第8話 ぶんどる男
「――こんなところに呼び出しやがって、一体何の用だよ!」
あざみ台駅近くのファミレスで叫んでいるのは、ご機嫌斜めの啓太。
俺に呼び出されたことが不満らしい。
「なんだよ。せっかく、重要な情報を持ってきてやったっていうのに」
「何まどろっこしいこと言ってんだ。話があるならさっさとしやがれ」
イラつく啓太に合わせると、そのまま口喧嘩になってしまう。
ここは抑えて、小声でひっそりと耳打ち。
「お前、小池谷のところから金持ち出しただろ? まさか、まだ使ってないよな?」
「俺の金をどう使おうが、俺の勝手だろ。おめえに関係ねえよ」
「入手した情報によるとな、あの札束の一部はナンバーが控えられてて、全国に手配されてるらしいんだよ」
「なにー!? さすがにヤバイ金だから、ほとぼりが冷めるまで使わないようにしてたのは、どうやら正解だったようだな。俺って冴えてるぅ」
奇声を上げて驚く啓太に、ポケットから取り出したメモを見せびらかす。
そこには、札のナンバーがズラズラと記してある。
「こいつが入手した、札のナンバーリストだ。お前の持ってる金がこの中にあるなら、そいつは使えないぞ。使った途端、足が付いて牢屋行きだ」
「ほ、ほんとうか。さっそく帰って確かめてみるぜ。恩に着る――」
啓太の伸ばした手をかわすように、メモを持った手を引く。
また見せびらかし、再び伸びた手に合わせてまた引く。
「ただでやれるかよ。いくら出すんだ? この情報に」
「チッ、足元見やがって……。ほらよ」
取り出した財布から一万円を抜き取り、テーブルの上に差し出す啓太。
それを見て俺は、目の前でビリビリとメモを破り始める。
「おい、おい、何してんだ。金だって払っただろ」
メモを四等分。
啓太に手渡したのは、そのうちの一切れ。
「一万ならこんなもんだな」
「この野郎! それが一枚一万だってのかよ! ああ、もう、わかったよ。払ってやるよ!」
啓太は財布からさらに三万円を抜き出すと、目の前のテーブルに叩きつける。
そして憤りながら、残った三枚のメモを奪い取る。
「まいどあり」
「その代わり、ここは奢れよな!」
そのまま注文したコーヒーにも手を付けずに、急いで店から出て行った。
それを見送ったところで、ちょうど通りかかった店員を呼び止める。
「――あ、すいません。ステーキセット追加で」
注文したステーキセットを頬張っていると、やかましく携帯電話が鳴る。
掛けてきたのは啓太。予想よりも早かった。
「もしもし、どうだった?」
『どうだったじゃねえよ、大変なんだ。見事に全部、リストに入っちまってるよぉ』
電話越しに、情けない泣き声を上げる啓太。
せしめたつもりの一千万円が使えないとなれば、当然の反応か。
「そいつは不運だったな。十二億のうち、ナンバーが控えられてたのは一億ぐらいだったっていうのに」
『クソッ。諦めきれねえよぉ……』
「仕方ないな……。せっかく情報も買ってくれたことだし、俺がその一千万、なんとかしてやるよ」
『ほ、本当か!? この一千万が、紙切れじゃなくなるってことなんだな!?』
一転してテンションが上がり、まんまと話に乗ってくる啓太。
人はパニックに陥っているときほど扱いやすい。
「じゃあ、まずはその一千万円を持って、さっきのファミレスまで来なよ。ちょうど今なら、それを解決できそうな物を持ってるから」
『わかった、すぐ行くからな。帰らねえで待ってろよな!』
わずか五分。激しく息を切らし、啓太到着。
その小脇には、一千万円が入っていると思われるバッグを抱えている。
「はぁ、はぁ……待たせたな。で、どうやって……解決してくれんだよ、フゥ」
「まあ、まずは座りなって」
店員を呼び、食べ終わったステーキセットを下げてもらう。
そして広くなったテーブルに、懐から取り出した書類を広げてみせる。
「なんだ、こいつは? 今まさに俺が苦しめられてる、うちの系列の闇金の借用書じゃねえか」
「そうだ。この借用書を、その一千万円で売ってやる。そして債務者から取り立てれば、その金はそのままお前の金だ」
「こいつをねぇ……。ちょ、ちょっと待てや! この借用書、額面が五百万じゃねえか。五百万のものを一千万で売りつけるたぁ、ぼったくりにもほどがあんぞ!」
顔を真っ赤にして怒り出す啓太。
そのままでは紙切れの一千万円。それが、ちゃんと使える五百万円になるだけでも儲けもののはず。
だが、啓太にはそんな理屈は通用しない。
そしてそれぐらいのことは、当然想定済みだ。
「マネーロンダリングってのは、全額使えるようにはならないのが普通なんだよ。まあいい、どうせ納得しないだろうとは思ってたからな。そこでだ、とっておきの情報をオマケに付けてやる」
「あん? そのオマケってやつに、五百万の価値があるってのかよ」
「ああ、そうだ。この五百万を借りてる債務者には、警察に捕まるほどの弱みがある。だから、そこを突いてやれば五百万以上、上手くいけば一千万円全額取り返せるかもしれないって話だ」
少しずつ目の色が変わってきた啓太。
もう少しで売りつけられそうだと思ったが、冷静に切り返してきた。
「いや、ちょっと待った。五百万の借金を抱えてる奴が、一千万なんて払うわけねえじゃねえか。そもそも、この五百万だって回収できるのか怪しいぜ」
「それがな、この債務者は近々、一千万手に入る予定があるらしいんだよ。手に入れたっていう情報を掴んだら、そのときは教えてやるよ」
「…………うーん……」
腕組みをして悩み始めた啓太。
あともう一息。少し話をでっち上げて、最後の一押しをしてやる。
「信じないなら別にいいさ。そもそも今話したことは、これから俺自身がやろうとしてたことなんだから。わざわざお前に、この借用書を売ってやる必要もないしな」
「だがよ、俺はおめえみてえに頭が回らねえからよ……。そんなに上手く回収する自信ねえよ」
「いつもの威勢の良さで、どーんとかましてやればいいんだよ。ちゃんとシナリオは俺が書いてやる」
「そうか、わかった。じゃあ頼む、売ってくれ。こいつで」
そう言って差し出されたバッグ。
他の客に見えないように、こっそりと確認すると確かに一千万。
帯封がついたまま、綺麗に揃えられていた。
「――じゃあ、耳を貸せ。詳しくぶんどり方を説明してやるから……」
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