王冠のお菓子
一月七日。
今日も、アトランティス本島は小雪がちらつく灰色空だった。
だが、そんな天候にも負けず、クロエたちは元気に賑やかに過ごしている。
ティーサロン『虹の架け橋』の個室。そこには十人の学生たちが集っていた。
クロエとソウジロウ、それにフェリシィとアウレリア、レベッカとリオルド。
今日はそのいつものメンバーに加えて、あと四人。
序列第一位であるシィグと、そのパートナーのフィオリーニア。
序列第二位であるアンジェリナと、そのパートナーのダーシャ。
「なぁなぁ、第三位のあいつらは来てないのか?」
「そりゃ、私達がいるんじゃ来ませんよ、シィグ」
「まぁ……そうよね、あのペアは気が合わないって公言しているくせに、お高くとまっていところだけは同じなんだものね」
「ダーシャもそう思うわ」
シィグが来ることはある程度予想出来ていた。彼はこういう賑やかなことが大好きだし、リオルドやソウジロウとも関係は良好だから。
そのパートナーのフィオリーニアは落ち着いた雰囲気の少女だ。ストッパーとでも呼ぶべきか、普段は突っ走りがちなシィグの手綱をうまく取っている役割。今日は皆の歯止めが効かなくなることもあるだろうから、うまく皆をなだめて落ち着かせてほしいものである。
アンジェリナは仕立て科に所属している女子学生。リオルドとは同じイギリス出身ということもあり、比較的よく話すのだとか。クロエはあまり接したことがないが、結構勝ち気というか気の強い性格らしい。高い位置でポニーテールにまとめたまっすぐな金の髪がさらさらと流れていて、綺麗だった。
ダーシャはそのパートナーの魔女科学生だ。インドのお金持ちだったか貴族のお嬢様だと聞いたことがある。彫りの深い顔立ちに、褐色のなめらかな肌。額にはなにかきらきらするものがくっついていて、彼女の神秘的な雰囲気を深めている。明るく陽気な性格のようで、黒い大きな瞳はにこにこと細められている。
「……おい、リオルド。シィグ達が来るなんて聞いてないぞ」
「第三位のペアが来るよりは楽しめるだろうが」
ソウジロウは苦虫を噛み潰したような顔をしてから「まぁ、シィグたちなら」と呟いていた。
クロエとしても、彼らが来たことには驚いている。
だが、確かに十人ぐらいいたほうが、王冠のお菓子――ガレット・デ・ロワを楽しむことができるだろう。なにせ人数は多ければ多いほうが、楽しいお菓子なのだ。
やがて、個室のドアが開き――それはうやうやしく運ばれてきた。
見た目は、ホールごとの平べったいパイ菓子。表面の模様は綺麗だが、クリームや果物も飾られておらず、それほど派手ではない。
ケーキの上には、紙製の王冠が載っている。これはただの飾りではなく、あとでちゃんと役目がある。
「お待たせいたしました。ご予約のガレット・デ・ロワでございます。こちらですでに十名様ぶんに切り分けておきました。お配りいたしますね」
「はい、お願いします」
頷きながら、クロエは応えた。
配る段階から、このお菓子における楽しみは始まっている。なるべく不平等にならないこと、それがガレット・デ・ロワを食べる時のお約束だ。
店員は紙の王冠をテーブルの中央に置いてから、順番にガレット・デ・ロワを配り始める。最初は窓際の席にいるシィグとフィオリーニア。次がアンジェリナとダーシャだ。
「それでは、当店のガレット・デ・ロワをお楽しみください」
そう言って店員は洗練された動きで退室する。
あとに残されたのは、十名の学生。
「じゃ、行きますよ。誰が王様になっても恨みっこなしでいきますからね」
レベッカのその言葉に、皆が頷いてフォークを手にする。が、ソウジロウとダーシャだけは首を傾げていた。
「なぁ、王様って……どういうことだ?」
「ダーシャもわかんないわ。
