第38話
マントを羽織り身支度を済ませて1階に下りようとすると
「「待って!」」
ラミナ、ソフィアの2人に同時に呼び止められた。
『何かまずい所でもあったか?』
自身の身体を見回してもこれといっておかしなところは見受けられないのだが。私が疑問符を浮かべていると
「そのマント、外に着ていくのはまずいわ」
ソフィアに言われてマントを手繰り寄せ見ると、濃い藍色の布地に白銀の糸でどこかの国の紋章が刻まれていた。
『この紋章に問題でもあるのか?』
「大有りよ!」
身を乗り出し私に迫るソフィアに思わず後ろにのけぞる。
いつの間にか私から外したマントを折りたたみながらラミナが話を引き継いだ。
「これは、魔の国の紋章。貴方の持つ双剣に刻まれている紋章と同じ意味を持つと言ったら分かるわよね」
私の双剣は風の国の王に仕える騎士の証、それと同意ということは…
『魔王に仕える騎士…』
何故、私が魔王の騎士に?思い当たる節が全くない。
理由は分からない。
けれど、これを身に着けているということは私が人と敵対する存在という事を現すに他ならなかった。
今の私は紛れもなく魔物だ。それでも、私は人であり続けたいと願っている。人であり続けることを望む私にはこのマントは不要だった。
『そのマントは預かっててくれないか』
「そう言うと思ってた」
既にそうなることが分かっていたのか、ラミナは微笑むとマントを肩から提げた鞄の奥に仕舞っていた。
私達が一階に降りると、待ってましたとばかりにマリーが声をかけてきた。
「もう、待ちくたびれましたよ。さあ、行きましょ」
「ぼく、もうおなかぺこぺこ」
【うちもや~】
マリーの隣でソアレと白髪のおかっぱ頭に金色の瞳の少女姿に変化したキキが可愛らしくお腹に手を当て腹ペコアピールをしていた。
マリーが鍵の束から1つを選び鍵穴に差込みまわし、ドアノブを捻り扉を開くと前回とは全く違った所に出た。
昼時だからか通りには大勢の人が行きかい、道に沿って建てられた店からは様々な料理の美味しそうな匂いが立ち込めていた。
「私のお薦めはこちらです~」
マリーが指差した先には2階建のレンガ造りの建物があった。マリーを先頭に建物に入るとパン生地の焼ける香ばしい匂いとチーズの焼けるパンとは違った香ばしい匂いが店の中に漂っていた。
「ピザ、ソアレだいすき~」
喜びはしゃぐソアレの隣でキキも口元から涎を垂らしていた。
「すいません~。大人5人の子供3人でお願いします」
マリーが店員に声をかけるとこげ茶色の髪を首元でまとめた赤と白のチェック柄のエプソンを身に着けた女性が元気よく対応してくれた。
「いらっしゃいませ!大人5名に子供3名ですね。では、お席はこちらになります」
女性店員に案内されたのは店の一番奥の席だった。一番奥に私、ソアレ、キキ、ラミナと座り、その対面にはソフィア、クックマーチ、ハル、マリーが座った。
ハルは一階に降りる前にソフィアの魔術で変化し、銀髪に淡い水色の瞳の12,3歳の少年の姿になっていた。
私達が席に着くと女性店員は注文を取り始めた。それにマリーは
「
「畏まりました」
女性店員は手早くメモを取ると一礼して厨房へと向かった。
別の店員が飲み物をテーブルに配り終え、皆が一口、二口と口にしたところでクックマーチが口を開いた。
「あの、私達まで一緒にいて良いんですか?」
それに答えたのはソフィアだった。
「良いんじゃなくて、一緒に居なきゃダメなのよ」
「え?」
クックマーチが驚いているとソフィアが説明し始めた。
「今回、貴女がやらかしたことは罪になって罰せられるものよ。でもね、事情と貴女の年齢を考慮して、後はラミナの人脈を使って保護観察処分にしてもらったのよ」
「ほごかんさつしょぶん?」
「そう、貴女みたいな子がきっちり自立できて、悪い大人に利用されないように、自ら罪を犯さないように、きちんとした大人がもう大丈夫って所まで保護しながら監視するのよ。まあ、一言で言えば、私の弟子になるって事ね」
「それはちょっと違くない?」
ラミナの突っ込みをソフィアは華麗にすり抜ける。
「ま、そういう訳だからよろしくね」
「よろしく、お願いします」
ソフィアがクックマーチに手を差し出すと涙目のクックマーチは遠慮がちにその手を握り返した。
二人のやり取りを終わるのを待っていたかのタイミングで3段式の手押し台車に料理を乗せた店員が現れ、テーブルに料理の配り始めた。全て配り終えると
「ご注文は以上でよろしいでしょうか?」
店員の問いかけにマリーが頷くと
「それでは、ごゆっくりお食事をお楽しみください」
と一礼して店員は厨房へと戻っていった。
