第78話

獣王の砦は堅牢な鉄の板を高く組み合わせた塀に囲まれ、砦の左右を石を積み上げた高い塀が地平線まで延びている。


頭上に差し掛かるほどまで昇った太陽の光を浴びて鋼鉄製の塀は星の瞬きの様に煌いていた。


砦の入り口の関所には体格の良い白灰と紺灰の2人の軽装鎧を身に纏い腰に剣を帯びた狼の獣人の衛兵の姿があった。


「貴殿ら身を改めさせてもらおうか」


門にたどり着いた私達を白灰の狼人が引きとめる。


「構いませんわ」


優雅にラミナが微笑みを返すと険しい面持ちだった狼人の口元が緩み頬が赤くなっていく。


「こっほん、それでは身分証の提示をお願いいたします」


軽く咳払いをすると白灰の狼人はまた顔を引き締めた。ラミナ、私の順に水の国のギルドで発行された身分証を狼人に手渡すと、しげしげと身分証を確認し終えると狼人は口を開いた。


「こちらのご婦人はラミナ殿で階級は最上位ですか。素晴らしい活躍をなさっているんですね。アステル殿はこれからという感じで活躍が期待されていますね。そちらのお子さん達は?」


ソアレとキキの方に狼人の視線が投げかけられると


「私とアステルの子のソアレとキキですわ」


笑顔のラミナの回答に狼人はまたも頬を赤らめながら「そ、そうですか」と少しばかりどもりながらも納得していた。


「あちらの4人は家族として、君ら3人は何者だ?」


今まで黙っていた紺灰の狼人が勇者達に尋ねる。待ってましたと一番に元気よく答えたのは勇者だった。


「俺は風の国の勇者ノティヴァン。で、隣の銀色のでかいのが俺の相方のバートで神官のお嬢さんがアイナだ」


勇者は右手で腰に吊るした袋をあさり、左親指でバートを指差した。


「お、あったあった」と呟きながら勇者が取り出したのは七色に輝く手の平に収まる大きさの板プレート。


「これが勇者の証だ!」


自慢げに勇者は証を掲げると狼人達は間近で観察すると驚嘆の声を上げた。


「すげー、始めてみた」


「本物の勇者の証だ」


素直に驚いているのか狼人たちの素が出ているようで畏まった口調もどこへやら。


「勇者が来たって言うなら、あの迷惑な奴らもお終いだな」


これで清々すると喜ぶ白灰狼に「だな」と紺灰狼も嬉しそうに頷いた。


『迷惑な奴らとは?』


私が尋ねると嬉しげだった狼人達がが明らかに不機嫌そうな顔に変わる。


「もちろん不死者アンデッドの奴らだよ。あいつら、ほとんどは瘴気溜まりから出てこないし、出てきて飢えたら人族しか喰わないけど、命令されれば俺達獣人でも喰いにくるからな」


え?不死者アンデッドが人を喰う?


