第33話

 もし仮に僕だけが忘れていたとしたら、昔の僕は相当に猜疑心のない子どもだったのだろう。というか、あんな玩具を見せびらかされただけで、漏らしたのか?


「……え? 本当のことなの?」


「うーん、どうだったかなあ。たぶん、漏らしたと思うよぅ。こんなにわたしが覚えているってことは。確かあのときのおしっこは透明だったかな?」


「おしっこのことはもう良いよ! というか、それ……明らかに嘘でしょ」


「えへへ。相変わらず反応が面白いね、雄二は。もちろん、嘘だよぅ。なのにあんなに慌てちゃってさ。あはは」


 完全になつの手のひらで遊ばれてしまっている。まったく、侮れない。


「あっ、もう真っ暗だね。呼び止めちゃってごめんね、雄二。とりあえず今日はこの辺でばいばーい。また明日~」


「うん、ばいばい。また明日」


 既に辺りは真っ暗で、街灯も等間隔に点灯し始めた。こちらのことを配慮してくれたのか、話に飽きたのかは分からないけど、さよならと手を振り合った。


 なつが自分の家に入っていくのを確認してため息を吐く。自分勝手というか、何というか。彼女の言動には慣れているからいいのだけど、これが賢一や五反田さんだったらと思うと、彼女の友だち付き合いなどが不安でならない。


 幸いなことに、その矢印が向いているのは、いまのところ僕だけだ。これがもし、僕以外の誰かにベクトルが向いて、喧嘩にでも発展したら大変なことになる。


「でもそれは、杞憂なんだろうね」


 夜空にぼそりと呟く。いつでも僕がなつの傍に居るとは限らない。僕じゃない誰かが隣で寄り添ってくれる未来が訪れるだろう。だから、その人に任せればいい。

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