第136話

 食堂から蛇王たちを迎えるため私達は謁見の間に移動し、暫く待っていると大勢の生き物気配とともに扉が叩かれ、良く通る大声量で「蛇王ナーガキングアートルム様の御成り」と到着が告げられ、厳かに扉が開かれた。

 扉が開かれると同時に神輿の上から蛇王が飛び降りると重量に見合ったズッシンと重みのある落下音が謁見の間に響く。よく磨かれた大理石の床を滑ることなく蛇王は一直線に女王の元へとは這い寄り、新雪を掬うように柔らかく女王を抱きしめた。


「久しいな、アルバニクス。息災であったか?」


 女王の首元に顔を埋めながら甘い声でアートルムが尋ねれば


「そう心配せずとも近状はいつも報告しているであろう」


 屈強な男を前に女王は蛇王の黒髪を幼子をあやすように撫でる。


「聞いているのと実際見るのでは安心感が違う」


「そうではあるな」


 すねたような口調で話す王に女王も苦笑を浮かべた。仲睦まじい夫妻のやり取りに


「お父様もお母様もお変わりないようね」


 と微笑むラミナ。そんなラミナに「全く、見てる方が暑苦しいくらいよ」とラミエさんは苦笑いで返した。

 ラミナとラミエさんの話し声が聞こえたのか王の視線が二人に移る。


「我が愛娘たちも息災であるな」


「ご無沙汰しておりました、お父様」


 ラミナとラミエさんに優しげに声をかける王にラミエさんは「お父様もお元気そうで」と笑顔で返し、ラミナは再会の喜びと若干の申し訳無さを含んだ声で挨拶を返すと王は真剣な眼差しで彼女に問いを投げかけた。


「ラミナ、今そなたは幸せか?」


「これ以上ないくらい幸せです」


 蛇王の問いにラミナは満開に咲いた花のような笑顔で返すと満足げに王は目を細めた。


「話は聞いている。そなたがラミナの婿だな」


 私に向けられる王の視線は値踏みするかのような訝しげなもの。すっと女王から離れ私の前に立った王は私よりも頭一つ分高く、逞しい身体も相まって壁のような圧がある。

 壁のような体躯から伸びた褐色の腕が無造作に私のバイザーを上げ、金色の瞳が王の前に晒された。


不死人アンデッドと聞いていたが、肉体はないのか」


 憐憫の籠もった王の銀色の瞳を私が怯えず奢らず真っ直ぐに見つめ返すと王はふっと口元に笑みを浮かべる。


「容姿が分からぬのは残念だが、その瞳の輝きは悪くない。武闘大会での活躍楽しみにしている」


 そう、笑いながら言い残すと王は私を背にソアレとキキの方に向かうと巨躯をかがめ二人を優しく抱くとおもむろに立ち上がった。


「高ーい」


「高いんよ」


 怖がりつつも楽しげな声を上げる子供たちに王は口元に笑みを浮かべながら暖かな眼差しを向ける。そんな王にソアレがおずおずと王に訪ねた。


「あの、蛇王アートルム様、お祖父様とお呼びしても良いですか?」


 やはり失礼だったかもとビクつくソアレに王は喜色満面の笑顔でソアレの頭を撫でた。


「勿論だとも。アルバニクスが祖母ならば我は祖父だ。遠慮なく呼ぶと良い。こんなに聡明な男児と愛らしい女児が我が孫とは我も鼻が高いと言うもの」


 不意に褒められはにかんだ笑みを浮かべるソアレとキキを名残惜しそうに王は床に下ろすと好戦的な輝きを放つ瞳でノティヴァンの方を見れば、応じるようにノティヴァンも不敵な笑みを浮かべている。


「そなたが今代の勇者か」


「お初にお目にかかります、蛇王アートルム様。私、今代勇者を務めさせて頂いているノティヴァンと申します。武闘大会でお手合わせできること楽しみにしております」


 恭しく一礼するノティヴァンに「我も楽しみにしている」と凄みのある笑みを返し、女王の元へと戻っていった。




「挨拶も済んだことだ。武闘大会まで久方ぶりに語り合おうぞアルバニクス」


 熱い視線を王が女王に向けると女王はほんのりと頬を染め頷いた。


「では、武闘大会楽しみにしているぞ」


 そう、言い残すと王は軽々と女王を抱き上げ謁見の間を後にした。




 武闘大会、それは嫁取り祭りのメインイベントであり嫁を娶るための資格を得るための大会。

 蛇人族の平均寿命は800歳と長命でありながら成人と認められるのは人族と同じ15歳と早い。そのため、10年おきに開催される大会に出場できる最小年齢は20歳からとなっていた。

 進行は年齢ごとの予選を勝ち抜いたものだけが本選へと進み、王との対戦の権利を得る。王を制したものが次の王となる仕組みだが今年はまだ世代交代は行われることはないだろう。そう思わせるほど現王アートルムは力に満ち溢れていた。

