第97話

都市の中央にあるその屋敷は一言で言えば要塞だった。円柱状の4階建ての高さのある建造物は鈍色の金属のようなもので全体を覆われ、頂上には巨大な砲台が遠方の敵を睨みつけるように4基設置されている。

階層ごとに備え付けられた窓はどれも大きく透明で存分に日の光を室内に届けていた。正面の一部だけ色が違うところがある。おそらくあそこが入口だろう。


私達が入口の扉の前に立つとギギッと音を立てて開くと思われた扉のような部分はすっと音もなく左右に開き、そのまま壁に吸い込まれる。驚く私、ソアレ、キキの隣で何事もなくその光景を眺めるラミナの姿があった。

開いた扉の奥から見覚えのある青い鬣の獅子の獣人がひょっこり姿を現し、「父上達が待っているぞ」と言うと私達を奥へと誘った。


案内された先は要人を招くために作られた落ち着きはあるものの品の良い調度品が置かれたかなり広めの応接室。毛足の長い絨毯はふんわりと足裏を迎える。


『お待たせしました』


応接室には四角いテーブルとП型に設置された3脚のソファーには要人達が腰を下ろし茶の注がれたカップを片手に寛いでいる。既に寛いでいる要人達に詫びを述べ頭を下げると低く重みのある声が鷹揚に答えた。


「良い。我らも先ほど到着したばかりだ」


声の主、白獅子王は朗らかに私達に笑みを向ける。その隣には同じように笑みを浮かべたアイナの姿。ただ、その姿は白い神官服ではなく黒い豪奢なドレスに紺色の髪の頂には銀色のティアラが輝いている。

これからアイナはたった一人残った地の国の王女としての責務を果たすのか。黒いドレス姿のアイナからは地の国の民の象徴としての責任を果たす静かで固い覚悟が感じられた。


「俺達が一番早くついてたんだよな」


正面の白獅子王達の座るソファーの右手側のソファーに座るノティヴァンが隣に座るバートに同意求めるとそれにバートはふうと呆れたように息を吐き頷いた。

底抜けに明るいノティヴァンの姿に表情には出ないが私の顔には自然と安堵の笑みが浮かんでいた。


「まずは席に着くがいい。話はそれからだ」


白獅子王に座るように促され私達は正面左手のソファーに腰を下ろした。私達が席に着くと白獅子王は話の続きを話し始めた。


「此度の王都奪還及び魔鎧王討伐大儀であった。これでこの地の国にも平穏が訪れるであろう」


アイナ向かいに座る白獅子王はその巌のような顔を綻ばせアイナに視線を向け、笑みを浮かべるとアイナは私とノティヴァンに向かい一礼した。


「勇者様、アステル様、この度は我が国に対してのご助力、まことにありがとうございました。失ったものは戻りませんが、私はお兄様が愛されたこの国を必ず復興いたします。復興の暁にはお祝いに来てくださいませ」


決意の籠ったアイナの微笑みにノティヴァンは朗らかな笑みで返す。


「勿論、祝いの席には参加させてもらうよ」


「なぁ?」と向けられた視線にノティヴァンの隣に座るバートも私達家族も笑顔で頷き返した。


「渡すのが遅くなりましたがこちらを」


そう言って、アイナがテーブルの上に置いたのは両手に収まるほどの豪華な装飾のされた黒い箱。パチンと封の開く音と共に開かれた蓋から姿を覗かせたのは黒曜の輝きをもつ黒い宝珠。それをアイナはノティヴァンに手渡した。


「地の宝珠か…」


宝珠を受け取り思わず零したノティヴァンの言葉にアイナはしっかりと頷いて見せた。


「はい、勇者様。この宝珠をもって魔王を打倒し世界に平和を導いてください」


アイナの願いにノティヴァンは僅かに眉根を寄せた。

まだ、四大国の王達には話していないのだろう。

彼の本当の目的は魔王の討伐ではなく、魔王との対話。討伐することで平和が訪れると信じている者に話しても理解は得られない話。


「あぁ…頑張るよ」


結局、ノティヴァンが選んだのは無難な答えだった。



少しばかり微妙な空気になった室内に何かを察した白獅子王の深みのある声が響く。


「さて、此度の偉功に対しての褒美だが…」


白獅子王の視線が私に向かい次いでノティヴァンに向いた。


「アステルの鎧と剣の修復、勇者の装備の補充」


言われて見るとノティヴァンの纏っている鎧が以前と変わっている。

以前は風の国の紋章が刻まれたいぶし銀のものだったが、今纏っているのは淡い緑がかった銀地に真鍮色の金属で装飾がされたなかなか豪華な見た目なもの。

話はそこで終わりではなく、白獅子王の言葉はまだ続いた。


「それと、これだ」


懐から獅子王が取り出したのは金属のような不思議な輝きを放つ1枚の掌に収まる大きさの札。表面になにやら小さく文字も刻まれている。

はて?何に使う札だろう?首を傾げるノティヴァンと私と子供たち。

ただ、ラミナとバートはこの札の意味が分かっているのかキラキラと嬉しそうな雰囲気を醸し出している。


「そ…それは」


「それって…」


嬉しさのあまり王の御前であるのにも関わらず、二人の口からは自然と声が漏れていた。

その程度のことに気を悪くするような白獅子王ではない。むしろ、その喜んでいるさまを楽し気に眺めて豪快な笑みを浮かべている。


「うむ、察しの通り、これは魔導列車の3食付きの特上客室の乗車券だ」


「まあ、食事付きなんて何て素敵なんでしょ」


うっとりと瞳を輝かせるラミナに私は尋ねた。


『魔導列車って?』


基本的に移動手段は近場なら徒歩、遠方なら転移陣と獣車と船しかないとされている。魔導とついているのだから魔力で動くものというのは想像できたが、列車というものは獣車とはどう違うのだろう?


「列車というのはね、獣の代わりに魔力で動く車が先頭になって複数の車両を引いて軌条きじょうという道しるべの上をいくものよ。転移陣みたいに一瞬で目的地には行けないけど、船よりも早く目的地に運んでくれるの」


なんとなく早い乗り物ということだけは分かった。

けれど、具体的なことは分からず私の頭にはまだ疑問符が浮いているのが白獅子王には分かったのか私に笑みを送りながら


「実物を見れば分かるであろう。列車は明後日の便を手配してある。明日は先の旅の準備をすると良かろう」


と話すとアイナも笑みを浮かべながら


「皆様には大変お世話になりました。旅の無事を光の女神様にお祈りしております」


と感謝と祈りを告げ謁見は終了した。


これで地の国で私達がやるべきことは終わった。後はこの国に住む人たちが自分たちで行っていくことだ。

王達に笑顔で見送られ、私達は謁見の間を後にした。

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