第14話

ソアレを拾ってからあっという間に9ヶ月が過ぎた。

何事もなく平穏無事とはいかず、やれソアレが高熱を出したお腹を壊したなどと命に別状はなく、過ぎてしまえば笑い話になるようなこともその時は心配でないはずの胃がキリキリと痛んだ気がするほどだった。

そんなことを乗り越えてソアレはすくすくと育ち、わたしもここでの生活に完全に馴染んでいた。


この日は鉱山ゴブリンの所にラミナ特製の薬品を届けに行く日だったが、生憎外はしとしとと冷たい雨が雨が降っていた。

ソアレが3ヶ月経ったころからラミナとソアレも一緒に散歩がてらに鉱山まで一緒に行くようになり、ソアレはゴブリン達に大層かわいがられていた。

きっとゴブリン達も二人が来るのを楽しみにしているだろうが、この冷たい雨の中ラミナとソアレを連れて行くのは気が引けた。


『今日は雨も降っているし、わたしだけで行ってくるよ』


「そうね、この雨じゃ散歩してる場合じゃないものね」


わたしの言葉に頷くラミナの足元にはつたい歩きが出来るようになったソアレが掴まりやすいようにとラミナが最近着だしたエプロンスカートの裾をぎゅっと握り締め不安そうな顔でわたしの方を見ていた。


『今日は届け物を渡したら直ぐ帰ってくるよ』


不安そうなソアレの頭を撫でてやると撫でた右手の人差し指をソアレはぎゅっと握り


「ないない」


と首を横に振りながら強めの口調でわたしに向かって言った。


『大丈夫、いなくなったりしないから』


屈んで暫くソアレを抱きしめた。ソアレとラミナを置いて絶対に死ねないし、死んでたまるものか。


『それじゃ、行ってくる』


立ち上がりテーブルの上に置かれた肩掛け鞄を肩にかけ、ラミナの用意してくれたフード付の雨避けマントを羽織り最後にフードを被りわたしは家を出た。



雨でぬかるんだ道は歩きにくかったがそれ以外は順調に進み、普段より少し時間が掛かった程度で鉱山ゴブリンの村に到着した。

村に到着すると真っ直ぐ村長宅に向かうと村長とお決まりのようにアネモスとルルビの兄妹がわたしを出迎えてくれた。


「なんだよ。今日はソアレとラミナいないのかよ」


わたしだけの姿しかないことにアネモスは不服そうな顔をし、ルルビと村長は揃って残念そうな顔でこちらを見ていた。


『すまない。今度は二人も一緒にくるから』


「絶対だからなー」


『晴れるように祈ってくれよ』


たわいもないやり取りをわたしとアネモスは交わすとわたしは村長の方に向き直り、肩掛け鞄の中身をテーブルに並べ始めた。


『今月の依頼の品です。確認願います』


村長は目視で薬品の数と種類を数える終えると


「依頼の品、確かに頂戴した。いつもの報酬じゃ」


既に用意してあった魔石の詰まった皮袋をわたしに手渡し受け取ったわたしはすぐさま皮袋を肩に担いだ。


「なんじゃ、今日はすぐに帰るのか?」


少しばかり驚いた声で村長が尋ねてきた。


『ええ、今日は早く帰ると約束したので』


帰ろうとするわたしにアネモスが不満の声をあげた。


「なんだよー。茶くらい飲んでいっても良いだろ。今日はルルビがお菓子作ったんだからさ」


言われて、テーブルを見ると手作りのクッキーが皿に並べられていた。


「みんなで食べたら美味しいかなって…」


俯き加減で上目遣いでルルビがこちらを見つめてくる。これはお茶をするまで返してくれそうにないな。諦めてわたしは席につき


『お茶だけだからな』


とアネモスとルルビの方をみると二人は満面の笑顔で頷いた。


勿論、わたしはクッキーを食べることも出されたお茶を飲むことも出来ないが、楽しそうに喋りながらクッキーをほおばる二人の姿を見ているのは楽しかった。

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