第95話

ガタゴトと音を立てる車輪の音と心地よい揺れに目を覚ますと私の双眸に薄明るく黄色い光が灯る。

ここはどこだろう?質素ながらも上質な木材を使っているのが傍目でもわかる木造の部屋の中央にあるベットに私は寝かされているようだ。部屋の左手には景色がよく見える大きめの窓が一つ。窓の外に映る遠方の山々がゆっくりと流れていく。どこに向かっているのだろう?

窓の方に移動しようと身体を起こそうとしたが起き上がれない。あれ?なんでこんなに魔力切れを起こしているのだろう?ここに来る前私は何をしていた?どうにも記憶が曖昧だ。

何とか動かせる視線を動かすと私の右脇に肩口まで薄水色の髪を伸ばした可愛らしくも美しい女性と金色の髪に吸い込まれそうになるような神秘的な紫の瞳をした少年が心配げな面持ちで私を見つめていた。


「母さん、父さんが目を覚ましたよ!」


私の目に光が灯ったのに気付いた少年が嬉しそうに声をあげる。


「良かった。もう、目を覚まさないかとすごく心配したのよ」


言って女性は私の手を強く握りしめた。白磁のような肌を手甲の棘が突き刺し紫色の血が滴り落ちる。ああ、また私は大切な人を傷つけてしまった。


『……すま…ない…』


辛うじて出せた声はひどく小さく掠れていた。私の言葉に女性は大きく首を横に振り目に今にも零れ落ちそうな涙をたたえた瞳でしっかり私を見つめると


「謝らなくて良いの。ただ、私が貴方を感じていたいだけだから」


女性はそのまま握った手を持ち上げ頬を摺り寄せた。


「もう少しだけ頑張って。鉱人ドワーフの町に着いたら父さんを治してもらうから」


そうか、この獣車は鉱人ドワーフの町を目指してるのか。行先の分かった安心感からか急激に眠気が襲ってきた。

ふっと灯っていた双眸の光が消えると静かに意識がまた闇の中に沈んでいく。遠くで少年と女性の焦り声とアステルと私の名を呼んでいる気がした。




トンカントンカンと槌で金属を叩く騒がしい音に目が覚める。視線の高さと辛うじて見える範囲に台の端のようなものが見えた。どうやら私は何かの台に寝かされているようだ。

それらから視界に入ったのは赤、橙、黄色、黄緑、緑、青、紫、白の8色の炎が複雑に混ざり合う奇妙な炎を宿した炉だった。炉の対面に複数設置された金床の所には小柄な人物達が頭に布を巻き一心不乱に鎚を振るっている後姿が見える。ここは鍛冶場?

そんなことをぼんやりと考えているとドスドス重量を感じさせる足音が私に近づいてくる。私の横に並び立った人物は人族の少年程の背丈の肌が金属の光沢をもつ不思議な人物だった。

金属のような光沢をもつ人種、確か鉱人ドワーフだったか。彼らはその名の通り鉱石と共に暮らし、その扱いに長けている。彼らの作る武具や装飾は素晴らしいものだったが、その気難しい性格から人族との交流はあまり活発ではなく、その技術は人族の間では大いに貴重がられていた。そんな彼らだが、気に入った者には情に厚く献身的に尽くすという美点もあった。

そんな鉱人ドワーフの男性は私を一瞥すると後ろに立つ薄水色の女性と金髪の少年と白髪の少女に向き直ると話し始める。


身体を修理するなら、まずは核晶コアを取り出さなきゃいかんが良いか?」


鉱人ドワーフの男性が確認すると女性は肯定で頷く。


「分かった。じゃあ核晶コアを取り出すぞ」


言うと鉱人ドワーフの男性は私の頭を持つと遠慮なく思い切り胴体から引き抜いた。

えええええ!ちょ!頭取れた!頭取れたから!

突然のことに驚きすぎて声も出ない。それにどういうわけか痛みも…ない。

引っこ抜かれた私の頭は別の台の上に乗せられ頭のない胴体を眺める形になった。首元に白色に輝く大人の男性の親指大の石が見える。あれが私の核晶コアか。自分の核晶コアを見る機会が訪れる日が来るとは夢にも思わなかった。そういえば同じ種族でも核晶の色は違っていたなぁ。…あれ?私はそれをどこで見た?色々と記憶が飛んでいる。これも魔力切れのせいなのか?

そんなことを考えている間に鉱人ドワーフの男性の手が私の核晶に迫っていた。実際には震えてはいないが身体がビクリと震えた気がした。鉱人ドワーフの男性が核晶を掴み上げる瞬間に見えた私の核晶にはいたる所に大小の亀裂が走り、いつ砕けてもおかしくない状態。


「こりゃひでぇ。何をやったらこうなるんだ?生きる鎧リビングアーマーの核晶はかなり硬いんだぞ。そう簡単に傷なんかつきゃしない代物なんだがな」


鉱人ドワーフの男性の問いに薄水色の髪の女性は眉を寄せながら「分かりません」と答え、心配げな面持ちで尋ねる。


「治りますか?」


女性の問いに鉱人ドワーフの男性は顎に手をやりしばし思案すると


生きる鎧リビングアーマーの核晶なんか直したことなんてないから確証はないが、似たようなゴーレム核はこれで直ったから多分直るだろう」


そう言って鉱人ドワーフの男性が懐から取り出したのはキラキラと七色に輝く液体に満たされた小瓶。小瓶を台に置くと左手に私の核晶を持ち右手に刷毛を手にするとたっぷり小瓶の液体を刷毛に含ませ左手の私の核晶に塗りたくった。適温の湯につかったようなじんわりとした温かさが身体を包む。


「後はこいつにつけておけば勝手に直るだろう」


こいつと鉱人ドワーフの男性が手にしたのは紫色の溶液に満たされた私の核晶が入る程度の大きさの瓶。そのまま私の核晶は瓶に放り込まれふわふわと溶液の中を漂う。

何だろう?すごく心地よくて…。そのまま誘われる様に私は眠りに落ちていた。

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