第14話 許される男
「――まずは現況を詳しく教えてもらえますか? 話はそこからです」
周りが気になるカジノから出て、やってきたのはカラオケ。
当然、入室した時点でサングラスは外してある。
中年のオヤジと個室で二人きりなんて趣味ではないが、密談をするには手軽で最適なのだから仕方がない。
「一体どこから話せばいいか……」
「それでは、一番お困りなことは何ですか? お金ですか? それとも女ですか?」
「いや、私は女性関係で悩みなんて――」
「都合良く死んでくれたから、そっちは解決したんですか?」
一気に表情を変える城戸崎。まるで、初めて対面した時の姿。
血の気の引いた顔色。引きつった表情。
そんな城戸崎が思い浮かべたのは、再び音見美香の姿。
「わ、私は彼女とは何も――」
「不倫関係にあったことぐらい、とっくにお見通しですよ。これでも、良く当たるって評判なんですから」
「…………」
弁解を遮り、キッパリと断定する。そして根拠は告げず、占いの結果を装う。
今、城戸崎の頭の中では色々な思いが駆け巡っている。
本当に占いの結果なのか?
どこかで見ていたのではないか?
見ていたとしたら何を?
そんな思考によって見せつけられる、音見美香と過ごした場面の数々。そしてそれらは、そのまま城戸崎を篭絡するための材料となる。
「ご心配なく。彼女との関係を、口外するつもりはありません。ですがここで、ハッキリさせておきましょう。あなたの今後取るべき道を示すためにもね」
「は、はい。確かに彼女とはコッソリと密会はしていました。ですがそれだけで、それ以上は何も――」
「嘘はいけません。彼女はあなたにとって、そんな関係以上に重要な人物だったはずでしょう?」
「そ、それはどういう……」
まだシラを切り続ける城戸崎。
もちろん自ら、横領なんていう犯罪行為を口にするはずもない。
ここは、今見た記憶を元にハッタリをかます。メグや金髪の言葉も合わせれば、ほぼ間違いはないはずだ。
「音見美香さんが、客の金に手を付けたのはもうわかっているんですよ。そしてそれが、あんたの指示だったってこともね」
「なにを根拠にそんな馬鹿なことを……」
「根拠なんていりますか? いいですよ、警察に駆け込めば根拠なんて簡単に探し出してくれるはずですから」
「け、警察には言わないって話だったじゃないか!」
慌てる城戸崎。
なんと都合のいい話だろう。自分に有利な部分だけは、しっかり主張するとは。
自分の方が立場的に弱いということを、しっかりとわからせてやらなければ……。
「こっちはあんたがどうなろうと、痛くもかゆくもないんだ。あんたが協力しないなら、善良な市民としては、警察にチクるのが当たり前だろ」
「わ、わかった。そ、その代わり警察には本当に黙っててくれるんだな」
「約束しますよ、嘘はつかない。その代わり、計画の発端からちゃんと話してもらえますか? 今回の件は、事情がなかなか複雑そうだ」
言葉を躊躇する城戸崎。
だが他に現状を打開する方法がないと悟ったのか、ぽつりぽつりと呟き始めた。
「そもそもは私が、あのカジノに借金を作ったところからです。いつの間にか、利息含めて一千二百万円。そんな金、払えるわけないじゃないですか。そうしたら、不倫相手だった彼女が相談に乗ってくれたんです」
自分で作った借金を、払えるはずがないと開き直るなんてどういう理屈だ。
これが事故の賠償金とでもいうのなら、同情の余地もある。だが、原因はギャンブル。開いた口が塞がらない。
そもそもギャンブルなんて、胴元が勝つ仕組みになっている。一攫千金を夢見るには、一番非現実的だと思った方がいい。
「じゃあ、計画は彼女が?」
「横領を持ち掛けたのは彼女でした。でも作戦は使い物にならなかったんで、私が練り直しました」
「どんな計画だったんです?」
「簡単に言ってしまえば、彼女の不手際で二千万円ほどのお金が紛失するという筋書きです。それを何とか過失に見せかけて、最悪解雇で済ませようとしてました」
彼女が持ち掛けた話とはいえ、城戸崎は何の痛みもなしか。
当初の彼女の作戦も使い物にならなかったのではなくて、自分にも影響が及ぶ内容だったから練り直したのではと疑念が湧く。
それにしても、こんな不公平な計画だというのに応じた彼女は、よほどこの男に惚れこんでいたのだろうか。自己中心的な考えしか持っていないというのに。
「で? 借金を返済したってことは、計画は実行されたんですよね? となると、残金は八百万円。これは山分けですか?」
「いえ、彼女の取り分は無しです……」
「そいつはひどいですね。胸が痛まないんですか?」
「正確に言うと、彼女の要求は別なものでした。妻子を捨てて、一緒になってくれ……と。だったら、自分はクビになっても構わないと」
傍から見れば不公平な条件だが、彼女にとってはそれで等価だったということか。
ものの価値なんて人それぞれだから、とやかくいいたくはないが、さすがにこれはハズレだろう。こんな男のために……としか考えられない。
そもそも、自分以外の人物に価値などあるものか。
みんな腹の中を探ってみれば、こんな自己中心的な考えばかりだ。信用なんてできるはずもない。
もっとも自分だってこんな能力がなければ、少しは信じる心なんてものが持てたのかもしれない。実際、それ以前は……。
いや、今はそんなことを考えている場合じゃない。
「それで? 彼女はクビになったんですか?」
「いえ、横領はまだ気付かれていません。というか、まだ隠蔽工作の真っ最中だったんですよ。それなのに……」
「それなのに?」
「ちゃんと離婚してくれなければ、これ以上手伝えない、と。そんなことを言い出したんですよ? 彼女」
「でも、条件を呑んだんですよね? だからこそ実行された。違いますか?」
「……はい。でもそうするしか、借金を返済する方法がなかったから……」
城戸崎のわがままぶりに反吐が出そうだ。
こんな男だと見抜けなかった彼女の致命的なミス。実際に命を落としたわけだが。
それを差し引いても、彼女に同情的にならざるを得ない。
これが、惚れた弱みというやつなのか?
