第16話 歩き出す男

「大丈夫ですか? ちゃんと帰ってきてくれますよね?」

「もしも帰ってこなかったら、警察に連絡してくれ。もっとも、意味がないかもしれないけどね」


 心配そうに見つめる唯子。

 祖父の屋敷の近くまで車で送ってもらったのは、何かあったときに通報してもらうため。だが唯子の身にまで危険が及んではと、少し離れたところで車を降りる。

 背中越しに手を振り、祖父の屋敷へと急ぐ。



 屋敷に着くと、さっそく迎え入れられ、大広間へと通される。

 そして間もなく姿を見せ、宴会でもできそうなほどに馬鹿でかい座卓の向こう側へと、腰を下ろす祖父。

 場の空気が落ち着くのを待って、自ら口火を切る。


「どうやら伯父さんは、父の死を自殺に見せかけていただけだったみたいですね」

「ほう、それは初耳だな。真一の記憶でも見たのかね?」

「ええ、死んでもなお記憶が見えることがあるなんて、初めて知りましたけどね」


 ピクリと眉を吊り上げた祖父。

 伯父の記憶を読み取られたのは、予想外だったのかもしれない。

 だがその程度のことで、態度を変えるような祖父ではなかった。


「その記憶が真相と言えるのかね? ワシにだって記憶はある。真一から覗き見た記憶がな……」

「あんたのは、継ぎ接ぎだらけの作られた記憶だろ? 自殺の工作をしていた記憶は伯父さんのものかもしれないけど、親父を絞め殺した記憶はやけに鮮明だったぜ? そっちの方は案外、あんたの記憶なんじゃないのか?」


 すると高笑いを始めた祖父。

 もちろんこの程度で委縮するようなら、警察に手を回せるほどの組織の頂点になど立てないだろう。

 祖父はごまかすでもなく、平然と会話を続けてきた。


「お前の受け取り方はわかった。それでどうするね? 組織に盾突いて、正義とやらを振りかざすかね? 真司のように」

「正義を振りかざすのも悪くないですね。でも親父がしたような正義には、俺は興味がないんでね」

「どういうことかね?」

「正義なんて、結局のところは自分の信念。俺は俺なりの正義を貫くことにします」


 そこまで告げて席を立つ。

 すると声を荒げる祖父。

 それに呼応して、同席していた黒服たちが素早く出口を塞ぐ。


「ワシに歯向かうという意味に取っていいんだな?」

「後継者にならないという意味では逆らうことになりますね。でも、敵対するつもりは全くないですよ? むしろこの先、利用させてもらおうかと思ってるぐらいです」


 黒服の人垣に阻まれ、通してもらえる気配はない。

 だが背後から、祖父の忍び笑いが聞こえてきた。


「……ククク……。まったく、食えん孫だな……」

「これでも、俺にも祖父がいたなんて、感激してるんですよ? せっかくこうして縁もできたんだから、これからは、たっぷりと甘えさせてもらいますよ。お爺ちゃん」


 頭だけ振り返り、皮肉な視線を祖父に向ける。

 目が合った俺に、敵対心がないとわかったらしい祖父。その表情からは、険しさが消えた。


「もういい、通してやれ」

「ですが……。いいんですか?」

「返事など、意味はない。うわべで良い返事をしようが、誰かのように行動で裏切られたら意味がないからな。そして、逆もまたしかりだ」


 引き留めを迫る黒服の言葉を意に介さず、道を開けるよう睨みつける祖父。

 そこまで言われ、俺の行く手を阻む理由のなくなった黒服たち。

 渋々と両脇に彼らが退いたので、自然と目の前に道ができる。

 そしてご丁寧に、障子戸までが自動ドアのように開いた。


「だが歯向かうならば、孫だろうが容赦はしないぞ」


 部屋を出ようとした背中にかけられる、脅迫めいた言葉。

 背中を向けたまま右手を上げ、その言葉に応える。


(親父みたいなカッコいい正義は振りかざせそうにないけど、俺なりの正義って奴でこの男とは決着をつけないとな……)


 終点が見えかけていた俺の旅路。

 だが実はこれが始まりだと、俺は胸に刻んだ……。



(完)

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似非占い師 ―悪党には鉄槌を― 大石 優 @you

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