第15話 勝利する男

 お楽しみは当日と言ったものの、いつが当日になるかはまだわからない。

 さすがにカジノから金を巻き上げるとなると、自力のみでは難しい。今回は、あのイカサマグループに便乗するつもりだ。

 だから事前に手口を教えてしまうと、城戸崎一人で動きかねない。

 事前に教えられることだけを、最低限教えておく。


「狙うのはルーレット、まずは二回私が言い当てましょう。それで信用できると思ったら教えてください。作戦を開始しますので」

「ちょっと、待ってください。ルーレットって、狙ったところに球を入れるのは無理って聞きましたよ。なのに、どうして当てられるっていうんですか」

「それは今の一般的な、ポケットの浅いホイールの話ですね。この店で使われているような、ポケットの深い昔のホイールなら、かなり狙えるらしいですよ。腕の良いディーラーなら、それこそ前後一コマぐらいの精度でね」


 そしてイカサマグループに内通しているはずの、ここのルーレットのディーラーはそれができるはず。

 でなければ、あの男に連日五連勝なんてさせられるはずがない。

 観察していた結果、あの男が賭けるのは必ず中央のコラム。テーブルの数字を縦に三分割した中央、2、5、8、11、14、17、20、23、26、29、32、35のどれかに入れば的中する賭け方だ。

 そして回転するホイールには、0の左隣から続きで2、14、35、23と四つ並んでいる部分と、20、32、17、5の四つが並んでいる部分がある。

 熟練したディーラーでこの深いポケットならば、四つ並んだどこかに入れるのは造作もないこと。そして実際、的中した時はこの八個の数字のどれかだった。


「ということは、あのカジノではイカサマが行われているってことですか?」

「今まで負け続けたのは、たまたま運が悪かっただけだと思ってたんですか? お人好しですね」

「畜生! 許せない……。ああ、私はなんて馬鹿なことを……」


 拳を震わせて悔しむ城戸崎。

 反省の色が見えなくもないが、きっとそれも金を失ったことだけ。亡くなった音見美香にまでは及んでいるとは、到底思えない。


「気付かないあんたが悪いんです。警察に駆け込んだって、金は返ってきませんよ。それどころか、背後にいる組織に消されるでしょう。遺体すら見つからない方法でね」

「お願いします。取り返してください。このままじゃ、私の人生はおしまいだ」

「言う通りにしてくれれば、あんたの三百万を二千万にしてあげますよ」

「ああ、そのためならなんでもします。だからお願いだ……。いや、お願いします」


 必死に懇願する城戸崎。さりげなく、恐怖心も植え付けておく。

 妙な行動をされて、計画を台無しにされないために。そして従順に行動させるために……。


「まずは三百万、私が指定した通りに全額賭けてもらいます。的中したら成功報酬として、その中から百万いただきます。そこであんたに逃げられても、ただ働きにならないための保険としてね」