「それでどうなったんですか?」
「じゃあもう、死んでやるって……。そんなとんでもないこと言い出したんですよ、彼女。電車に飛び込んでやるって。だから、必死になだめましたよ……」
――突然、強烈に飛び込んできた城戸崎の記憶。
ホームでうつむく音見美香の姿。
そして立ち上がる彼女。
そのままホームの先へと駆け出していく。
そこへ特急電車が滑り込む…………。
俺は思わず固く目を瞑った。
なんでこの男に、この場面の記憶がある? まさか、こいつあの時の……。
「あんた、その時彼女に何を言ったんだ」
「君がいなくなったら、横領の隠蔽ができなくなるだろって。だから、死ぬなんて馬鹿なこと言わないでくれって」
「…………」
さすがに言葉が出ない。
自分が道具にしか思われていなかったことに、彼女は気付いてしまったのだろう。
そこへこの言葉じゃ、引き留めになっていない。
むしろ背中を押したようなものだ。
「引き留めも空しく、そのまま彼女は自殺しました。隠蔽工作も終わらせられなくなってしまって、どうしようかと途方に暮れているのが、今の状況です」
とりあえず、状況は把握した。
もちろんこの男がすべてを正確に語ったかは怪しいが、最低の男だということは間違いない。
さてこのクズ男を、どう料理してやろうか。
すぐに思いついてはわざとらしい。まずは、少し考え込む振りを見せる。
腕組みをして天井を見上げてみたり、はたまたあごに手を当てうつむいてみたり。
そして充分に時間を空けた後、さも名案が浮かんだようなそぶりを見せる。
「――あなたが許される方法を思いつきましたよ」
「ほ、本当ですか? どうすれば私は許されるんです?」
目を輝かせる城戸崎。この男に反省という言葉はなさそうだ。
事前の予想とは大きく違わなかったので、予定していた計画をそのまま披露する。さも、今思いついたように勿体ぶりながら。
「今はまだ、全部は明かせませんけどね。まずはあのカジノから、使った金を取り返してやりましょう」
「そんなことなら、とっくに考えましたよ。何とか取り返そうと必死に通ってますが、手持ちの金が減っていく一方です」
「今の残金はいくらなんです?」
「三百万円ぐらいです」
「…………」
多額の借金を作った過去を覚えていないのか? この男は。
残金三百万円ということは、返済してからさらにつぎ込んだ金は五百万円。いくら高レートだからといって、さすがに使いすぎだろう。
しかも、ただ闇雲に通って、どうして取り返せると考えたのか。
ここまで負け続けたから、今度は勝つ番だとでも思っているのか?
完全確率の勝負なら、そんな考え方もあるのかもしれない。でも、これはギャンブル。ギャンブルこそ、運任せでは勝てない。
「まあ、俺に考えがあります。その三百万円を元手に、今までの負け分を回収しましょう。俺の指示通りやれば、あんたは二千万円の金を手にできるはずです。それでいいですね」
「そして、その二千万円をコッソリ元通りにすれば、私はめでたく許される。そういうわけですね。わかりました、それで充分です。で、どうやって増やすんです?」
この男に二千万円を渡したところで、きっと横領の穴埋めなんてしない。
そしてその金をまたギャンブルにつぎ込むことは、簡単に想像がつく。
だから、そのギャンブルに使うだろう金も含めて、全額いただくつもりだ。
「――まあ、それは当日のお楽しみということで」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます