第8話 新たな門出 《最終話》


炎が祭壇を包み込み、高い火柱を上げて建物に広がって行く。


「鈴星、大丈夫か?しっかりしろ…!」


麗蘭は、鈴星の肩を揺すった。

鈴星は長いまつげを閉じ、青白い顔のままである。

天井から、焼けたはりや板が落ちて来る。

鈴星を両腕で抱き上げ、その場を離れようとした時、焼け落ちた柱が倒れ掛かって来た。


「麗蘭殿…!!」


振り返ると、奉先が倒れ掛かった柱を、両腕で押さえて立っていた。

奉先は怪我を負っているらしい。着物が血で染まっている。


「奉先…!!」

「急げ…!長くは持たぬ…!」


奉先は苦しそうに呻いた。

麗蘭は急いで鈴星を抱え、その場から脱した。

次の瞬間、奉先は柱から手を放し、柱は轟音ごうおんと共に炎に巻かれて行った。


奉先の後から、広間へ役人たちを引き連れて入って来たのは、曹家の主であった。


「父上!」


「麗蘭、急げ!此処は危険だ!早く逃げよ…!」

その後、主と役人たちは、急いで信者や少女たちを建物の外へ連れ出した。



遠くから、誰かが自分の名を呼んでいるのが聞こえる。


朦朧もうろうとする意識の中で、鈴星は長いまつげを開いて、その声のぬしを確かめようと顔を上げた。

誰かの腕に抱き抱えられているらしい。

声の主は、鈴星を抱えたまま、雨の降りしきる中を走っているのであろう。冷たい雨粒が顔に落ちて来る。


「鈴星、大丈夫だ…!お前の事は、俺が護る…!」


声の主は鈴星を覗き込んでいるが、辺りは暗く、雨が目に流れ込んで来て、その顔を見る事が出来ない。

やがて鈴星の意識は、再び遠退とおのいて行った。



次に目を覚ました時、鈴星はしょうの上に横たわっていた。


「気が付いたか、鈴星殿…良かった。」

かたわらには、鈴星の手を握り、微笑む奉先の姿があった。


「奉先…わらわは、一体何処で…何をしておったのであろうか…?良く、覚えておらぬのだ…」


鈴星は不思議そうに首を傾げた。


「あなたは、天聖師道の者たちに、かどわかされたのだ。だが、もう心配はいらぬ。奴らは滅び、もう狙われる事は無い。」


奉先は微笑し、鈴星の小さな細い手を撫でた。


「何だか、不思議な夢を見ていた…誰かがわらわを抱えて、何処かから連れ出してくれたのだ…あれは…」


鈴星は、高い天井を見上げながら呟いた。


「…あの少年は、麗蘭に良く似ていた気がする…」


「それはきっと、ただの夢だ。もう少し休んだ方が良い…」

そう言って、鈴星の額から髪を撫で下ろし、再び鈴星を眠らせると、奉先は室内を後にした。



昨夜の雨はすっかり上がり、朝から眩しい日の光が、地上へ降り注いでいた。

焼け落ちた寺は、跡形も無く崩れ去り、そこには灰になった骨組みの残骸ざんがいがあるだけである。


あるじと役人たちが捜索したが、結局女の死体を発見する事は出来なかったそうだ…あれは、本当に妖孽ようげつだったのであろうか…?」

奉先は麗蘭と焼け跡を歩きながら、首をひねった。


「さあな…ただの思い込みの激しい、年増女としまおんなだったのではないか?少女の血で、美しくなると信じ込んでいたのであろう…」


麗蘭は笑って答えた。


「それより、傷はもう良いのか?」

「麗蘭殿、知らぬのか?実は、俺も妖孽のたぐいでな、不死身なのだ!」


奉先は腰に手を当て、踏ん反り返る。


「馬鹿馬鹿しい…!」

眉間みけんしわを寄せ奉先を睨むと、麗蘭は肘で奉先の腹を小突いた。


「うぐ…!」

奉先は腹を押さえて呻く。

 

