第4話 後任の女
事件で得をした人間を怪しむのは鉄則。
そこへ、老女からもらった有益な情報。
挙げられた人物の中で、一番接触がしやすいのは看護師長だろう。まずは、そこから当たってみるか。
この病院の看護師の制服は昔ながらだ。
ナース服にナースキャップ、そしてナースシューズ。最近あまり見かけない。
しかしこれは、今回に限っては好都合。ナースキャップをかぶる病院だと、大抵キャップに役職に応じた線が入っているので、遠目にも見つけやすい。
ナースステーションの人の出入りをうかがっていると、キャップに三本線の女性。
きっと、彼女が看護師長だ。サングラスを外して機をうかがう。
「あのー、すいません」
「どうかされましたか?」
廊下に出たところを、偶然を装い声を掛ける。
ネームプレートも確認。間違いはない。
落ち着いた物腰、目つきの鋭い顔立ちも、看護師長としての威厳を感じさせる。
「そこに入院している『鹿島 恵』の知人なんですが、いつ頃退院できるのかと思いまして」
「彼女でしたら骨折がちょっとひどかったので、もうしばらくかかるかもしれませんね。詳しくは、担当の先生にお聞きになってください」
軽く質問を受け流し、立ち去ろうとする看護師長。
忙しい彼女に対して、悠長な会話で時間を稼いでいる余裕はないようだ。
「こんなことを言うのは失礼だとは思うんですけど……。この病院で以前、不審な亡くなり方をした人がいるって、週刊誌に書かれてたじゃないですか。担当の先生は、本当に大丈夫なんですよね?」
「あ、あの時の先生は、もうお辞めになられているので……。ご心配される必要はありませんよ」
この上なく失礼な問い掛け。
その質問に、気まずそうな表情を浮かべる看護師長。
すぐさま目線は外されてしまったが、決定的な記憶を覗き見るには充分な時間。
ズバリと核心を突く言葉が、功を奏したようだ。
ベッドで眠っている少年に注射を打つ、病院なら当たり前の何気ないワンシーン。
しかしその手は、不自然なほどに打ち震えていた。
なるほど、そういうことか……。
軽く会釈をして、この場を去ろうとする看護師長。
右腕を掴んで、それを引き留める。
まだ俺の事情聴取は終わっちゃいない。
「ちょっと、何するんですか!」
「いやね、週刊誌に書かれた不審な死って、薬でも盛られたんじゃないかと思うんですよ……。例えばこの辺りに、こうやって注射でブスリ……。なーんてね――」
そう言いながら、注射を打つ仕草をして見せる。
今見た記憶の通り、掴んだ看護師長の右腕に向けて、わざわざ手を震わせながら。
その仕草を、真っ青な顔で凝視する彼女。
そこに顔を割り込ませて、見上げるように強引に目を合わせる。
「――でもね、ただの毒だったら……すぐバレると思うんですよね。きっと、特殊な薬なのかな? だとしても、そんな特殊な薬は一般人には入手困難だろうし……」
許しを請うような表情で、怯える看護師長。
目に涙を溜めながら、答えとなる記憶を浮かべ始める。
医師からこっそり手渡される、怪しげな薬品。
さらには、医療機器の怪しげな操作、検査の検体のすり替え。
秘密裏に行われた工作の数々。間違いなく、周到に用意された犯罪臭を感じる。
さっそく、実行犯らしき人物を見つけだした。
その上、少なくとも共犯者として医師が存在することも判明した。となると、組織ぐるみの陰謀は確実。どうりで剣持が死因をいくら調べてもわからなかったはずだ。
「気分でも悪いんですか? 顔色が悪いですよ?」
「私は……。私はどうしたら……」
「全部話して、スッキリしてしまうっていうのはどうです?」
ここまでくれば、あと一押し。
突き放すような、冷徹な視線を送る。
そして、選択の余地を与えているようでいて、実際にはそうするしかない言葉で追い込む。
いつもの手順。
あとは真相を語ってもらうだけ。
(ほら、時間がもったいないから、早く吐いてくれよ……)
しかし、思惑通りに進まない。
その場にへたり込む看護師長。
そのまま両手で顔を覆い、えずくようにむせび泣き始めた。
追い込み過ぎてしまったのか……。
こうなると厄介だ。話は聞けないし、何より注目の的。
中年女性を泣かせている男なんて、格好がつかない。
どうにもこういうとき、相手が女だと苦手だ。加減というものがわからない。
落ち着ける場所に移ろうと手を差し伸べてみたが、身じろぎ一つしない。
なだめるも、聞く耳持たず。
気は乗らないが、このまま放って行くしかないか。巡回の看護師にでも見つかって、騒ぎになると面倒だ……。
「――大丈夫ですか?」
背後から掛かる声に、思わず背筋が伸びる。
心配そうな声は、通りがかった看護師だろうか。
慌てて振り返り、取り繕ってみせる。
「い、いや、これはですね。俺もたった今、通りかかった――」
「何してるんですか? 鳴海沢さん」
唯子だった……。
これは天の助け。ここは彼女に任せて、俺はこの場を離れさせてもらおう。
詳しい情報を聞き出せなかったのは残念だが、それなりの手がかりは得られた。
「川上さん。悪いんだけど……、看護師長さんに付き添っててくれないかな。俺はまだ、やらなきゃいけない用事が残ってるんで……」
「わかりました。有能な助手にお任せください!」
また蒸し返してきた、その話。
俺のことを、本当に探偵だと思ってるんだろうか。
「いやいや。助手にした覚えはないから……」
「……それじゃ、私はメグに付き添ってないといけないんで――」
「あー、待って。わかった、わかったから。重大な任務だから頼んだぞ、助手!」
「はい! 了解です!」
ビシッと手のひらを伸ばし、額に当てて敬礼をする唯子。
だから、それじゃ警官だって……。
(――やっぱり……この件が片付き次第、また着信拒否だな……)
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