第35話

全員が牢から出たのとほぼ同時に出口に続く木製の扉が開かれ、2体のオークを先頭に御頭と髭面の男と麻袋の男が部屋に戻ってきた。


「また、お前ら面倒なことしやがって。お前も大人しく従ってれば良いんだよ」


わたし達の姿を見た御頭は声を荒げ怪しく輝く目でわたしを睨みつけた。また、意思が黒く塗りつぶされそうになる。もう、ソアレにあんな悲しそうな顔はさせたくない。

僅かな輝きに手を伸ばし掴むと意思を塗りつぶそうと迫っていた闇は晴れ、御頭は両目を手で覆っていた。


「うぐあ。お前、自力で隷属の瞳をレジストしやがったのか。もう良い、あいつはばらして、箱にでも詰めておけ」


目から血交じりの涙を流しながら御頭はオーク達にわたしを攻撃するようけしかけた。

オークの厳つい拳と斧が同時に襲ってくる。両方は避けられない。斧を避け、頭を狙っていた拳が顔左側面を砕き、床に顔を叩きつけられた。

うつ伏せになっているところに次の斧の一撃が振り下ろされる。横に転がりかわすが、はずみで背負っていた子ドラゴン入り水晶が背中から離れてしまった。

この状況ならむしろ離れてしまった方が子ドラゴンにとっては良かっただろう。

もう一体のオークの丸太のように太い足から繰り出された蹴りがわたしを蹴り上げ部屋の壁に叩き付けた。

半ば壁に埋もれかかったわたしの元にゆっくりとした足取りで斧を構えたオークが迫ってくる。

早く抜け出さないといけないのに、もう身体が動かない。砕かれた顔面の傷も殆んど修復されていない。完全に魔力が底をついた。あれだけあったはずなのに何故?レジストと関係しているのか?疑問に答えなど出ないまま、動けないわたしを前にオークは高々と斧を掲げ、左肩目掛けて振り下ろすとガキンという金属同士がぶつかる音に続いてガシャリと金属が床に落ちる音が部屋に響いた。


『ぁぁぁぁ…』


叫んじゃダメだ。ソアレが心配してしまう。必死に声を殺しても痛みで呻き声が上がってしまう。


「ぱぱ!!」


【兄さん!!】


目に涙をためたソアレの叫び声と心配そうなドラゴンの声が響く中、御頭だけは満足げに嗤っていた。


「次は…そうだなあぁ」


ニヤニヤ嗤い、なにやらブツブツ呟いている御頭の声を遮る様にドラゴンの声がわたしの頭に響いた。


【兄さん、兄さん、しっかりしてなぁ】


途切れそうになった意識がその声で引き戻される。


【もしかして、魔力切れなんかい?ならウチの魔石喰ってぇな】


食べて大丈夫なのか?声ももう出せず、頭の中で聞き返すと


【構へん、構へん。むしろ喰ってもろたら、ウチも出られるし】


分かった。ありがとう。心の中で礼を言うと、近くに転がった子ドラゴン入り水晶に意識を向け、大きく息を吸い込むイメージを浮かべた。

意識を魔石の方に向けただけで、土竜の時と同じようにむせ返りそうな膨大な竜の魔力が口から身体に流れ込んでくる。

魔鎧の森の魔力とも土竜の魔力とも違うほんのりと暖かく心地よいものが身体の中を満たしていった。

充分に満たされ、許容量を越えてもまだ魔力の流入は止まることを知らなかった。

限界を超え、爆発寸前のわたしの内側に新しい何かが生まれ、知覚した瞬間にわたしの意識は生まれたものの方に移っていた。

新しく生まれたわたしは今までのわたしと言う殻を破りこの世界に現れようとしていた。

身体のあちこちに罅が入り、その隙間からまばゆい光が零れる。

ピシリと一際大きい亀裂が入ると、一気にわたしの身体は砕け、辺りを真っ白になるほどの光が包んだ。


【めっちゃ眩しい!!】


「何だ、この光は」


子ドランゴンと御頭の騒ぐ声にいつの間にか閉じていた目を開けると、子ドラゴンは無事、魔石から脱出できたようで私以外のその場にいた全員と一緒に目を手で覆っていた。最初に手を離した子ドラゴンが私の姿を見て驚きの声を上げた。


【兄さん!その姿は!?】


言われて、自身の身体を見ると切り落とされた腕も元通りになり、黒鉄色1色だった身体は部分的にやや明るめの鋼色の入った2色に変わり、体型も逞しく逆三角形に近かったものがかなり細身の長方形型に変わっていた。変化はそれだけではなく、背中に濃い藍色のマントを私は羽織っていた。そして一番の変化は…


「この期に及んで進化しただと!?もう良い、さっさとアイツを解体しろ」


子ドラゴンに続いて手を離した御頭も驚きの怒号をあげると、視界を取り戻したオーク達が同時に私に襲い掛かってきた。

頭上高く振り下ろされた斧を右腕で受け止めるとキーンと甲高い立てるだけで斧は私に傷を負わせることは出来なかった。

左手で剣を抜き、右腕で斧を押し返し右から左にオークの胴に剣を振るう。分厚い脂肪と筋肉に覆われたオークの胴は柔らかい粘土を切ったかのように抵抗なく切り裂かれ、身体を上下に分けるとその足元に紫色の血溜まりを作った。

次いで迫ってきたオークの拳を剣の腹で受け、右手で剣を抜きオークの頭上から縦に一閃振り下ろした。左右に分かれたオークは1匹目と同じようにその足元に紫の血溜まりを作っていた。


『後は、お前達だけだ』


剣についた血を払い男達を睨みつける。

その声はやや高めではあるものの落ち着いた成人男性の声だった。

吼えるような雄叫びを上げながら髭面の男と麻袋の男が手に剣を握りながら襲い掛かってきた。

しかし、その攻撃は恐怖に怯え全く腰の入っていないもので、頭上と右から同時に切り掛かられても簡単に受け止められた。

少し強めに剣を弾くと剣はあっさり男達の手から離れ、少しはなれた地面にカランという音を立てて落ちた。

剣が地面に落ちるのとほぼ同時に私は髭面の男の鳩尾に蹴りを放ち、麻袋の男には剣を回し、柄部分で顎を突き上げると、男達は白目を剥いて地面に倒れこんだ。


『お前で最後だ』


御頭に向き直ると目を怪しく輝かせながら御頭は喚いていた。


「俺に従え!、俺に従え!!」


何度、男が喚いても私には何の変化もない。


「何で従わない!!」


『騎士を従えたたくば、王になるんだな』


私は男の頭目掛けて剣を突き出す。しかし、剣は男の頭を貫くことはなく、顔の横すれすれの壁を抉った。

殺してやりたいと思った。けれど、出来なかった。

こんな奴でも人を殺してしまったら私は私でいられなくなってしまう、そんな気がした。

壁につき立てた剣を引き抜くと、そばには白目を剥いて気を失っている小柄な男が転がっていた。


『さあ、帰ろうか』


剣を鞘に収めソアレの元に歩み寄ろうとすると、ギギッと背後の扉が開き私の良く知る声が部屋に響いた。


「ソアレ、アステル無事なの?」


振り返るとラミナを先頭にソフィアとマリーの姿もあった。


『ラミナ…』


ラミナの姿を見たとたん、張り詰めてた緊張の糸がぷつりと切れ、膝から崩れ落ちそのまま私は意識を失っていた。

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