第10話 取り残される女

「――カズマはユイコのおよめさん?」

「あーちゃん、違うでしょ? ユイコがカズマのお嫁さんよ」

「ちょっと、真面目な顔で嘘教えないでくださいよ、麗子さん。小さい子なんだから、本気にするでしょ?」


 一通り問題も解決して、大山家に様子を見に来てみればこれだ。

 俺のいないところで、何を言っているのかわかったもんじゃない。


「それを言うなら、カズマがユイコのお婿さんよ」

「あのなあ、川上さんまで何を言い出すんだよ」

「ちがうよカズマ。ユイコだよ」

「この人は川上唯子だから、川上さんでもいいんだよ」

「ちがうー、ユイコ」

「わかった、わかった。ユイコだな」


 納得の笑顔を浮かべるあーちゃん。

 あの両親から引き離しただけで、この短期間によくしゃべるし、よく笑うようになった。

 そしてなぜか、一緒になって笑顔でこちらを見る唯子。


「名前で呼ばれるの初めてです。なんか嬉しい」

「これからは、唯子って呼べっていう圧力か? まあいいけど……」


 なんとなく、はめられたような気がしないでもない。

 平和な大山一家で、唯子と昼食をご馳走になっていると、携帯が鳴った。


『鳴海沢さんですか? その節は……。晶子の母です』

「今さら何の用です? それにもう、あんたは母じゃないでしょ?」

『実は……。晶子を返していただけないかと……』


 もう養子縁組も済ませた。生みの母という事実は消し去れないものの、今更ながらに都合の良すぎる話。

 同意したのは父親だけで、母親は反対だったのも理解している。だが結局あの場で、何が何でも反対しきれなかったのは当の母親だ。

 話が面倒なことになりそうなので、そっと席を立ち、廊下へと場所を変える。


「なにを言ってるんですか? 今さら。もう話はついてるし、あなた方は金だって受け取ったじゃないですか」

『そのお金でしたら、全部取られました。もう、残っていません。そもそも、あの人を差し向けたのは、あなたじゃないんですか?』

「何を根拠にそんなことを……」


 しらは切ってみせたが、バレたのも当然。

 あんなにタイミングよく啓太が怒鳴り込んだら、グルだと思うのが当たり前だ。


『あの人も、警察に逮捕されました』

「なんでまた、そんなことに?」

『手元にお金も残らず、苛立ったあの人は、息子にも手を上げるようになったんです。結局あの人は、憂さが晴らせれば誰だって良かったんです』

「だからついに耐えかねて、あなたが警察に駆け込んだ。と?」


 啓太に痛めつけてはもらったが、あの父親への制裁としては物足りなく思っていた。それが警察に捕まったというなら、胸のすく思いだ。


『あなたに言われた通り、あの人とは縁を切りました。離婚だって必ずします。だから、あの子を返してください……』

「返せるわけがないだろ。もうあの子は、新しい人生を歩み始めてるんだ。またあんたのわがままな無理心中に、あの子が付き合わされちゃたまんないからな」

『そんなことはもう、絶対にしません。ですから、どうか……』


 その決断をもっと早くしていたなら、違う結末もあっただろう。

 だが、もう手遅れ。覆水盆に返らずだ。


「あのとき、あーちゃんが叫ばなかったら、あんたはこの世にいなかったんだ。命を救ってもらって、借金をなくしてもらって、まだあんたは付きまとうのか? 本人の意思だって、はっきり確認しただろ?」

『でも…………』

「それよりもあいつを警察に突き出したなら、服役している間にどこか遠くにでも引っ越すんだな。復讐されないように、せいぜい気を付けな。じゃあな」

『待ってください。まだ――』


 強引に電話を切り、そのまま着信拒否。

 しばらく、家には帰れそうもない。あの母親が引っ越していくまで、しばらくはホテル暮らしだろうか。

 だが、これまでの問題に比べれば些細なことかと、小さくため息をつく。

 そこへ背後から、幸一の声。振り返ると、夫婦揃って心配そうな顔で立っていた。


「あーちゃんの親ですか?」

「何言ってるんだ、あーちゃんの親はあんたたちだろ? 今のは元、親だ。それに、話はついてるんだ。気にすることはない」

「悪いとは思ったけど、話聞いちゃったのよ。本当は、裏でお金が動いてたんじゃないの? もしそうなら、あたしたちのお金を使ってよ」

「心配には及びませんて。それよりも、あーちゃんに愛情を注いでやってください」


 確かに今回、随分と金が動いた。

 俺が啓太から手に入れた一千万はあの夫婦に渡って、それを啓太がそのまま回収。

 単純にあの夫婦の五百万の借金を、俺が肩代わりしたことになるのか……今は。


(まあいいさ。もうすぐ奴も、気付くはずだろうしな……)


 そう考えていると、勢いよく玄関の引き戸が開く音。

 駆け込んできたのは啓太。チャイムも鳴らさず、図々しいにもほどがある。

 だが、タイミングはばっちりだ。


「おい、聞いてくれ! 大変なんだよ」

「一体どうしたんだ?」

「あいつらから取り立てた一千万。札のナンバーを何気なく確認したらよぉ、またあのリストの番号だったんだよぉ」




「――仕方ないな……。じゃあ俺がその紙屑を、五百万で買い取ってやるよ」

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