第66話


「5日後、国王陛下と謁見の後、俺達は出発するから、それまでに用意とか頼みます」


玄関前に立つ勇者は見送る私達に軽く頭を下げるとバートを伴って帰路についていった。




翌日から各々旅支度を始めた。ラミナは朝から勤め先に退職届けを出しに、ソアレとキキは学校の友人達に暫くの別れを告げに行っていた。


私はラミナに移送の鍵を借りて鉱山ゴブリン達に暫しの別れを告げにきていた。


村の集会場の扉を軽く数度叩き開くと、中には村長夫妻とルルビがお茶とお菓子を囲んで談笑している姿があった。


『お久しぶりです』


私が声をかけるとルルビと村長夫妻は笑顔で応えてくれた。


「お久しぶりですの」


「久しいのぅ。元気そうで何よりじゃ」


「元気そうだね。立ち話もなんだ。座わりな」


『ありがとうございます』と礼を述べ村長夫人が勧めてくれた椅子に私は腰掛けた。


「今日はどうした、なんぞ浮かない顔をしおってからに」


え?思わず自分の顔に触れて、金属の感触に元よりフルフェイスの兜に表情など無かったことを思い出す。


『そんな顔してますかね?』


力なく言葉を発した私に村長は「そんな気がしただけじゃよ」と村長は柔和な笑みを浮べた。


「何ぞあるなら、この爺が聞くぞ」


『実は…』


村長に促されて私は勇者と共にソアレの実の親である魔王陛下に会いに行くことを村長達に話した。


勇者と一緒に行動するなどきっと責められる。しかし、身構える私を村長たちは私を責めたりはしなかった。


「そうか、長旅になるのう。気をつけて行ってくるんじゃぞ。それから陛下に失礼のないようにな」


私達の身を案じる村長に私は恐る恐る


『怒らないんですか?』


と尋ねれば、


「何を怒る?わし等ごときが勇者にどうこう出来るわけもでもあるまいし、それにのう…」


村長は一旦口を閉じ、優しい眼差しを私に向けると


「お主が信じたのなら、わし等も信じてみるのも悪くはないと思ってな」


『…ありがとうございます』


勇者が信じてもらえたことが訳も無く嬉しくて、感謝の言葉が自然と漏れていた。


「無事に帰ってくるんじゃぞ」


「土産話、楽しみに待ってるよ」


「気をつけていってらっしゃいですの」


『はい。行ってきます』


村長達に笑顔で見送られた私はもう一組、挨拶を済ませておかなければならない人の元へ足を進めた。





既に日は頭上高く一日の内で最も輝いている時間にも関わらず、その森は常に薄暗く薄紫色の霧が立ち込めていた。


迷い込めばたちどころに生き物を不死の魔物に変えてしまう森、魔鎧の森の中程にある丸太小屋にその人物達は住まっていた。


コンコンと軽く丸太小屋の扉を叩くと中から腰まである淡いエメラルドグリーンの髪を躍らせながパナがくすりと笑いながら私を出迎えてくれた。


「あらあら、こんな時間に訪ねてくるなんて、寝坊でもしました?」


いつも稽古のために私が翁達の下に訪れるのは日が昇ってすぐの早朝。今の時刻は昼にさしかかろうとしていた。


『寝坊じゃないよ。ちょっと、寄る所があってね。それで遅くなったんだ』


「そうでしたの。どちらに寄って来たんです?」


『鉱山ゴブリンの所にね』


ここまで話してパナは何か思い当たる節があったのか愛くるしい笑顔が寂しげなものにと変わっていった。


「貴方達も行くのですか?」


『行くよ。ソアレが会いたがっているからね』


『主らだけでは魔王には会えんぞ』


部屋の奥から翁はこちらに歩み寄りパナの後ろで歩みを止めた。


『人族の秘宝が必要だからですよね』


現在、人族の住む地水風火の4大国と魔族の住む魔国とは完全に国交が途絶えていた。魔国は強固な結界により内外からの出入りを厳しく制限されており、出入りが出来るのはごく一部の魔王陛下から許可を得た位の高い魔物だけだった。


