第36話
目が覚めるとソフィアの店と雰囲気の良く似た木造の建物の一室のベットの上だった。周りを見回すと小ぶりなチェストが1つに円形の木製テーブルに椅子が一脚と私室というよりは客室といったところだろうか。テーブルの上には綺麗に折りたたまれた濃い藍色のマントが置かれていた。
『夢…じゃなかったんだな』
呟いた私の声は普段聞きなれた高いもの、けれど濃い藍色のマントがあることが夢でなかった事を実感させた。
起き上がり、立とうとベットの端に移動して違和感を覚えた。足が届かない。
脚の長いベットは存在するが、このベットは見た感じ一般的なもの。それで私の足が届かないということは…。ベットから飛び降り、扉を開けようと頭とほぼ同位置にあるドアノブに手を伸ばした。
扉の外は正面には下り階段が設置され、左右に伸びた廊下を挟み左右に一ずつ部屋が作られていた。
右手側の部屋の方から女性陣の楽しげな話し声が聞こえてきた。
声のする部屋の扉を開けると、一番最初に私に気づいたのはラミナだった。
「アステル。良かった、気がついたのね」
私に駆け寄り抱きしめるラミナに続いてマリーとソフィアが後から続いて私の方に駆け寄ってきた。
「ごめんね、アステル君。ラミナさんから任されてたのに、ごめんね、ごめんね」
私の手を握り謝りながらマリーは大粒の涙を流していた。
『マリーが悪いわけじゃないよ』
「でもでも…」
涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっているマリーの頭をソフィアが優しく撫でた。
「あんたが悪いわけじゃない。今回のは事故みたいなもんさ。マリーは悪くない。勿論、アステルだって悪くないんだよ」
ソフィアの言葉に私は思わず反論していた。
『いや、私が操られさえしなければ、皆に迷惑をかけることもソアレを怖がらせることもなかったんだ』
ラミナを心配させたのも、マリーを泣かせてしまったのも、ソアレに怖く悲しい思いをさせてしまったのも全て私が弱かったせい。全部、弱い私のせいなんだ。
私の言葉を聞き終えるとソフィアはふうとため息をつくと
「君は真面目で責任感のある良い子だ。でもね、何でも1人で背負い込まないの。君の傍には誰がいる?君の周りにいるのは誰?もう少し私達に頼ってくれても良いんだよ」
『でも、私はソアレの父親で…』
「その、姿で言われても説得力皆無だけどね」
私の言葉に被せる様にソフィアは話すと私の方を見て苦笑した。
そうだった。今の私はソアレと同じくらいの身長になっているんだった。この姿にした犯人の目星はすでに付いていた。
『この姿にしたのはソフィアだろ?』
「あら、どうして分かったの?」
『街でソフィアと似た雰囲気の魔術師が同じような魔法を使っていたんだよ』
「なるほどね」
納得してか、うんうん頷いてからソフィアは私に尋ねてきた。
「その魔術師、元気そうだった?」
元気かどうかと聞かれたら見た感じは元気そうには見えた。
『元気そうには見えたが』
「そう、なら良かった」
『あの魔術師はソフィアの知り合いなのか?』
今度は私が尋ねると
「放浪癖のある、私の兄よ。久しぶりに戻ってるなら顔くらい出しなさいよね。まったく」
笑いながら怒るという器用なことをしながらソフィアは答えてくれた。
『そうだったのか。それで本題なんだが、早く元の姿に戻してくれないか?』
前から抱きしめられていた私はいつの間にかラミナに後ろか大きなクマのぬいぐるみのように抱きすくめられていた。
「戻すのはいつでも出来るわ。でも、良いの?」
ソフィアの質問の意味が分からなかった。私は元の姿に戻りたいのだから何ら問題はないはず。
『問題ない。戻して…』
ソフィアの肩越しから栗色のツインテールを見たとたん、身体の底から寒気がして、ガチャガチャと全身を震わせていた。止めようとしても震えが止まらない。
そんな私をラミナは優しく抱きあげ、
「ちょっと、外の風に当たってくるわ」
言うと私を抱いたままソフィアの店を出た。
店の外は人通りもなく閑散としていて静かなもので私の立てるガチャガチャという音がうるさいくらいだった。
ラミナはソフィアの店から少し歩いた小さな休憩所の長椅子に腰掛けると隣に私を座らせ、優しく頭を撫でてくれた。
「よく我慢したわね。怖かったでしょ?」
『怖かった?』
何がと聞こうとして、思い出した。
意識を刈り取られ自分が自分でなくなる感覚、知らない場所に連れて行かれた不安と心細さ、自分という存在を塗りつぶされ、操り人形にされた感覚。
あの時は必死だった。ソアレを守らないと、ただそれだけに意識が向いていたから、恐怖を感じる暇もなかった。けれど、落ち着いた今は違う。
本当は私もソアレと同じように怖かった。痛かった。誰かに助けてと叫びたかった。
その思いが今頃になって溢れ出していた。
言葉よりも先にポロポロと私の目元から小さなガラス球が転がり落ちては音もなく砕けていった。
『本当は…、私も怖かったんだ』
擦れた小さな私の呟き。それでもラミナは聞いていてくれた。
「うん、よく頑張ったね」
優しくラミナに抱きしめられたことで我慢の限界を超えた私は声を上げて泣いていた。
「怖かった時、悲しかった時はいっぱい泣いて良いんだよ」
ラミナの腹に顔をうずめ、彼女の服を握り締め泣きじゃくる私に優しく語りかけ、泣き止むまでずっと頭を撫でていてくれた。
涙が止まるころには身体の震えも止まっていた。
『かっこ悪かったよね…』
ラミナの隣に座り、彼女の顔を見上げながら話すとラミナは静かに首を横に振った。
「かっこ悪くなんかないよ」
『かっこ悪いよ。だって、父さんは泣いたり弱音をはいたりなんかしなかった』
「そう、でもそれは貴方の前だったからじゃないの?」
え?思いがけない言葉に思わず思考が停止した。父さんも私と同じだった?
「息子の前ではかっこ良い父親でいたかったんじゃないかな?」
『そうなのかな?』
「断言は出来ないけどね。完璧に見える人にも小さな欠点なんていくつでもあるわ。大人になるとね、欠点を見せればそれに付けこんでくる人も沢山いるの。だから、大人は完璧であろうとするのよ」
そこまで言って、ラミナは一旦話すのを止めた。
「でもね、私はね、貴方に欠点を見せても大丈夫って思える存在になりたいの。だって私達、家族でしょ」
にっこり微笑むラミナになんと返したら良いのか分からず私は黙ってしまった。黙ったままの私をラミナは抱き上げると、耳元で少しだけ寂しそうな声で呟いた。
「アステルが私に対してそう思っていなくても構わない。それでも、私は貴方のことを家族だと思ってるわ」
『私だって家族だと思ってる!』
家族じゃないなんてこれっぽちも思ってない。慌てて返すと嬉しそうにラミナは笑うとぎゅっと私を抱きしめた。よっぽど嬉しかったのかいつにも増し抱きしめる力が強い。普段のサイズなら問題ないが今の小さな身体では息苦しい。思わずラミナの腕を軽く叩いた。
『ラミナ…苦しい』
「あ、ごめんなさい」
慌ててラミナが腕の力を抜いたのでストンと私は地面に着地した。ふうと大きく息を吸い「まったく、もう」とぼやいて私が笑うとラミナもつられて笑っていた。
『戻ろうか。皆待ってるだろ?』
私が小さな手をラミナに差し出すと優しく握り返し「そうね」とラミナは頷いた。
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