屋敷へ戻ると、門の前に穹と祥雲の姿があった。

穹は、元気に手を振りながら走って来る。


「お兄ちゃんたち、ありがとう!」

「この度は、大変お世話になりました。」


すっかり顔色の良くなった祥雲が、二人に深々と頭を下げた。


「良かったな、穹。これからも、しっかり姉さんを護るんだぞ!」

「うん!」

麗蘭が穹の肩を強く叩くと、穹は顔を輝かせて返事を返した。

穹と祥雲は、並んでしっかりと手を繋ぎ、歩き去って行く。


二人を見送りながら、麗蘭は呟いた。

「次は、お前たちの番だな…」

そう言って振り返り、奉先を見上げた。 



鈴星がすっかり元気を取り戻すと、早速、奉先も劉家へ向かう為の準備を整えた。

曹家の主は、二人の門出かどでを祝う為に新しいしゃを用意し、二人はその車で出発する事になった。


「先生、どうぞお幸せに!麗蘭様の事は、僕が護りますから、心配は要りません!」


虎淵が奉先の手を取り、少し声を振るわせて言った。

城門の前に曹家の者たちが集まり、車を囲んで二人を祝福していた。


「ああ…よろしく頼む。麗蘭殿は、少し難しい人ではあるが…は優しい方だ。何があっても、麗蘭殿の事を信じ、付いて行って欲しい…」

そう言うと、奉先は虎淵の手を強く握り返した。


「子が産まれたら、わしに会わせてくれよ。わしが名付け親になろう。」


主が奉先の肩を叩きながら、鈴星に笑顔を向けると、鈴星は顔を紅潮させ、恥ずかし気に俯いた。


「それにしても、麗蘭の奴…折角の祝いの場に、顔も出さぬとは…」

「構いません、麗蘭殿とは、また何時いつでも会えますから…」

奉先は苦笑し、主に丁寧に頭を下げると、鈴星の手を取り、車へ乗り込んだ。


従者が繋いだ馬の背に鞭を呉れ、車はゆっくりと動き出した。

城邑じょうゆうの門を潜り、見送る人々の姿が次第に遠ざかって行く。

奉先は車から顔を出し、城壁の上や辺りを見回したが、やはり麗蘭の姿は無かった。


「麗蘭の事が、心配か?」


鈴星に声を掛けられ、はっとした。

奉先は車の中へ引っ込むと、鈴星を見詰めた。


「そうでは無いが…いや、実はほんの少し、心配だ…」


そう言って、奉先は苦笑した。




麗蘭は一人、何も無くなった奉先の草廬そうろの入り口に立っていた。

皆と共に、二人を見送る積もりであったが、どんな顔をすれば良いか分からず、迷っている内に、気付くとそこへ来ていた。


「はあ…」


麗蘭は深々と溜息をついた。

室内はすっかり片付いているが、部屋の奥のしょうだけは、そのまま置かれていた。

牀の上へ上がり、体を傾けて横たわった。


奉先…鈴星…

二人共、幸せになれよ…


何故かまぶたが熱くなり、止めなくなみだがこぼれ落ちた。


「麗蘭殿、俺の寝床に入るなと、申したであろう…」


いつの間に眠っていたのか、麗蘭が目を開くと、目の前に微笑を浮かべる奉先の顔があった。


「?!」


驚いた麗蘭は、牀の上で飛び起きた。

泪で濡れた目を、何度も擦る。


「奉先…!お前、何で此処ここに居る…?!」


奉先は体を起こし、少しばつが悪そうに、頭を掻きながら答えた。


「実は…鈴星殿に、追い返されてしまったのだ…俺が、此処へ心を置き忘れていると言われてな…」


「父上を説得して、当分は何処へも嫁にかぬから…時期が来たら、必ず迎えに来てくれと言われた…」


「…何だそれは…結局、愛想を尽かされたのではないか…?」

「そ、そうでは無い…!ただ、今はまだ、身を固めるには早過ぎると言う事だ…!」

奉先は咳払いをしながら、少し赤面した。


「はは、わかった。では、そういう事にしておこう!」

麗蘭は笑いながら、牀から飛び降りた。


「良し、では稽古の時間だぞ!もたもたするな…!」

「え…!い、今直ぐにか…?!」


驚く奉先を尻目に、麗蘭は走って草廬から飛び出した。


「全く…麗蘭殿の自由奔放さには、ほとほと手が焼ける…!」


奉先は苦笑すると立ち上がり、麗蘭の後を追って草廬を出て行った。



-《完》-

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天嵐の華、蒼天の星 《飛翔英雄伝 外伝》 銀星慧 @kpenguin

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