不死者アンデッドは人を喰うものなんですか?』


「何だよそんな事も知らないで冒険者やってるのかい」


思わずついで出た言葉に狼人達は揃って呆れと驚きが混ざったような視線を私に向けた。


不死人アンデッドだけが喰らった魂を直接魔力に変換できるんだよ。魔物でも目的をもって人族を襲うのは不死者アンデッドだけだ。あとはまあ、事故みたいなもんだな」


これがあの日、ラミナが隠した真実


今でも彼女が私の種族について教えてくれたことは鮮明に思い出せる。


ラミナは魔物にしては珍しく人族が好きだ。


彼女が言葉を濁したのは好きな存在をこれから一緒に暮らす存在に害して欲しくなかったからだろう。


誰か1人でもを殺していたらその罪の重さに耐えかねてまだ幼かった私の心は壊れていたかもしれない。


彼女の想いは計らずも人の心を無くしたくない私の心も守っていた。


『ラミナ、今まで黙っていてくれてありがとう』


私の言葉にラミナは寂しげな笑みを浮べながら


「ホントはずっと知らせたくなかった」


と残念そうに呟いた。私とラミナのやり取りを勇者は神妙な面持ちで見つめていた。




唐突にどどどどと地を踏みしめ駆ける音を門の奥から鳴り響かせ現れたのは鮮やかな空色の鬣を振り乱した青獅子の獣人だった。


青獅子は迷うことなくラミナの元に向かうとひしとその細くたおやかな手を握ると


「ラミナ、俺と結婚してくれる気になったんだな」


とほざいた。


『あ゛』


腹の底の底から出たような自分でも驚くほど低い声が口から洩れた。


視界の端に怯えた眼差しのキキとソアレとアイナ、青ざめた顔の勇者の顔の隣には同じく青ざめた狼人達の姿が見えた。


っ、落ち着け私。子供たちが怯えているじゃないか。

胸の内で数度深呼吸をして気持ちを落ち着ける。


『驚かせてごめんな』


屈んでソアレとキキ子の頭を撫でると強張っていた子供達の顔に笑顔が戻る。その姿を見ていたアイナの顔からも怯えは消えていた。


そんな私達の後方で執拗に青獅子はラミナに言い寄り、困り顔のラミナは私に助けを求める視線を送っていた。


『妻が迷惑している。その手を離してもらおうか』


言い寄る青獅子人の手を掴みラミナの手から引き剥がす。


「そう言うお前はラミナの何なんだよ?」


威圧するような視線で私を睨みつける青獅子に私も睨み返し低い声で答えた。


『彼女の夫だが』


「あ゛あっ?嘘だろおおおおおおお」


私とラミナを交互に見たあと青獅子は頭を抱え、絶叫しながらその場に膝から崩れ落ちた。


「結婚するって言ったのに…」


尚もブツブツ呟く青獅子に眉根を寄せながら呆れた口調でラミナは告げた。


「だから、何度も断ったでしょ」


口約束でも婚約の話をしていたのではないかと少しばかり不安もあったが、ラミナの口からそれは否定され、小さく私は安堵の息を吐いていた。


打たれ強いというか単純なのか。蹲っていた青獅子はがばっと起き上がると


「99回ダメでも100回目でOKって事もあるだろ!」


と言うが、秒で冷たく「ないから」とラミナに否定された。

ここで諦めればいいものを青獅子は諦めなかった。


どういう思考の結果そうなったのかは私には理解の範疇を超えた行動を青獅子は取った。


「そこの黒いの!ラミナをかけて俺と勝負しろ!!」


「何でそうなるのよ」


ラミナの悲痛な叫びに私も同意だ。困り果てる私達に狼人の1人白灰の方が声をかけてきた。


「求婚の決闘ですね。決闘を申し込む方は女性が既婚、未婚問わず決闘相手に勝利した場合求婚した女性を娶り、負けた場合生涯独身を貫くというものなんですよ」


と一端そこで区切り白灰狼ははあとため息をつく。


「勝手に求婚の決闘なんて始められた困るんですよ。あれでも一国の王子なんで」


そこまで言うと、紺灰狼が青獅子をなだめに向かっていた。


「殿下もそう熱くならないで」


「ここで引き下がったら男がすたる」


いや、引き際も重要でしょ。


この暴れ獅子を黙らせるのに一番手っ取り早いのは此方が力を示すことしかなさそうだ。


『勝負は受けましょう。ただし、貴方が負けた場合、独身を貫く必要はないんで、今後ラミナに言い寄らないと誓ってください』


私の提案に狼人達はこれで収拾が着くと安堵の表情を浮べた。


「お前が負け『負けませんから』


絶対に負けない。勇者の時のような無様な姿は二度と見せるものか。


「あー、一応、殺し合いはダメなんで、武器の類は使用不可で」


白灰狼の言葉に青獅子は腰に吊るした金属性の鉤爪を私は背負っている双剣を互いに信頼する相手、私はラミナに青獅子は白灰狼に預けた。



互いの間に5マクリスほど距離を取り構えると「始め!」という白灰狼の声があたりに響いた。


「なんでこうなるのかしら」


困り顔で呟くラミナの顔には心配の二文字はない。


「面白そうじゃん」


とラミナの横に立つと楽しげに勇者は呟き勝負の行方を見守った。


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