第8話 ギャンブル好きな男

 直接訪ねても、話すら聞かせてもらえない。

 となれば、自分の得意分野で勝負。エセ占い師の出番。

 露店を出すが、ここはいつもの駅から続く商店街ではない。町工場近くの、さびれた飲み屋街だ。


 非効率に見えるやり方だが、占い師を装うメリットは大きい。

 能力を発揮しようにも、長時間目を合わせ続けるというのは日常生活では難しい。

 その上で狙った記憶を引き出すように話し掛けるとなると、よほど条件の揃ったシチュエーションでもなければ不可能だ。

 だが、占いという名目なら、相手に指示を出すことも、目を見続けることも思いのまま。欠点は受動的なところ。

 だがこの場所なら、客として座るのは高確率で町工場絡みの人物。待ち受けるには打って付けだ。


「あの…………」


 だが連日店を出しても、なかなか客はつかない。

 当然だろう。人通りの多い駅の商店街でさえ、日に二人か三人。それがこの人影まばらな薄暗い路地だ。覚悟はしていたが、心が折れそうになる。


「あの、すみません…………」


 呼びかける声にハッとすると、いつの間にか目の前には中年の男。

 弱気に考え事をしていたせいで、気が付かなかった。


「すみません。考え事をしていたものですから……」

「実はここのところ景気が悪くて、経営している工場が芳しくないんです」


 ジーパンに半袖のダンガリーシャツ。しかも『経営している工場』と言った。

 待ちに待った狙い通りの人物登場に、期待が高まる。


「なるほど、わかりました。ではまず、あなたの過去から探ってみるとしましょう。さあ、私の目を見つめてください」


 過去を探ると明かしているのに、素直に応じて目を合わせる人々。

 おかしくて、笑いがこみ上げそうになる。

 まあ普通に考えて、目を合わせたら本当に過去を暴かれるとは誰も思わないか。

 サングラスを外して、男と目を合わせる。


 じっと男の目を見つめながら、研ぎ澄ます神経。

 得られる情報は、映し出される記憶ばかりではない。

 例えばタバコの匂い。この男は吸わないようだが、嫌というほどその匂いが漂ってくる。

 ギャンブル好きは記憶から明らか。そして、この時間。しかも、酒の匂いがしないとなれば想像もつく。

 今回は、この辺りから切り込んでみるか。


「さて、経営が芳しくないとのことですが、とりあえずギャンブルはやめておいた方がいいでしょう。さっきまでやっていた、パチンコとかね」

「え? あ、ああ……。むしゃくしゃしてしまうと、つい……」


 まずは軽く言い当てて、信用を積み上げていく。


「時々は勝っているようですが、トータルしたら大きく負けています。ストレス発散も大事かもしれませんが、他の趣味に回した方が良さそうですね」

「確かに……、その通りですね」


 同意はしたが、この男がギャンブルを止めるわけがない。

 だが、そんなことはどうでも良い。これも、信用を高めるための種まきだ。

 そして、そろそろこちらの思惑に誘導を始める。

 まずは普通の話術で揺さぶり。工場の経営者ともなれば、恨みを買いそうな出来事の一つや二つ、遭遇しない方がおかしいので、その辺りから……。


「工場の経営不振に関してなんですが……。あなたは誰かに、恨みを買うようなことをしましたね?」

「…………」


 ――えっ?


 思わず疑う、男の記憶。

 ただの揺さぶりの言葉に、予定外の大物が釣れた。

 男の記憶の中にいる、見覚えのある人物。唯子の父親に間違いない。

 降って湧いたチャンスの到来。水野江にもつながる可能性は大だ。

 一つ大きく息を吐き、気持ちを切り替える。


「ど、どうも、その恨みが影響しているようです」


 こっちが慌ててどうする。

 いつも通り、冷静に、慎重に……そして大胆に。

 一気に脅かして、揺さぶってやる。


「川上さんに恨まれてますよ、あなた」


 ――ガタッ!


 突然立ち上がる男。

 真っ青な顔色。

 小刻みに震える身体。

 何か言葉を発しようとしている、半開きの口。

 しかしそれも、息が漏れるばかりで声にならない様子。


「落ち着いて。まずは、お座りください」

「い、いや……。しかし……」


 男は座り直したものの、相変わらず顔色は優れず、目も虚ろだ。

 男の記憶の中に『川上唯子の父親』がいたから、鎌をかけて名前を出してみたのだが、これほどまでの動揺ぶりは尋常じゃない。付け入れそうな、がありそうだ。

 となれば、攻めの一手。さらに言葉を畳み掛ける。


「もう他界している人物の恨みが原因とか、信じられませんか?」


 ダメ押しの一言は、男に再び動揺をもたらす。

 真っ青な顔はさらに覇気をなくし、もはや死者の顔色。

 拝むように、必死に合わせる両手。

 そしてそのまま頭を下げて、テーブルにひれ伏す。


 折り畳みのテーブルは、小道具を並べるため貧弱なもの。

 壊れないかと不安になりつつ、倒れないように慌てて両手で押さえつけた。


「俺が悪かった。許してくれ……。許してくれ……」


 ひたすらに男は謝罪を繰り返す。

 占いにすがる者は、霊的なメッセージを真に受けやすい。もちろん、信頼を得た上での話だ。そのための序盤の種まきは、どうやら実を結んだらしい。

 それにしても、こんな言葉を信じるとは。

 唯子の父親が、死んだ後もこの男を恨むような人物なら、それを利用する俺はこの場で祟られてしまいそうだ。


「まあ、まずは落ち着きましょう」

「はい……。すみません」

「正直言いまして、川上さんの恨みが経営にどう影響しているかは、この場ではわかりかねます。日を改めて、その工場にでもお邪魔した方がいいかと思うのですが、どうでしょう?」

「はい、お願いします。連絡はこちらに……」


 そう言って、男は震える手で名刺を差し出す。

 この場で終わらせてしまうには、もったいないネタだ。

 単純に儲け話を思いついたのもあるが、この男には聞きたいことが山ほどある。

 唯子の父親との関係、水野江との関係、そしてあわよくば唯子の父親と水野江との関係も何か知っているかもしれない。


「小沢さん……ですか。それでは近いうちにご連絡を差し上げますので、数日お待ちください。もちろん、ギャンブルに手を出しちゃダメですよ」


 気遣いの言葉を掛け、小沢を見送る。

 背中を丸め、足取りも重く帰っていく小沢。しばらくの間は、気が晴れることもないだろう。

 さて、また面白くなってきた。

 今日はこれで店じまいにして、ゆっくりと自宅で寝るとするか。




(――唯子の親父さん、ネタにしたからって出てこないでくれよな……)

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