第108話

 駆鳥テレチプリ乗り場につくと早朝にも関わらず、そこにはこれから人や荷を運ぶ運送業者や商人で溢れかえっている。そんな中、ある一角だけ不自然にぽっかりと空間が開けていた。空間の中心には輝くばかりの純白の駆鳥テレチプリが一羽。その傍らには小型ながらも作りの良い荷車と昨夜あった褐色の肌に藍色の瞳の青年の姿。


『お待たせしました。いつから待たれてたんですか?』


 既に待っていたであろう青年に尋ねると、青年は首を横に振り微笑んだ。


『僕も先ほど着いたところだよ。それほど持ってはいないから気にしないでくれ』


『それなら良かった』


 私が安堵の息を吐くと、隣にいたノティヴァンが不思議そうに私を見つめ尋ねてきた。


「なあ、アステル。いったい誰と話してるんだ?」


『え?ほらそこに火の国の民族衣装に褐色で藍色の瞳の青年がいるでしょ』


 純白の駆鳥テレチプリの方を指さし説明するとノティヴァンは訝しげな顔で駆鳥テレチプリを凝視した。


「うーん、どう見ても誰もいないぞ」


 そんなはずは……。ソアレの方を見てみると目を細めてノティヴァンと同じように純白の駆鳥テレチプリを凝視している。


『ソアレも見えないか?』


「うーん。何かいるのは分かるけど姿までは見えないよ」


 私の問いにソアレは困り顔で答えた。ノティヴァンにもソアレにも見えないこの青年は何者なのだろう?青年に何者か問おうとして、一つの可能性に思い至った。

 地の国で不死人アンデッドの声は私には聞こえてもノティヴァンには聞こえなかった。この青年も不死人アンデッドではないのだろうか。だから同族である私は青年のことが見えるのかもしれない。


『貴方も不死人なんですか?』


『正解~。やっと気づいてくれた。いつになったら気づいてくれるのかとお兄さん心配しちゃったよ』


 とにこにこ上機嫌に答える青年。青年の態度に一瞬思考が停止する。不死人ってこんなだっただろうか?これはお国柄なのだろうか?

 不死者とは生前に強い未練や怨念を抱いて死んだものが闇の魔力によって蘇ったものなはず……なのだが、目の前の青年を見ていると思わず不死者の定義について考えを巡らせてしまった。


『おーい、君。寝っちゃってるのかな?』


 青年の声で止まっていた私の思考が動き出す、と同時に目の前に突如現れた青年の顔に思わず後ろにのけ反り『うわぁ』と間の抜けた悲鳴を上げてしまった。


『失敬な。人の顔見てそんなに驚くことないだろう』


『目の前に急に顔があったら驚きますよ』


『そういうものか?』


『そういうものです』


 どことなく釈然としない顔をしながらも一応、青年は私の態度に納得してくれたようだった。


『所でさ、君の身体、貸してくれない?』


『は?』


 突然の青年の申し出に思わず驚きの声が漏れた。


『まあ、驚くのも無理ないよね。道案内するといった手前、君以外に声も姿も見えないんじゃ道案内しようがないからさ、相性の良さそうな君の身体を借りて道案内をしようと思うんだけど、どうだろうか?』


 青年の申し出の意味は分かる。

 青年は不死人アンデッドの中でも最下位にあたる幽霊ゴースト。幽霊は最上位になってやっと物理的干渉が出来るようになる。最下位ではただ、存在するだけでせいぜい恨み言を呟くぐらいしか出来ない。物理的に何かに干渉するために生物に憑依する必要があった。

 しかし、何故に私なのだろう?私も不死人なのだが……。


『私以外ではだめなのですか?』


『うーん、そこら辺の人だとね……』


 言って青年は近くを通る通行人数人の身体に触れて憑依しようとするが、全ての通行人で抵抗もなく通り抜けてしまう。


『この通りなのさ』


 と青年は肩をすくめながら苦笑いを浮べた。一瞬、青年の視線がノティヴァンとソアレに向く。


『この二人は──』


 ダメという前に青年の方から拒否された。


『そこの二人は対象外だよ。下手に触れたら僕が消滅しかねないからね』


 そう言うと青年は自身の身体を自分で抱くとフルフルと首を横に振った。

 片や光の女神に愛された勇者、もう片方は闇の男神の愛し子の次代の魔王。そんな上位の存在に不死人でも最下位にあたる幽霊ゴーストが干渉しようものなら逆に消滅されかねない。それが分かっていてるからこそ青年が怯えるのも理解できる。

 それは理解できても私と相性が良くて私なら憑依できるというのは分からなかった。


『……何故、私なら大丈夫なんですか?』


 私の問いに常ににこにこ笑みを浮かべていた青年の顔が真面目なものになる。


『君と僕の根底となる想いが同じだからかな』


『貴方と私が同じ?』


『大切な人を守りたいってね』


 同じ想い……。そう言った青年に初めて会った時から感じていた親しみはさらに深まる。

 私は名前も顔も分からない誰か守りたいと、その想いは少し形を変えて今在る家族を守りたいへと変わった。青年は誰を守りたかったのだろう?

 そう言えば、これだけ親し気に話していて青年の名を知らないことに今更ながら気づいた。


『そう言えば、名前聞いてませんでしたね。私はアステル。貴方は?』


 私が名のると青年は微笑みながら手を差し出す。


『僕はメテオールよろしく』


 差し出された手を握り返すと同時に私とメテーオルは同時に驚きの声を上げる。メテオールの手を握るとすっと彼の姿が私に吸い込まれるのを見届けるのと同時に私の意識は途切れた。

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