第16話 逆転の男

「――五枚。オールチェンジだ」


 俺の一言で、その表情を再び凍りつかせたのは小池谷。

 フォーカードが出来上がっている手札を全部捨て、一枚、また一枚と山をめくる。

 最初の一枚こそ無関係の札だったが、めくるたびに現れるA。

 スペード、ハート、クラブ、ダイヤ……。手元には四枚のAが並んだ。

 小池谷が手にするはずだった五枚のカードは今、我が手中にある。


「五、五枚チェンジだ……」


 消え入りそうな声の小池谷。

 その表情には悲壮感までもが漂う。

 KのフォーカードにAのフォーカードで逆転するはずだった目論見が、見事に返り討ちにあった図。

 拳を固く握りしめて、打ち震える小池谷。


「フォーカード。その様子を見ると、どうやら手にならなかったみたいだな。四億五千万はいただくぜ」

「くそっ! くそっ!」


 ディーラーを睨みつける小池谷。

 負けるはずのない勝負が思い通りに進まず、疑心暗鬼に陥っているのだろう。

 こうなれば、流れは完全にこっちのものだ。

 自信家ほど、その自信を失ったときは脆い。


 さて、次の勝負は何を仕掛けてくるのか?

 ディーラーの手元よりも、目を見ながら動向をうかがう。

 しかし今さっき、その仕込みを逆手に取られたせいか、今回は動きはないらしい。

 ちょうど揺さぶりをかけてやろうと思ったところだったので、好都合のディーラーの行動に感謝の声をかける。


「オーケー、それでいい」


 もはや小池谷は、負の泥沼に足をすくわれている。

 さっきの勝負で、持ち金はこちらが九億、向こうが七億。

 ここが勝負どころ。押しの一手。

 早速一億をベットしてみせ、さらに能力全開で畳みかけていく。


「あんたは、俺が6のワンペアだと思ってるだろ?」

「なんだ? 混乱させようっていう魂胆かね?」

「あんたが右耳のイヤホンから受け取ってる情報は、本当に正確なのかな?」


 小池谷の目が泳ぐ。

 ここまでの様子から、右耳に意識を集中しているのは明白。

 だが、そんな指摘をしたところで、どうせしらばっくれるに決まっている。

 ならばその情報の信憑性を落として、さらに疑心暗鬼を深めさせ、思考を混迷に引きずり込む。


「情報が正しけりゃ、あんたのJと8のツーペアで勝てるはずだよな」

「な…………」

「今、あんたは思ったはずだ。どうして、手の内がわかったのかと。そして、なんでわかっているのに一億も賭けたのかと」

「ご、ごちゃごちゃとやかましいぞ……。コールだ」


 小池谷の思考が混乱していることは、火を見るよりも明らか。

 さっきまでクッキリと浮かべていた俺の手札も、信じられなくなっているのか映像がぼやける。


「二枚チェンジだ」


 場に二枚を捨て、ディーラーから二枚受け取る。

 残念ながら、手変わりはなし。


「ワシは一枚だ。早く寄越せ」

「フルハウスにはならなかったようで、残念だったな。それならば、レイズだ。六億追加させてもらう」

「な、なに!?」


 驚きの表情を見せ、動きを止める小池谷。

 合計七億に膨らんだ賭け金。ここで負ければ所持金がゼロになるとあっては、さすがの小池谷も躊躇したようだ。

 そして、注意深く意識を集中する右耳。

 もはやコッソリと隠すでもなく、堂々と開き直っている。


 小池谷が頭の中に浮かべたのは6、6、A、8、3。

 俺がディーラーから受け取ったカードの情報は、やはり正確に伝わっている。

 そして、もう一つ浮かべたJ、J、8、8、5のツーペア。これが奴の手だろう。


「どうしたよ。受けられるはずだろ? 情報では、俺の手は6のワンペアのままなんだろ?」

「き、貴様……」

「あんたの手はJ、J、8、8、5。違うかい? まあ、降りてくれるなら丸々一億の儲けだ。こっちはそれでも構わないぜ」