「ぜ、全額ですか!? そこで外れたら、一巻の終わりじゃないですか……。本当に大丈夫なんですか?」

「私だって、あんたが無一文になったら得る物がないんだから、本気の計画ですよ。信じられないなら、話はそこで終了です」

「わ、わかりました。従います……」


 初回のベットで、三百万を三倍の九百万にする。

 そして、成功報酬として百万を差し引いて八百万。再びその全額を三倍にすれば、めでたく二千万を超える。これが俺の計画だ。

 もちろんこんな回りくどいことをしなくても、自分自身でやれば手っ取り早い。

 だがこんな非合法の裏カジノが、快く大金を支払ってくれるかも怪しい。この作戦なら、あくまで金を持ち帰るのは城戸崎だ。

 その後で、俺は城戸崎から金をいただく。万全の保険。


「そしてもう一回、全額を指定した通りに賭けてもらいます。それも的中すれば、二千万を超える予定です。二千万を上回った分は私の成功報酬。文句はないですね?」

「え、ええ……。本当に三百万を二千万にしてくれるっていうなら、文句なんてあるはずがないです。でもたった二回賭けるだけで、本当に二千万になるんですか?」

「額が額ですからね。短期決戦でないと上手くいきません。後は、条件が整うのを待つだけです」

「その条件とは?」

「それは……まだ、秘密ですよ」


 条件はただ一つ。あのイカサマグループがやってくること。

 長期的に張り込んだわけではないので、行動パターンまではわからない。この後すぐにでもやってくるのか、それともしばらく間を空けるのか。


「あれ? あんた。二人でつるんで何やってんスか? 儲け話なら一枚かませてください。お願いしやす」

「ちょっと、大事な話をしている最中だから。あっちに行ってくれないか?」

「いやいや、こちとら金に困ってて、なりふり構ってらんないんスよ。マジで頼んます。助けると思って」

「上の者にチクるぞ。付き纏われて困ってるって」

「ちっ。んだよ、ケチ!」


 こんな時に金髪。こいつは本当に、邪魔ばっかりする奴だ。

 今日はホストクラブは非番なのだろうか。せっせとドリンクを運んでいる。

 この男の目の前で大勝負なんてしようものなら、きっと上手くいくものもいかなくなる。今日のところは出直そう。ケチがついた……。




 さて日は改めたものの、また金髪がうろついていたらたまらない。

 店内を見渡してみたが、どうやら今日はいないらしい。

 ほどなく城戸崎とも合流。後はイカサマグループの登場を待つだけだ。

 そしてその瞬間は、思いのほか早く訪れた。


 登場する、いつもの美女。今日も一段と、男心をくすぐるドレス。

 開く胸元も、張り出す胸の膨らみのせいで一切緩みなどない。むしろ勢い余ってこぼれ出すのではと、男たちの胸を高鳴らせるほど。

 そんな煌びやかさの陰に隠れて、ひっそりと登場する地味な男。役者は揃った。

 こちらも城戸崎とともにテーブルにつく。

 そして、四ゲーム目。男が動いた。


「……このゲーム、中央のコラムで的中します……」


 コッソリと城戸崎に耳打ち。

 揺るぎない、たっぷりの自信を込めて伝える。

 そして、球が落ちたのは14のポケット。

 的中は必然。そんな素振りで、城戸崎に勝ち誇った笑みを見せつける。


「……これも、中央のコラムですよ……」


 三ゲーム間を空けた後に男が動いたのを見て、再び城戸崎に告げる。

 またしても的中。城戸崎も目を輝かせる。

 これで事前の打合せ通り、二回当ててみせた。


「どうしますか? 乗りますか?」

「……はい! お願いします」


 決意の城戸崎。目は真剣そのもの。

 声がやや上ずっているが、力強い。

 さて、これでスタートライン。作戦開始だ。


 入った気合を空回りさせるように、何事もなく進むゲーム。

 五回続けて男は動かない。

 もしや、こっちの狙いが見抜かれたのでは? と不安がよぎった六ゲーム目。やっと男が動いた。


「……行きますよ。三百万、中央のコラムへ……」

「わ、わかりました」


 いきなりの全財産ベット。城戸崎の手も震える。

 泳ぐ目、荒ぶる鼻息、祈るように合わせる手。

 これだけ高額を賭ければ無理もない。だがここまで内心を表に出されると、彼らに気付かれそうで心配になる。やはり城戸崎は、圧倒的にギャンブルに向いていない。

 だが、そんな心配をよそに、17で見事的中。九百万が払い戻された。


「あ、あわわ……。やった、やりましたよ」

「じゃあ、約束通り百万いただきますよ」

「は、はい。あ、ありがとうございます」


 声を震わす城戸崎。きっと、こんな大勝ちは初めてなのだろう。

 満面の笑みをたたえているが、まだ終わりじゃない。喜怒哀楽をこんなに素直に表に出すようじゃ、ポーカーどころかババ抜きでさえ、城戸崎には無理だ。


 三ゲームの間を空けて、男が動いた。

 しかし今回は、城戸崎に指示は出さない。

 九百万を便乗で稼がれたイカサマグループが、警戒する可能性を感じたからだ。

 それに、そろそろ城戸崎もこの賭け方に気付く頃。なので、勝手な行動を始められないための対策。

 今回を見送れば次は五回目。彼らは仕事を終えて帰る。

 結果、城戸崎に余計なことをされずに済むという目論見だ。


 さて、ラストの五回目はいつくるのか。そう思った途端に男が動いた。

 まさかの二回連続。今までにない行動に迷いが生じる。罠なのか?

 だが、時間は待ってくれない。ベットの締め切り時間が迫る。


「……全額の八百万。中央のコラムへ……」

「は、はい……」


 今回ばかりは俺も祈りを捧げる。もちろん表情には出さず、心の中でだが。

 速度が緩み、ゆっくりとホイールに落下していく球。

 回転数を落としていくホイール。

 球はポケットに落ちるが、まだどの数字に落ちたかは確認ができない。

 さらにホイールは、回転を緩めていく……。


「――黒35」


 宣言されるゲームの結果。

 心配をよそに、無事的中。払い戻し金額二千四百万。一つ目の目的は達成だ。


「き、きた……。本当にきた。ああ、ゆ、夢のようです。ありがとうございます、ありがとうございます」

「じゃあ約束通り、二千万を超えた四百万は報酬としていただきますよ」

「は、はい。ありがとうございました」


 声どころか、足まで震わせる城戸崎。

 涙ながらに頭を下げまくり、感謝の言葉を連呼する。

 そして報酬として受け取る、四百万のチップ。さっきの分と合わせて五百万。

 もちろんこれでも高額な収入だが、これで終わりじゃない。

 次の狙いは城戸崎の手元にある二千万。こいつもいただいて、初めて計画完了だ。


「さあ、まずは帰りましょうか。城戸崎さん」

「ちょ、ちょっと待ってください……」


 帰ろうとしない城戸崎。目的の二千万を手にしたというのに。

 ニヤついているその表情も、自分が救われたという喜びのものかと思ったが、どうも違う。

 何やら目つきも怪しい。きっと、よからぬことを企んでいる。




 ――城戸崎が向けている視線の先を追ってみると、予定外の事態が起こっていた。

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