第33話

席に戻ると綺麗に平らげられ空になった皿とカップが残されていた。

席に着いたとたん、わたしはテーブルに突っ伏し大きなため息を吐いていた。

良かった。本当に良かった。今度は間に合った。手が届いたんだ。

あの日の後悔は拭うことは出来ない。それでも、誰かの命を掴めたことが嬉しかった。


「ぱぱ、どうしたの?」


ソアレが心配そうにわたしに聞いてくる。嬉しくて涙ぐんでいるのが自分でも分かっていた。泣いてる姿はソアレには見せたくない。顔を伏せたままわたしは答えた。


『大丈夫、ちょっと嬉しかっただけだから』


「よかったね、ぱぱ」


言うとソアレはわたしの頭をよしよしと撫でていた。


「慌ててたから片付けそびれちゃったわ。片付けてくるから待っててね」


言うと微笑みながらマリーはトレーに開いたカップと皿を乗せると建物に向かっていた。



マリーが姿を消したのを見計らったタイミングで背後から声をかけられた。


「お兄さん、あたしと一緒に来てくれないかな?」


振り返ると栗色の髪をツインテールに結い上げた琥珀色の瞳の成人したかしないか微妙な年頃の少女が立っていた。顔や服装は可愛らしい少女なのに見つめられていると背筋がぞくりとした。

本能がこの少女が危険だと訴える。それなのに少女の琥珀色の瞳から目が放せなくなっていた。

少女の琥珀色の瞳に文様が浮かんだ瞬間、一瞬で意思が刈り取られ頭が真っ白になっていた。


「それじゃあ、一緒に行こうか」


少女が私の前を歩くとついていかなければいけない気がしてわたしは立ち上がり後に続いて歩き出した。


「ぱぱどうしたの?」


答えようにも思考が纏まらず喋れない。3晩ほど徹夜をした朝の目は開いているのに思考が抜け落ちてまともに喋れない状態が一番近い。


「良いから、行くわよ」


そう言う、少女の声はどこか焦っているようだった。


「ぱぱがいくなら、ソアレもいくの」


ソアレも席から立つとわたしに駆け寄りジャンプして手を握ってきた。反射的にその手を握るが、身長差でソアレの足が浮いていた。


「うぐぐ」


背伸びが辛くて苦しそうなソアレの声に意思はなくても身体は勝手に動き、片膝を折りそっとソアレを抱き上げていた。


「何なのよ…」


少女の声は呆れと驚きが入り混じったものだった。


「時間が惜しいわ、急ぐわよ」


言うと少女は人気の少ない路地に向かって走り出し、わたしもソアレを抱えて後を追った。


賑やかな商店街から長閑な住宅街を抜けて少女が目指していたのは街の外れの寂れた住宅街だった。

年期の入った木造住宅には住人の姿はなく、時折、小動物か何かが動き回るがガサゴソという音が聞こえるくらいだった。


少女が足を止めた先は古びて今にも崩れそうな木造の平屋だった。ボロボロの扉には鍵はなく少女が扉を引くと、ギギと軋みを上げて扉は開いた。部屋の中には勿論住人の姿はない。代わりに真っ暗な地下へ続く階段が口をあけて待ち構えていた。

戸惑うことなく、少女は腰につけていたポーチからカンテラを取り出しほのかに輝く魔石を入れると、カンテラは明るく輝きだした。カンテラに光が点ると少女はカンテラを手に地下への階段を降り始め、わたしも少女の後に続いて階段を降っていった。