「貴様……。親父の時のようにペラペラと人の手を……。そこまで言うなら受けてやろう。コールだ!」


 叫ぶと同時に、テーブルにカードを叩きつける小池谷。

 そのカードは言い当てた通りのJ、J、8、8、5。

 さらに、鬼のような形相で睨みつけてくる。


「確かに貴様の言う通りだ。で? 貴様の手はどうなんだ」

「残念だったな。お前の負けだ」


 目の前に放り投げてみせる五枚のカード。

 6、6、A、A、8。Aと6のツーペア。

 愕然と、信じられない表情で小池谷の顔から血の気が引く。


「き、貴様……。また、すり替えを――」

「おっと待った。『また』とは心外だな。さっき、散々調べたのはあんた達だろ? さっきだって何もなかったし、今回だって何もない。これが真実だ」

「くそっ! 貴様の親父のように、ワシの手の内まで言い当ておって……。あの時は、そこの石動がグルだった。まさか、お前までもか!?」

「め、滅相もありません。信じてください」

「さっきだって、何やら怪しげな会話を交わしていたじゃないか!」


 小池谷が次に矛先を向けたのはディーラー。身に覚えのない彼は、懸命の否定。

 だが、疑念を持った小池谷の耳には届かない。

 俺がさっきディーラーに掛けた言葉さえも、勝手に何かの合図だと思い込んでいる。まんまと狙い通りに。


 みるみるうちに表情を歪めながら、昂り続ける小池谷の感情。

 当然ながら、いつまでも抑えつけておけるはずもない。

 気が触れたかと思うほどに豹変するまで、そう時間はかからなかった。

 感情を爆発させた小池谷は、ディーラーに掴みかかる。


「貴様もか! 貴様もグルか! 一体どれだけ、ワシをコケにすれば気が済むんだ! 許さん、許さんぞ。裏切り者には制裁だ」


 手近なところにあった灰皿を手に取り、高々と振り上げる小池谷。

 ディーラーの右手に向かって振り下ろそうとする腕を、すんでのところで掴む。


「八つ当たりかよ、爺さん。俺はこんな奴知らないし、仲間でもなんでもないぜ」

「くそっ! お前なんかクビだ。二度とワシの前に顔を見せるな。すぐに代わりのディーラーを呼べ!」

「呼んでどうするつもりだ? もう勝負は終わったんだよ」


 今回のゲームで吊り上がった賭け金は七億。

 負けた小池谷がそれを支払えば、所持金はゼロ。勝負終了だ。

 棒立ちのまま、肩を落とす小池谷。 

 そのまま室内は沈黙に包まれ、皆が固唾を呑んでその様子を見守る。

 やがて、震え出す肩。

 初めは息を漏らすような笑いだったが、徐々に声となり、そしてその声を荒げていく小池谷。


「クックック……。フッフッフッフッフ……。ハッハッハッハッハ……」

「まあ、気持ちはわかる。残念だったな。あんたの負けだよ」

「アーッハッハッハッハッハ…………。それはこっちのセリフだ。おい!」


 小池谷の合図と共に、出口のドアを塞ぐ黒服たち。

 それぞれの手には、懐から取り出した銃が握りしめられている。

 ここは五階。窓から飛び降りるという選択肢もない。


「やってくれるな。ルールを根底からひっくり返すとはな」

「カードの強さでは負けたかもしれんが、武力ではワシの勝ちのようだな。ポーカーには負けても、最後に勝てばいいのだよ」

「最初からポーカーなんて関係なかったんじゃないか」

「卑怯者!」


 幸一と麗子も非難するが、気にも留めない小池谷。

 立場を逆転させ、満足気に悦に入る。




「――本当はポーカーで叩きのめしてやりたかったのだがね。だが、十年前のツケを払ってもらうよ。恨むなら、君たちの親を恨むんだな」

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