第115話

「どおりゃああああ」


 気合と共に打ち下ろされたノティヴァンの槍だったが、当たった骨竜の上腕の骨はカーンと小気味よい音を鳴らして弾く。お返しとばかりに一撫で人など簡単に引き裂いてしまうような鋭い爪がノティヴァンに振るわれるが、そこは勇者、きっちり避けてタンと地に足がつくと再度、飛び上がり骨竜に切りかかる。

 現状はどちらも様子見と互角の勝負を繰り広げているが、いつまでも打ち合いを見ているわけにはいかない。メテオールがいかないなら私がと足を踏み出すと、少しばかり声は震えているが決意の籠った声でメテオールが待ったをかけた。


【ぼ……僕が行きます。これは火の国の王家に生まれたものの責務ですから】


 そう言うと既にメテオールは双剣の片方を抜き両手で構えている。

 ならば先鋒は貴方に任せますと返すとメテオールから【やれるだけ頑張ります】という言葉には既に怯えの色はなくなっていた。


『勇者殿、私も戦います』


「頼んだよ、メテオールさん」


 駆け寄るメテオールにノティヴァンは槍を掲げながら笑いかける。その姿に炎骨竜は顎に手を当てため息なのだろうが小さくぼふっと黒炎を吐きながらどこか楽し気な声で二人に話しかけた。


『貴様は赤い方か。となると火のと勇者か。どれだけ我を楽しませてくれるものか、楽しみなものよ』


 笑いながら骨の身でありながら炎骨竜は黒い炎の吐息を二人に向かって吐き出すが、炎は全てノティヴァンの槍に吸い込まれ、その穂先を黒紫に輝かせる。炎骨竜が吐き出しているのは炎の形を持った瘴気闇の魔力の塊。魔力なら何でも吸収する吸魔の槍にとってはご馳走にしかならい。これには骨竜はむうと唸った。


『我の力を吸収するとは……。それよりも霊槍はどうした?』


「先代勇者と長期休暇中」


 骨竜の問いにあっけらかんと答えるノティヴァン。その答えに骨竜の方が『其れで良いのか?』と小声でぼやく。


「まあ、そういう訳だから、これで相手になって貰おうか」


『致し方なし』


 不承不承ながら骨竜は了承すると気を引き締めたのか炎のような瘴気が漂い、突き刺すような殺意が私達に向けられた。

 そんな殺意をものともせずに骨竜に向かって駆けていくノティヴァンの後を緊張からか少しばかり固い動きでメテーオルが追う。

 骨竜の懐に入らねば火の宝珠には届かない。そのためにも行く手を阻む巨大な両腕をどうにかするしかない。

右の腕をノティヴァンが、左の腕をメテオールが断とうとするが、どちらもコーンと小気味よい音をたてて弾かれてしまった。僅かばかりノティヴァンの切りつけた右の橈骨とうこつに亀裂が入ったがそれもすぐに修復されてしまう。


「うーん、火力不足か。もう一回さっきの炎吐いてくれない?」


 貯めた魔力が多いほど吸魔の槍は威力を増す。それが分かっているからこそ骨竜は先ほどから炎の吐息を吐いてこない。自身が不利になることなどやってやるものかと意地悪気な口調で骨竜は返した。


『吸収して強くなるのが分かってて、吐いてやるものか』


「だよな、残念」


 もとより期待はしていなかったのか言葉に対してノティヴァンの顔はそこまで残念そうではなかった。

 ノティヴァンの方はほおっておいても自分で何とかするだろうが、問題はメテオールの方。どうすれば良いのかと焦りが渦巻いている。

 武器に光の魔力を纏わせるくらいなら手助けには入らないはず?こっそりとメテオールの握る片手剣に光の魔力を纏わせると黒い刀身が淡雪のように輝く。

 此れなら斬れるでしょ?と聞けば少しばかり不満げな気配と【ありがとうございます】という言葉が返ってきた。


 光の魔力を纏ったことでメテオールの斬撃も僅かながらも骨竜の身を削るが断ち切るまでには至らない。

 一度でダメでも十数度同じところを切りつけたなら……。徐々に骨竜に刻まれた亀裂は深くなり遂に上腕骨を断ち切った。


「やるね!メテオールさん。俺も負けてられないや」


 メテオールの快挙に俄然やる気を出したノティヴァンの振るった槍は右から振り下ろされた骨竜の橈骨と尺骨を見事に砕く。

 両腕が失われた今、肋骨の内の収められた火の宝珠を手にする絶好の機会。

 右上腕骨を足場にノティヴァンは火の宝珠に向かって飛び、宝珠を掴もうと手を伸ばす。

 私もメテオールも宝珠はもう、手の内と思ったその時、失われたはずの骨竜の左腕がノティヴァンに向かって振り下ろされようとしていた。


勇者殿ノティヴァン!』


 私とメテオールは同時に叫ぶとしくじったと明らかに焦り、目を見開くノティヴァンと迫る骨竜の爪の間に咄嗟に我が身を割り込ませていた。

 ギンと金属を裂く音が響き、横一直線に胸部甲が深く抉られ吹き飛ばされる。それと同時に傷口が焼かれたような熱を持ち激痛が襲ってきた。痛みで一瞬、世界が暗転する。遠のいた意識は次の瞬間に訪れた床に叩きつけられた痛みで強制的に引き戻された。

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