第31話

取り残され、困惑気味のわたしとソアレにマリーはにっこりと笑顔で


「じゃあ、お姉さんと良いところ行こうか?」


「いいところ?」


ソアレが小首をかしげて聞くとマリーは腰のポーチから5本の鍵がまとめられた環を取り出し、1つを扉の鍵穴に差し込み回し扉を開いた。


扉の外は先ほどまで人通りの少ない裏路地とは全く別物の大通りに面した建物の外側には日傘付テーブルに椅子がいくつも設置され、席では人々が本を読んだり、お茶や軽食を楽しんでいる姿があった。


『これは?』


驚きに思わず声が漏れる。そんなわたしにマリーは楽しそうに笑いかけた。


「驚いた?転移魔法の一種を鍵に封じ込めたものよ。転移陣みたいに陣を書いて魔力を送らなくていい代わりに作るのが面倒なのよ」


『そうなのか』


しげしげとわたしが鍵を見つめているとマリーは人差し指を口元に当てならがウインク1つ


「まあ、作り方は企業秘密だけどね。さて、良いもの頼みに行きましょうかね」


言うとマリーはソアレに笑いかけた。


「いいもの?おいしいもの?」


目を輝かせるソアレの手をマリーは取るとテラスに併設された建物の扉を開いた。


店の中に入るとまず目に入ったのが硝子のショーケースの中に並べられた宝石のように美しいケーキの数々だった。


「きれーい」


ソアレが率直な感想を述べる。


「でしょでしょ。綺麗なだけじゃないのよ。すっごく美味しいの」


「ソアレもたべたいな」


「良いよ。お姉ちゃんが買ってあげる」


「やったぁ」


無邪気に喜ぶソアレの頭をマりーは優しく撫でるとショーケースの方を指先した。


「お姉ちゃんのお薦めはね…」


ソアレとマリーが楽しそうにケーキを選んでいる姿は微笑ましくもあったが、目の前にいるのに少しだけ二人が遠くにいるようだった。


ケーキを選び会計を済ませたマりーが美しいケーキとお茶の入ったティーカップの乗ったトレーを両手に先に席についていた私達の元に戻ってくると、ソアレの前に赤い宝石のようなケーキと橙色の果物のジュースを置き、マリー本人の前には紫色のケーキとお茶をわたしの前にもお茶と空の皿を置くと、腰のポーチから桃色の魔石をこっそり出すと空の皿の上に置いた。


「ここのケーキなら魔石を置いてもばれにくいでしょ」


そう言うとマリーはにっこりわたしに微笑んだ。

ラミナもそうだが、マリーも食べられないわたしを気遣ってくれている。二人の気遣いを思うと思わず涙が出そうになった。


『ありがとう』


わたしが礼を言うとマリーは微笑んだままフォークを持つと


「いえいえ、それじゃ、頂きましょうか」


「はい~」


さっくりと二人がケーキにフォークを入れると中から表面と同じ色のクリームと果物が顔を覗かせ、大きく切り分けすぎたのかソアレは口の周りをクリームまみれにしながら美味しそうに口をモゴモゴさせていた。

わたしも貰った魔石を吸収するとふんわりと花の良い香りが漂った。


『良い匂い…』


思わず呟くとマリーは満足げに


「でしょでしょ、花の魔石よ。あんまり出回らないんだけど君が来るって聞いてたから用意したのよ」


『わざわざ、ありがとうございます』


マリーの気遣いに礼を言うと


「良いのよ、私もラミナさんにはお世話になったから、気に入ってくれたなら良かったわ」


と笑顔で返された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る