人族が魔国に入るのはほぼ不可能だったが、1つだけ方法があった。


4大国の秘宝の宝珠を風の国にある魔国と繋がる扉に捧げることで魔国の魔王城に入ることができた。ただし、そこには魔王陛下を守るための魔物がひしめき合っている。


例え、入城できたとしてもそれなりの力を持つものでなければ瞬く間に滅ぼされるだろう。故に、宝珠は魔王を倒せると言われる勇者にのみ授けられるものとなっていた。


人族の秘宝を奪うなどよほどの実力のある魔物でも難しい。私1人では到底無理だ。私達が勇者との旅を受け入れたのはこれが主な理由だった。


『……あやつと行くのか?』


翁の問いに私は静かに頷く。


『主らから持ちかけたのか?』


続く問いに私は首を横に振った。


『勇者の方からソアレに…』


『何じゃと!』


驚きの声を上げる翁の隣でパナも驚きでその目を大きく見開いていた。


『まったく、あやつは何を考えておるんじゃ』


驚きと呆れを含んだ声で翁は呟き頭を抱えていた。困り果てる翁に私は彼が私に語ったことを話すことにした。


『勇者…ノティヴァンは真実が知りたいと』


『真実?』


『何故、人と魔物敵対するようになったのか。その理由が知りたいと』


『そうか…』


暫く俯いていた翁が顔を上げるとその目は遠い日の光景を見ているようだった。


『いつだったか、ノティが行方知れずになったが、ひょっこり無事に帰ってきたことがあってな、あれ以来、あんなに嫌っていた魔物のかたを持つようになって不思議に思うていたが…』


はあ、と翁は深く深く息を吐き祈るように手を握り額に拳をあてた。


『あやつが問うた意味が今になって分かった。分かってやれなくてすまんかった。さぞ、悲しかったろうに』


語りかける翁の目にはあの日の幼いノティヴァンの姿が映っているようだった。


宙を見つめていた翁の視線が不意に私の目を捉えた。


『ノティヴァンの事、頼まれてくれるか?』


その真摯な言葉と瞳に私は頷き応えた。


『ありがとう』


微笑み礼を言う翁に私は背筋を伸ばし腰を深く曲げ頭を下げた。


『礼を言うのは私のほうです。10年間、ご指導ありがとうございました』


『よう、頑張った。これからも精進するんじゃぞ』


大きな鋼の手が乱雑に腰を折ったままの私の頭を撫でる。


『……はい』


声が震え、目の端に涙の浮かぶ私の背中にふわりとパナの手が添えられた。


「一緒には行かれませんが、貴方達の旅路に祝福を」


言うとパナは自身の髪で編んだ組紐を私に握らせた。


顔を上げると微笑む二人の顔があった。


「気をつけていってらっしゃいませ」


ふわりと微笑むパナの隣ではにやりと笑っているような翁が片手剣の柄に手をかけ、


『最後の稽古じゃ、心してうけよ』


『はい!』


応え、私と翁の最後の稽古が始まった。


翁の本気の攻撃に私の身体は幾度と無く悲鳴をあげる。


何度斬られ、倒されようと心が折れない限り私は戦える。


休み無く、紫の霧に包まれた森の中には金属同士がかち合う剣戟が響き渡っていた。


何百、何千の斬り合いの中にその機会は訪れた。


正面上段から振り下ろされた翁の剣を左の剣で受け絡め取り、地に切っ先を向けさせたところを右側面から一気に踏み込みその首元に右手に持つ剣の切っ先を私は突きつけた。


『見事!!』


敗者の口から発せられたのはあまりにも晴れ晴れとした賞賛の言葉だった。


勝った?私は翁に勝てたのか?


じわじわと勝利の感覚が身体を満たしていき、感情が爆発するのにそれほど時間はかからなかった。


『やった!やったああ!!』


私は子供のような歓声を上げ、思わず天に両手を上げた弾みに手に持っていた剣を放り投げていた。


カランカランと地に落ちた剣が乾いた音を立て、張り詰めていた緊張の糸を断つ。気の緩んだ私に耐え難い睡魔が襲い掛かった。


抗えない。闇に飲まれ、倒れそうになる私の背中を翁の大きな手が支えてくれているのを感じながら私はそのまま意識を手放した。




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