一日目・杏花と蓮花の魔女



「それじゃ、休憩もらいますね」

「いってらっしゃいー」




 お昼どきを迎え、制服に着替えたクロエは占術部の面々に声をかけてから廊下に出る。

 今日のランチはソウジロウと、それにダーシャとアンジェリナのペアと一緒に食べる約束をしていたのだ。

 窓から時計塔の示す時刻を確認して、足早に集合場所に向かう。皆も部活の展示やらなにやらで忙しいので多少遅くなっても構わないとは言われているが、遅刻はしないに越したことはない。


「ごめん、もしかしてちょっとおくれちゃった?」

 集合場所には、すでに三人とも揃っていた。

「クロエようやく来た、お疲れ様だわ」

「遅いわよ、クロエ」

「いや、ちょうどだな。俺たちがちょっと早かったんだ」

 ふくれながら文句を言うアンジェリナに対し、ぱちん、とソウジロウが懐中時計の蓋を閉めながらフォローしてくれる。よいパートナーを持ったものだと本当に思う。

「お疲れ、クロエ」



 四人は賑やかに、何を食べるか相談しながら移動する。

 春キャベツを使ったキッシュ、タンドリーフィッシュ、チキンを巻いたトルティーヤ、卵とベーコンのガレットに、いちごのクレープ……。


「どこがいいかしら、ダーシャは甘いものが食べたいわ」

「……さすがに最初からそれは」

「そうだね……たしかあっちにスープの店があったから、そっちに行ってみない?」

「そうね、クロエがそういうならそうしましょ」

 あっさりとアンジェリナがクロエの意見に賛成してくれたので、まずはスープという流れとなった。


 ミネストローネやカレースープの入ったカップを手に、さまざまな物を買っては少しずつ皆で分けて食べる。

 アルストロメリア学園は世界中から学生が集っているだけあって、販売されている食べ物も実に幅広かった。



「クロエ、そろそろ準備しはじめた方がいいんじゃかいか?」

 ソウジロウが懐中時計を確認しながら、そう教えてくれる。

 午後からは、魔女科二学年の出し物であるタッグバトルが闘技場で始まる。

 クロエとダーシャはそろそろ魔呪盛装マギックドレスに着替えねばならないだろう。


「楽しい時間はあっという間ね。まぁ、戦士の休暇ってそんなものだとダーシャは思うわ」

「そうね……じゃあ行くとしますか!」

「うん!」

 魔女科二人で気合を入れると、仕立て科の二人も力強くうなづいてくれる。


「……すごく言いにくいんだが、俺は午後は十五時ぐらいまでは部活の方に行かなきゃいけないから……アンジェリナ、二人のことを頼んだ」

「あなたに言われなくても。ダーシャも、クロエも、ちゃんと見守ってるわよ」

「悪いな、なるべく早く抜けてくるから。二人が順当に勝ち上がっていれば、俺も戦いを見られるはずなんだが……。クロエ、ダーシャ、そういうわけだ。きっちり勝ち上がってくれよ」

 不安げなソウジロウに、二人はそれぞれのやり方でガッツポーズをしてみせた。

「もちろんよ!」

「ダーシャとクロエは勝つわよ!」





 ソウジロウを見送って、三人は早足で更衣室に向かった。

 例によって闘技場のすぐそばにある更衣室は満員御礼、通勤通学時間の路面電車並にぎゅうぎゅう詰めのひどい状態なので、ちょっと離れたところのを使うことにする。



「よかった、こっちは結構空いてるね」


 比較的人気のない更衣室を見回して、クロエがほっとため息をつく。

 アンジェリナはさっそくハンガーにドレスを掛け、装飾品を取り出し、持参のジュエリーボックスを置いて、メイク道具を用意している。

魔呪盛装マギックドレスもアクセサリーも用意してるから、早めに着替えるのよ。メイクだってあるからね」

 その手際の良さに、クロエは驚きつつも制服を脱ぎ始めた。のだが、なぜかダーシャに見つめられている。さすがにそんなに見られたら、年頃の少女としてはちょっとこれ以上脱ぐのがためらわれる、というぐらいに。


「……クロエ、脱いでも大きいわ」


 声音にこれでもかと羨ましさをにじませながら、言われてしまった。

「その、うちは背が高いのは父の遺伝で、あちこち大きいのは母の遺伝なの」

「ダーシャも、あちこち大きなお母様が欲しかったかもだわ……」

 そんな彼女は小柄で華奢、そして胸や腰はやや控えめにぷっくりとして、いかにも、東洋人らしい体つきをしていた。

 正直言えば、クロエは自分のあちこち大きな体型よりも、ダーシャの体型の方がいかにも若い少女らしくていいな、と思うのだが。


「はいはいはいはいはいはい! さっさと着替えるのよ!」


 振り返れば、アンジェリナが腰に手をあてたポーズで、とても怖い顔をしている。

「ぴゃっ!」

 それをみて、ダーシャは変な悲鳴を上げてから猛然と着替えはじめる。

 クロエも、着替えを再開することにした。



 ダーシャのドレスは、白と優しい薄ピンク。肩のあたりは真っ白で、だんだんグラデーションが強くなっていき、裾のあたりは夢見るようなピンク色に染まっている。

「“青天の蓮花”というのよ」

 アンジェリナがダーシャの髪を結いながらそう教えてくれる。

 裾や袖が、ふんわりと花のようにひらひら広がっていて、本当に可愛らしく素敵なドレスだし、なによりも優しく淡い色合いがダーシャのなめらかな褐色肌を引き立てている。


 クロエのドレスは、前に決めていたの通りで“杏の花姫”だ。

 その名の通り、あんず色の可愛らしい印象のドレス。

 ロマンチックスタイル特有の、肩を見せるかたちはどちらかというと大柄なクロエにはどうかと思ったのだが……実際に着てみると、首から肩、そしてデコルテと胸のラインに自分でもどきりとさせられる。

「あら、クロエ。そのドレスにチョーカーや首飾りはないの?」

「――うん、ソウジロウが、このドレスにはないほうがいいって」

「そう」


 あいつもなかなかわかってるじゃない、とアンジェリナが小さく呟くのが聞こえて、クロエはなんだかちょっと嬉しくなった。



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