまき散らしながら『緑犬魔ドグ・シー』は地に伏せた。


「――――ッ!?!?」


 ケルンは"魔法"の凄まじさに戦慄を覚える。

 リセリルカが魔法名を口にした途端、生体探知で調べていた緑犬魔の反応が消えた。

 魔物が居た場所に残ったのは、バラバラに分かれた柔い何か・・・・


 震える口をどうにか開いて、ケルンはリセリルカに問いかける。


「リ、リセ……い、今のは?」


「うん? 中級風魔法の『風裂ラスレイト』よ。見るのは――いえ、初めてよね……分かったと思うけど、中距離の標的を細切れにできるわ」


 「剣よりも間合いが長いから割と便利なのよ」と、事も無げに言うリセリルカにケルンは苦笑していた。

 

 ――遠いなぁ、と。


 ケルンとリセリルカの間には、盲者と健常者以上の、とてつもない距離が開いている。

 剣に魔法、それに知識。

 決断力に、経験。

 身分。

 でも、だからこそ、燃えるというものだ。

 

「――――必ず、追いつくよ、リセ」


「ええ、先を急ぎましょう。移動しながらでも、探知は欠かさないでね?」


 ケルンの真意に気づかないまま、返事も聞かずに動き出すリセリルカの背中に、ケルンは精一杯しがみついた。


***


 黒い稲妻が形作る球形の領域に、次々と生体が飛び込んでくる。

 ケルンがそれを感知した傍から、リセリルカが魔法を紡ぎ撃ち落としてゆく。

 ヒュンと軽い風切り音が響けば、無数の切創が魔物の緑色の体表に浮かびあがる。

 片手間に、それこそ塵芥ちりあくたを払うように。

 その黒い領域の中に跳び入ったものは、体をばらけさせていった。


 幾度となくそれが続き――疾駆を続けるリセリルカが首を傾げる。

 いくら何でも、無謀が過ぎるというものだ。

 魔物と言えども、知性は持っている。

 仲間がバラバラになっているのを目の当たりにして、それでも領域内に飛び込んでくるのはなぜか。

 それに、彼らの『性質』にも反する。


「――『緑犬魔ドグ・シー』という魔物は本来、茂みや木の上にじっと隠れて、獲物を待つのよ。その体表は高い迷彩効果を持っていて、発見するのが困難だわ……だからこそ、厄介なのだけど」


 リセリルカの語る通り、緑犬魔ドグ・シーの狩りの仕方は、果敢に獲物に向かってゆくというものではない。

 それこそ罠を張る様に、狡猾に、その時を待つのだ。


「俺とリセは生体探知が使えるんだから、隠れてても関係ないってことか」


 『電転』のおかげで生体反応の知れる今のケルンは、緑犬魔の居場所を看破することができる。

 故に、幾ら彼らが木の上で気配を消そうとも、恐そるるに足りないということだ。


「いやまあ、そうなのだけれど……少し様子が変じゃないかしらと思って。彼ら特有の『待つ』狩りの仕方ではない」


 リセリルカの言葉に、ケルンも首を傾げる。


「……? ごめん、よくわからない。普段と様子が違ったとして、それがどうしたの?」


 それがどうした、確かにそうだ。

 魔物の様子が普段と違っている――それがゲリュドを追うという最優先事項を凌ぐほどの意味を持っているのか。

 だがリセリルカの第六感は、軽く警鐘を鳴らしていた。

 ケルンの言葉に応えず、リセリルカは自分の中で答えを探す。

 

(……そういえば、盗賊団が起こした事件に、似たような状況があったような。確か鋼殻蟻シェルメタルアントの襲来に乗じて、小規模の村の金品を巻き上げた、だったかしら)


