第120話
夜明けまでおよそ5時間。時間があるとは言えないが、一先ずラミナの無事を伝えにノティヴァンのいる部屋へと戻った。
扉を開けると心配げな面持ちのノティヴァンが私の方に振り返り尋ねる。
「ラミナさんは……」
私が答えずともノティヴァンは私の様子で察し、安堵の笑みを浮かべた。
「その様子だと無事みたいだな」
『今はまだ……』
私の言葉でノティヴァンの顔が曇る。
「何があったか話してくれるな」
自身の対面のソファーに座るよう私を促すとノテイヴァンは背面のソファーに腰かけた。
「それで、メテオールさん。貴方の遺体があるという断罪の谷はここからどれくらいかかるんですか?」
ノティヴァンの問いにメテオールが言い淀んでいるのが分かる。
「メテオールさん」
再度、少し強めの口調でノティヴァンが名を呼ぶとメテオールは話し始めた。
『通常の方法、一番近い都市まで転移陣で移動しそこから徒歩での場合、半日はかかります……』
其れでは間に合わない。間に合わなければラミナが処刑されてしまう!焦りのあまり立ち上がり駆けだそうとした私の手首をノティヴァンが強く掴み引き留める。
「通常と言うことは他にも方法はあるんでしょ?」
『あります。ありますが……あれは彼女が作ったものなので僕には使えません』
申し訳なさげに顔を伏せ、心配げに黄色い瞳を揺らす私にノティヴァンは大丈夫と目で語りかけた。
「彼女って言うのはラミナさんのことだろ?それなら大丈夫。そうだろソアレ君」
そう言うとノテイィヴァンはベットで眠っているソアレに向かって声をかける。それに応えて起き上がったソアレに全く寝ぼけた様子はない。
「はい、大丈夫です」
私に向かって微笑むソアレの瞳は心配しないできっと大丈夫だからと言っているようだった。
私一人ならダメだったかもしれない。けれど、私は一人じゃない。ノティヴァンがいてソアレがいて、キキとフィーネもいる。大丈夫。きっと間に合う。私が信じなくてどうする。
『ありがとう、ノティヴァン、ソアレ。必ず間に合わせてみせる』
掴まれていたノティヴァンの手がほどけた。
「よし、行ってこい。こっちでの時間稼ぎは任せてくれ」
ノティヴァンの言葉に起き上がったフィーネが続く。
「時間稼ぎ、私にも手伝わせてくれ」
フィーネが言い終わるのと同時にパッチリと目を開いたキキがポーンとベットからひとっ飛びで私の隣に着地するとガシっと私の腕を掴んだ。
「うちも一緒に行って手伝う」
こうなっては置いてはいけない。キキは光竜。瘴気のある所でも逆に中和し影響を受けない。
『分かった。キキも行こう。勿論、ソアレもだ』
キキに掴まれていない方の腕をソアレに向けると「うん」と元気のいい返事と共に暖かく小さな手がしっかりと私の冷たい金属の指を握りしめた。
ノティヴァンとフィーネを王宮に残し、私達は城下町はずれの廃屋に隠れるよう建てられた小さな祠の前にいた。岩で組まれた祠の大きさは大人一人がやっと入れるほどの広さしかない。そんな祠の床にソアレの視線が注がれる。そこには見覚えのある転移陣が描かれていた。
ソアレは埃まみれになった床に駆け寄り埃を手で払う。すると年月を感じさせない、鮮やかな筆跡の転移陣が姿を現した。
「うん、やっぱり母さんの転移陣だ。これなら行けるよ」
私の方に振り返るソアレの笑顔には自信が込められている。
転移陣の上に私とキキが到着するとソアレはラミナが転移陣を起動させるのと同じ呪文を唱え始めた。
仄かに陣が輝きを増していく。ソアレが呪文が唱え終わると陣は一層輝きを増し、視界を白一色に塗り替えた。暫くすると白一面の視界に徐々に色彩が戻ってくる。主な色は灰色と黒。どうやらここも岩で組まれた祠のようだ。
正面の光の指している方向へ向かい祠を出ると辺りは火の国とは思えないような青々と葉を茂らせた木々の生い茂る森の中だった。
『ここも火の国なのか?』
思わず漏れた疑問に【そうだよ】とメテオールが返す。
【僕の身体があるのはこっちだよ】
そう言うと私の足は自然と森の先へと進んでいた。
森を抜けた先に広がっていたのは長く深い渓谷。こちらと向こう岸を繋ぐのはしっかりとした岩で造られた獣車も優に渡れるような橋。組まれた岩の一つ一つに小さな文字が刻まれている事からも、かなり魔術の技術があるものが造ったのが伺えた。
深い谷間から吹き上げる風は亡者の呻き声のような恐ろしい音を響かせる。
そんな恐ろしげな所でも子供は興味を示すもので……
橋のたもとから興味本位に切り立った険しい崖の縁から谷底を覗き込んだキキが身震いする。
「こんなん、落ちたら死んでしまうわ」
自然と漏れたキキの言葉にメテオールが反応した。
【元々は
故にこの渓谷断罪の谷と呼ばれるのか。メテオールの話しに耳を傾けていると「怖ー」と呟きながらキキは自分の肩を抱きつつ私の元に駆け戻ってきていた。
『危ないだろう』
軽く叱ると「ごめんなさい」とキキはシュンと身をすくめた。いくらキキが光竜であっても危ないものは危ない。危険と分かっていて叱らない親のはいないだろう。
反省したキキの頭を撫でながらメテオールに貴方の身体はどのあたりにと在るのかと胸中で尋ねると【ここからもう少し北の方角】という答えが返ってきた。
『メテオールの身体はもう少し北の方にあるみたいだ』
ソアレとキキを抱いて駆けだそうとすると「ちょっと待って」とキキが静止をかける。
『どうした?キキ』
キキに尋ねると、ポンと私の腕から抜け出したキキは光竜の姿に戻ると背中を丸めうーんと力み始めた。
「何してるのお姉ちゃん?」
ソアレも不思議そうにキキを見つめていると、キキの背中に生えている小さな羽毛に包まれた一対の鳥のような翼が突如ぶわっと音をたてて数倍に巨大化した。同時にキキ自身も普段の大きさから倍ほどの大きさに巨大化する。この大きさなら私でも乗れる。
ここで、ふと思い出した。地の国で魔鎧王と戦った後、どうやって獣王の砦まで戻ったのか分からなかったが、キキがこの姿で私とノティヴァンを運んでいてくれていたのか。あの時言えなかった礼を言わねば。
『地の国の時はありがとう、キキ』
突然、私に礼を言われたのを恥ずかしがりながらも「どういたしましてなんよ」とキキは嬉しそうに大きな頭を私の胸にこすり付けた。キキの頭を撫でながら尋ねると返事は直ぐに返ってきた。
『キキ、頼めるかい?』
「勿論なんよ」
私が何を言わんとしているか理解しているキキは私とソアレを背に乗せると
「しっかり摑まってるんよ」
と言い終えると大きな翼をはためかせ地を蹴り渓谷の北に向かって飛びたった。
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