「ガレット・デ・ロワはねー、中に一つだけフェーヴっていう陶器のお人形が入ってるの。で、そのお人形が自分のケーキに入ってたら一日王様! ……っていうゲームだよぅ!」
フェリシィがざっくりとだが、わかりやすく二人に教えている。
「だから、あまり大きな一口で食べちゃわないようにね、フェーヴを食べちゃったら大変だもの。王様になれたら、皆に命令できるけどー……もちろん皆が笑って楽しめるような類のものだけだよー」
「……なるほど、そういう祝い菓子か」
「ダーシャもわかった。そういう王様ならなりたい!」
そして十人は、あたらめてフォークを構える。
「それでは」
「えぇ、王様を決めるといたしましょう」
その言葉のあとは、少しの間無言で、菓子をフォークで崩しては口に運ぶ。
中のアーモンドクリームとさくさくとしたパイ生地の調和が、美味しい。
やがて、クロエのフォークが硬いものに突き当たった。まさかこれは。
「あたった……かもしれない」
クロエはそう呟いてフォークをさらに動かす。
皆に注目されながら、ケーキの中から小さなフェーヴ――うさぎの形をした陶器人形が掘り出された。
「出てきた!」
「クロエが今日の王様だね!」
おめでとう王様。なんて言われながら、うやうやしく紙の王冠をかぶせられる『戴冠式』が始まった。
「皆、ありがとう」
「それでは王様。なんなりとご命令をどうぞ」
アンジェリナがわざわざ立ち上がって、丁寧なお辞儀をしながらそう宣言する。
……彼女の金色の綺麗な髪が揺れるのを見て、クロエは思わずこんな命令を出してしまった。
「じゃあね、アンジェリナの髪を触らせて」
「ふぇっ?!」
彼女は顔を赤くして、自分の頭を押さえて首を振る。
「王様の命令だぞ、アンジェリナ」
「そーだぞー」
「命令なら仕方がないからな」
男子トリオに囃し立てられ、アンジェリナはますます真っ赤になってしまった。
「アンジェリナ。こっちにおいで」
クロエは個室にあるソファーに腰掛けて、彼女を呼ぶ。
なるべく安心させるために、笑顔である。
「……はい、王様」
耳まで赤くなりながら、アンジェリナはぎこちなくソファに腰掛けた。
クロエはそんな彼女の金の髪の毛先をすくって撫でた。
「わ、すごくつやがあるとおもってたけど、手触りもすべすべ」
「あ……あの……」
「それにいい香りね。シャンプーは自分で調合しているの?」
「売られているものだと私には合わないことが多くて……自分で作ってるわ……です。あと、リンスもハーブビネガーを使って……」
恥ずかしさからか、真っ赤になりながらもアンジェリナは髪の手入れについてゆっくりと話してくれる。
その姿が、すごく可愛らしくてたまらない。
その日、クロエは砂の国の王様のようなハーレムを味わった。
フェリシィに膝枕してもらいながら、アンジェリナやダーシャの髪に触れ、レベッカやアウレリアに果物を食べさせてくれる。そして、フィオリーニアがその美しい手で頭をなでなでしてくれる。
男子トリオが微妙な視線を向けつつも、賑やかしてくれた。
「王様って、ゲームでなる分には楽しいのね」
「まぁ、そりゃあゲームだしな」
すっかり日が落ちて、今日の王様ごっこも解散。
クロエはお土産ということで紙の王冠をくるくる指で回しながら、家路につく。
遅い時間ということで、ソウジロウが家まで送ってくれることになった。
「まぁ、楽しかったのなら何よりだ」
「そうだね、普段あまりお話できないアンジェリナ達やフィオリーニアとも仲良くなれた気がするし」
「クロエはまぁ、そうだな」
さく、さく、さく、さく。
雪と氷の道を踏みしめながら、彼らは家路を急ぐ。
春はまだ、もう少し先。
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