「……魔物の襲来が故意だとするならば、使われるのは、『集魔香しゅうまこう』? ――ケルン貴方、鼻が利く?」


「たぶん、視界が利かないから、その分は健常者たにんよりは」 


 自身が無さげに、それでも「できない」と言わないケルンに、リセリルカは口元を緩めた。


「――鼻にツンと来るような、刺激臭を探して頂戴? ゲリュドもだけれど、都市ベルグ付近に魔物が集まってくるのは看過できない。今まで通りゲリュドに向かって走るから、それらしいと感じたら声を掛けてね」


「了解」


***


 リセリルカの頭は、走りながらも高速で回り続ける。

 複雑に絡まったを解すように。

 根拠はないが、ゲリュドという人物は何か別の目的で動いているような、そんな気がしていた。

 一番は、敵が少なすぎる・・・・・・・こと。

 あり得るだろうか、相当数のヒト種が被害にあっていながら、自分達が動くまで動向が誰にも知られていなかったということが。

 隠れた正義の絶対数は、悪のそれよりも多い。

 悪事が必ずどこかでバレるのは、罪悪感という隠れた正義が、誰かに告げ口を求めるから。

 団員の口とまではいかないまでも、取引先であったり、情報というのはどこからか漏れ出ているものだ。

 徹底された情報統制に、補足を異様に嫌うゲリュドの素振り。


(――さて、誰がいるのかしら……心当たりが、無いでも無いのが嫌ね。どのお姉様・・・なのか、それが問題か)


 ケルンから伝わってきた生体反応に、機械的に魔法を発動させる。

 不可視の風の刃が、無慈悲に『緑犬魔ドグ・シー』を切り刻む。

 

 ――不意に、風魔法を弾く固い感触がケルンから伝わった。


「リセっ!! 多分虫だ!!」


「――《森林迷宮》浅部せんぶだと『侵食蛆蝿フライバブル』かしら。虫系統は火に弱いのよっ――『火焔弾バーンショット』!!」


 リセリルカとケルンを囲むように、緋色の魔法陣が3つ展開。

 走る二人を追尾しながら、空中を移動するそれが赤熱し、温度を増してゆく。


 ――バチン。


 リセリルカが指を鳴らすと、魔法陣の中心から圧縮された火炎の塊が凄まじい勢いで飛び出した。

 熱弾は狙いたがわず、1Mメルトはある蝿の胴体に的中。

 着弾の刹那――


 ゴウッ!!


 『火焔弾バーンショット』に内包された熱量が、獲物を喰らいつくさんと弾けた。

 空気を打つ羽は焼け焦げ、体表はひび割れる。

 後に残るは、生命の黒い狼煙のろしだけ。


 ――これで終わるものかとばかりに、二種の魔物が一斉に飛び込んだ。

 ケルンがその数に目を見開く。

 焦りを孕ませた声音で、リセリルカへ向けて声を掛けた。


「――――ッ!! 犬五匹、蝿八匹だ!!」


「……怠いわね」


 面倒くさそうに呟いたリセリルカは、先の『火焔弾バーンショット』の緋色の魔法陣にさらに手を翳す。

 

 彼女の髪色のように、その色が彩度の低い焦げ茶色に代わってゆく。

 ――ヒュンヒュンという音と共に、魔法陣が熱を上げて。


 リセリルカとケルンを喰らおうと、『緑犬魔ドグ・シー』の牙が。

 『侵食蛆蝿フライバブル』の棘脚が。

 あわや二人の体に触れようかというところで、魔法陣が光を放つ。


「――『熱風裂バーン・ラスレイト』」


 リセリルカが、その魔法名をぽつりと紡いだ。


 ――瞬間、熱波と風の刃が、ケルンとリセリルカの二人を残してその場を焼き、切り裂いた。


 「はぁ」と、一息。

 リセリルカはため息をついて、ケルンに言う。


「ケルン、今のは混合魔法というのよ。才能センスがいるけれど、貴方ならできると思うわ」


 ――「いつかはね」と続ける、金髪の王女。

 当たり前のことといった風にそう呟く彼女は、ケルンの見えない目に、とても格好良く映った。

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