 予選は年齢ごとに別れた勝ち残り戦。20歳から140歳までの少年の部、150歳から240歳の青年の部、250歳から440歳までの壮年の部、450歳から640歳までの中年の部と4部門に分かれている。

 まだ生まれてそれほど経っていない私と人族であるノティヴァンは年齢に照らし合わせると少年の部となる。曲がりなりにも成人してる身としては少年の部というのは不本意だが、長命の蛇人にとっては150歳まではまだまだ子供という認識なのだろう。規定に則り私とノティヴァンは少年の部で出場することとなった。




 大会の開始をアートルム王とアルバニクス女王が声高らかに宣言し武闘大会が開始される。太陽は頂点の少し前の位置にある。今から日没までの間、参加者たちは各自、首に下げた木札を奪い合い、日没までに多く木札を保持していた上位2名が本選へと駒を進めることが出来た。

 闘技場内には首に木札を下げ、上半裸で腰に緑の前掛けを掛けた弾ける若さに溢れた少年蛇人達がひしめき合う中、何故かノティヴァンもそれに倣って上半裸にズボンの上から前掛けを掛けている。鍛え上げられた蛇人の芸術的とも言える肉体にノティヴァンの戦闘で鍛え上げられた肉体はまさるとも劣らないものだった。

 小声ながらも「あの人族、人族にしてはやるな」「勇者なんだって、あれくらいないと勇者なんて呼べないな」など驚きと賞賛の声が入り混じっている。

 私はというと……。この鎧が私の身体。勿論脱ぐことは出来ず晒す肉体もない。褐色の筋肉に囲まれているとどうしても私の姿は奇異なものとして写った。


「なんであいつ鎧を脱がないんだ?」「中身が貧相だから隠してるんでは?」「筋肉を晒さないとはやる気があるのか?」など私に対するものはどこかおとしめるようなものだった。そう言われても仕方ないと分かっていても、肉体を持たないことが少しだけ悲しく恨めしい。

 無意識に肩を落としていたようでポンと優しく肩を叩かれる。振り返ればいたずらっぽく笑うノティヴァンの顔があった。


「気にするな。君はそこらの肉だるまより強い。君の強さを見せつけてやれ」


 肉だるまって……。その言い方はあんまりでは?とは思いつつも言葉の選択の妙に少しだけ笑いが浮かぶ。私の気持ちがほぐれたのに気を良くしてかノティヴァンは勝負を持ちかけてきた。


「なぁ、アステル。どっちが多く木札を取れるか競争しないか?」


『良いですよ』


 二つ返事でノティヴァンの勝負を受け入れると同時に予選開始の鐘が闘技場に荘厳に鳴り響いた。



 鐘の音と同時に私とノティヴァンの周りをぐるりと少年蛇人が囲む。人族と鎧を脱がない異形。彼らの行動は侮りながらも警戒しているもの。合図を送ったわけでもないのに蛇人たちは一斉に私とノティヴァンに襲いかかるも、息のあった私達の回し蹴りの一蹴で花弁のように咲き舞い散る。闘技場の床に倒れた者は皆、うめき声を上げ起き上がることすら出来ずにいた。

 私達と彼らの実力の違いが現され一瞬で場が凍りつく。


「次は誰かな?」


『相手になりますよ』


 構え、軽く煽ると四方八方から頭に血が上った少年蛇人が襲いかかってきた。

 いつも1対1の稽古なのでこういう多人数戦は新鮮で面白いと感じている自分がいる。それはノティヴァンも同じようだったようで真剣な面差しの口元はゆるく孤を

 描いていた。

 迫る拳を腕で払い、伸びた腕を掴みそのまま地面に叩きつけ、次に来た上段蹴りを肘で受け軸足を払い、仰向けに転んだ鳩尾に踵を落とす。背後からの一撃をかわし裏拳を相手の顔面に叩き込み、足を払おうと迫った足の膝を踏みつけ開いている脇腹に蹴りをみまった。一瞬で4人が地面に伏しうめき声を上げる。

 四方から鞭のようにしなる硬い鱗に覆われた尻尾が迫る。2尾をはたき落とし、残り2尾を掴むと尾をはたき落とされ呆然としていた本体に投げつけた。これでまた四人が昏倒する。

 隣を見れば同じように床に伏す蛇人の中央にはまだ余力を残し涼しい顔をしているノティヴァンの姿があった。



 予選は日暮れまでであったが、それを待たずして闘技場に立っているのは私とノティヴァンだけになっていた。

 あまりのことに静まる会場。一等観客席を見れば驚きに目を見開く王の姿が見えた。


「これほどまでとは……」


 感嘆の息を零す王のその隣で女王は満面の笑みを浮かべている。


「当たり前じゃないの。ラミナちゃんが見初めたヒトよ。弱いわけないじゃないの」


 王と二人きりだからか口調の砕けた女王が誇らしげに語るのが聞こえ、気恥ずかしさに思わず後頭部を掻いていた。


 倒れているものから木札を奪うのは容易いというよりも結果は一目瞭然。同率一位で私とノティヴァンは無事予選を突破したのだった。

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