「いただきます」
テーブルを囲む全員で手を合わせると和やかに食事は開始された。
「あつ、あつ、でもおいしい」
焼きたてのまだ熱を持ったピザを頬張るソアレに負けじとキキも頬いっぱいにピザを詰め込んでいた。
「そんなに急がなくてもピザは逃げないわよ」
『あんまり詰め込むと喉に詰まるぞ』
ラミナと私が声をかけるとソアレとキキは笑顔で
「【おいしいんだもん」】
と声をハモらせた。
「おや、その声はもしかして?」
聞き覚えのある声がソアレの背後からし、そちらに視線を向けるとシルクハットに燕尾服の恰幅のいい男性、確かヴェントロがにこやかに立っていた。
「あ、さーかすのおじさんだ」
振り返りヴェントロの姿を確認したソアレはにっこり微笑んだ。
「やっぱり、ソアレ君でしたか。でしたら、奥にいらっしゃるのは君のお父様ですかね?」
「うん、ぼくのパパだよ。カッコいいでしょ」
ヴェントロの質問に得意げに答えるソアレの姿は微笑ましいものだった。ソアレから私の方に視線を移したヴェントロと視線が合う。
「鎧を新調されたんですね」
『ええ、まあ』
進化しましたとは言えるはずもなく、曖昧な返事を返すとヴェントロは驚いた顔をしていた。まあ、驚かれるのも無理もないか。
「本当に、ソアレ君のお父様なのですか?声も似てはいますが…」
『お会いした日とは姿も声も違うかもしれませんが、私がソアレの父親であることは変わりませんよ』
魔獣を愛し、そのサーカスの団長であるヴェントロなら私が魔物とばれたとしても、「そうでしたか」とさらっと認めて変わらぬ態度で接してくれそうではあるが、全く不安がないわけではなかった。
暫しの沈黙の後にヴェントロは軽く頭を下げると
「気づかず申し訳ない。新しい鎧も素敵ですね」
と笑い、ラミナとキキの方を向き尋ねた。
「奥様と娘さんですか?」
笑顔でラミナは
「はい、妻です。それとこの子は娘です」
と答えた。その答えに私とキキは動揺していた。思わずラミナの腕を掴み、自分の方に引き寄せ耳元で囁いた。
『ちょっと、ラミナ。私が君の旦那さんてことになるけど、それで良いのか?』
「ソアレのお父さんなんだから、私の主人、もしくは旦那さんで良いに決まってるじゃない」
答えるラミナの顔は何を今更という呆れたものだった。
もう1人、動揺していたキキはかなりの音量で喋っていたが、どうやら彼女の声は特定の人物にしか聞こえていないようだった。
【え?え?兄さんがうちのお父ちゃんでラミナはんがうちのお母ちゃんに?】
「嫌だった?」
小声でラミナが少女に囁くと、キキはぶんぶんと頭を横に振り
【嫌やない。めっちゃ嬉しい】
笑うキキの目の端には涙が浮かんでいた。
目覚めたら親姉妹の姿もなく、見知らぬ土地に1人。精神的にも幼いキキにはどれだけ心細かっただろうか。そんな時に偶然出来居場所。喜ばない道理はなかった。
『よろしくな。キキ』
キキの耳元で囁き、優しく頭を撫でると嬉しそうにキキは目を細めた。
【よろしくね。兄さん…じゃなかったお父ちゃん】
「奥様と娘さんでしたか。そうしましたら以前お渡ししたチケットだと足りないですね」
言うとヴェントロは服の内ポケットからチケットを出すと枚数を数えだし、数え終わるとうんうんと数度頷き、ソフィア達を一瞥すると
「そちらのご婦人方はご友人ですかね?」
『ええ、ラミナの友人です』
ヴェントロの問いに私が答えると
「それでは、こちらをお持ちくださいな」
以前渡された3枚とあわせるとここにいる全員分のチケットをヴェントロはラミナに手渡すと
「宜しければ、本日夜の公演にでもいらしてくださいな。それでは私は公演の準備がありますので」
私達に一礼すると、ヴェントロは店の出口へと向かった。その姿を見送り終えると
「勿論、皆行くわよね?」
ラミナは聞いてはいるが拒否権はない。勿論、断るものがいないのがわっての行動なのは一目瞭然だった。
「勿論、行くわよ」
「楽しみですね~」
「たのしみ~」
【サーカスってどんなやろ?】
「…行きたいかな」
「ボクも行きたいな」
『勿論、行くさ』
皆が口々に答えるとラミナは満足げに微笑んだ。
「それじゃあ、決定ね。今日の夜はサーカスね。えーと場所は…」
チケットの裏に書かれた開演場所を読み上げるラミナをよそに各々好き勝手にピザを頬張っていた。
どうやら、真面目に聞いているのは私だけのようだ。開演場所は中央の催事広場か。
読み上げ終わりまわりの状況に気づいたラミナと目が合うと肩をすくめお互い小さく笑った。
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