外のオンボロ具合とは対照的に階段はしっかりした石造りでわたしの体重でも壊れることはなかった。

階段の終わりには木製の扉が設置されていた。最近作られた物なのか、もしくはきちんと手入れがされているのか、表の扉に比べると格段に目の前にある扉は綺麗なものだった。

規則正しく数回、少女が扉を叩くと中から鍵の開く音がして扉が開き、中から顔を覗かせたのは髭面の男だった。


「クックマーチか、で後ろのは何だ?」


男がわたし達について尋ねると、少女、クックマーチは


「レアものよ。御頭は戻ってる?」


「いるぜ」


「そう」


男が身を扉の奥に引くとクックマーチとわたし達は扉の中に入った。

扉の奥は大人10人ほどが入っても余裕のある広さの地面をくりぬいただけの地下室だった。

部屋の奥には場違いに豪華な机と椅子には目だけは獣のように輝く小柄な男が似合わない豪華な上着を身につけグラスに入れた琥珀色の液体をあおっていた。


「御頭、約束のレアものよ。だからあの子を返して」


酒をあおる、御頭と呼ばれる男にクックマーチは怒気をはらんだ声で言うと、男はわたし達の方に顔を向けた。キラりと一瞬男の目が輝く。


「ほお。確かにこいつはレアものだな。良いだろう、もってこい」


男が指示すると、先ほどの髭面とは違う別の男が一抱えもある麻袋を担いでクックマーチの前に現れ、麻袋を彼女の前に置いた。

慌ててクックマーチは麻袋に駆け寄り、閉じられていた袋を開くと中から銀色の体毛を持つ犬のような魔物、コボルトが顔を出した。


「ハル、無事で良かった」


「お姉ちゃんごめんよ」


頭を抱きかかえられたハルが申し訳なさそうにクックマーチに謝る。


「良いの、謝らなくて。お姉ちゃんが悪いんだから」


謝りながら、クックマーチは麻袋からハルを出すと抱きしめ、優しくハルの頭を撫でた。


「約束どおり、私達はこの団から抜けさせてもらうわよ」


ハルと共に立ち上がったクックマーチが御頭に宣言すると


「そんなのを信じてるから騙されるんだよ」


グニャリと歪むような笑みを御頭はクックマーチ達に向けると、突如クックマーチの隣にいたハルがクックマーチの鳩尾目掛けて拳を叩き込んだ。


「どうして、ハル?」


それだけ呟くとクックマーチは地面に倒れこんだ。そんな彼女を見つめるハルの瞳は虚ろだった。


どさりと何かが落ちる音をきいた瞬間、真っ白になっていた意思が戻ってきた。

ここはどこだ?あいつらは誰だ?ソアレを抱いた腕に思わず力が篭る。

わたしが身構えると御頭はちっと舌打ちをした。


「気絶したから術が解けちまったか。まあ良い、俺がかければ良いだけか」


まずい、あの眼は見ちゃいけない。慌てて背を向け眼をみないですむことが出来たと思ったのもつかの間、突如現れた虚ろな瞳のオークに羽交い絞めにされていた。


『離せ!!』


振りほどこうと身をよじっても抜け出せない。こつこつと踵を鳴らす音が近づいてくる。


「手間かけさせるな」


下から御頭の眼がわたしを睨みつける。もう、逸らそうとしてもその眼を逸らすことは出来なかった。


「俺に従え」


御頭の言葉と共に意思が黒く塗りつぶされていく。嫌だ嫌だ。


『い…や……だ』


かすかに漏れたわたしの呟きにソアレが反応した。


「ぱぱをいじめるな!!」


大声で叫びソアレは御頭を睨みつけた。


「大人しくしていれば痛い目みずにすんだものをなぁ」


歪んだ笑みを浮かべながら御頭は別のオークに自身を抱えさせるとソアレと目線を合わせるとその顔に向かって手を振り上げた。


次の瞬間、声を上げたのはソアレではなく鼻血を流した御頭の方だった。


「何だと」


鼻を押さえながら驚きに男は目を見開いていた。

思考は真っ暗で自分が誰なのか、ここがどこなのか何も分からない。それでも腕の中にある存在だけは守らないと、その想いだけでまだ自由な頭で男に頭突きをかましていた。

男が動揺したことでわたしを羽交い絞めにしていたオークの拘束が弱まりうつ伏せに倒れそうになるのを無理やり身体を捻り背面から倒れこんだ。

直ぐに起き上がり、腕の中の存在を守る形で片膝をついた形でわたしが止まると男はぐしゃっと整えていた頭を乱暴に乱すと喚きだした。


「あぁ、なんだよ面倒くさい。ハルはマーチつれてけ。お前はあいつらに着いて牢にでも入ってろ」


男は銀毛のコボルトを指差すとコボルトは少女背負うと鉄格子の扉の中に自分から入っていった。わたしもそれに倣い牢に入ると後ろから鍵の閉まる音がした。


「お前らそこで大人しくしてろ。俺はこれから商談に行ってくる」


それだけ告げると小柄な男はオークと髭面の男と麻袋を持ってきた男を引き連れて部屋を後にした。

わたしはぼんやりとその後姿を見つめていた。

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