本当の敵は、誰? - 2
後でちゃんと教えるから、と伝えて次の宿まで歩き始めたが、そのことについて改めて聞かれたのは宿屋に着いて、一階で夕食をとっていた時のことだった。
「で、結局なにしてたんだ? あの時」
後で説明すると言った
が、その事はなるべく顔には出さずに、口の中の物を飲み込みながら頭の中を整理する。
「――あれね、ダッドの脈を確認してた」
「お前とうとう……」
「違うわよっ!」
レオンの顔つきが真面目になりかけたのを見てあたしは慌てて否定する。あたしの反応を見たレオンは「なんだ」と背もたれに寄りかかった。
「まあちょうどいいか。ちょっと気にはなってたし」
「なにが」
あたしはサラダの葉っぱを口に運びながらレオンの言葉に耳を傾ける。
――このサラダ、ちょっと乾燥してない?
「トレイトで、ダッドを斬らなかった理由だよ」
レオンはそう言ってチキンステーキをひとかけら切り分けて口に入れる。
……あー、手首掴まれた時のことかな?
深紫色の甘酸っぱいエピジュースで口の中を綺麗にしてから、あたしはその質問に答える。
「あれは……個人的に同じ人間の欠損はあんまり好きじゃないし、あの距離でやったら血がつきそうだったし」
これでも狩猟は村でやらされたので、動物を捌くのは一応平気だったりする。が、やはり同種となると、抵抗感というのは生まれるわけである。さすがに「切断してみろ」と、自ら練習台になる大人はいなかったし。
――斬れ、とか言ってくるおっちゃん以外に、そんな奴いたら、あたしきっともう人生捨ててる。
「盗賊退治の時は結構大層なことを言ってた気がするけど、お優しいこったな。別に武器を握らない人間ならそれでいいんだろうけど」
レオンはそう言うが、遠回しな嫌味か、それは。
ジト目になるあたしを気にせずに、レオンは続けて聞いてくる。
「もう一つ。人を斬ったことはある、って言ってたが、人を殺したことは……たぶんないよな?」
「そりゃあね。故意に誰かを殺したことはないわよ」
あたしがつけた傷が原因で勝手に死んでたりするのは知らないけど。
「じゃあ、殺す覚悟は?」
まるで何気ない日常会話のように切り込んでくるなぁ、彼。
そんな彼は相変わらずチキンを切り分けては添えてある野菜と一緒に食べたり、パンを口でちぎって食べたりしている。
「できればそんな覚悟したくないから、あたしの知らないとこで勝手に死んで欲しいわね」
「剣士として旅して食ってくなら、そうも言ってられなくなると思うけどなぁ」
「それは、いざそうなった、って時に考えるわよ。遭遇したこともない状況で空想を考えたってわかるわけないんだし、答えが出るわけでもないんだから、考えたところで無駄に気を病むだけじゃない。あたし、そーゆー自分から暗くなるのって好きじゃないの」
そう返して、あたしもパンを一口、スープを飲む。
「――ちゃんと初心者っぽいとこもあって安心したよ。ま、オレが同行してる間はオレができるだけ引き受けてやろう」
それはつまりなんだ。あたしの答えが気にくわない、または彼としては合格点じゃないってことか。
「随分上から目線じゃない」
「そりゃまあ、お前より戦闘経験は多いし、先輩としては面倒見てやらんと、とは思うわけだ」
「そーゆーのも余計なお世話よ」
ホントにお節介な世話好きだなぁ、彼。
そのうち別行動になるであろう、出会って数日の他人を「先輩だから」なんて理由で構うなんて。
「で、話戻すけど」
あたしは目の前のジンジャーポークを一皿あけて、二皿目に手をつける。
サラダはあんましいけてないけど、お肉はそこそこ美味しい。が、もうちっと味薄くても良いような。
「ダッドの脈を確認してたって言ったけど、あいつ脈なかったのよ」
「やっぱりお前……」
「だから違うってば」
「だったら……」
食べる手を止め、レオンは眉をしかめる。
そりゃそうだろう。真っ当な反応だ。
「ちょっと色々気になっててね、その確認の一環よ。
で、さっき話してて、あれ? って思ったんだけど、トレイトの町で、レオンがダッドの腕を斬ってあたしを助けてくれた時、あいつの腕から血が出てたかって、わかる?」
彼は完全に食べる手を止めて、しかめっ面をしたまま虚空をにらみつける。その顔が少しして、さらにしかめっ面を濃くした。
「なあ、流石に変だぞ。オレの服もミナの服も、流血で汚れてないだろう?」
「んじゃあ、やっぱり血が吹き出してなかったのはあたしの見間違い、ってわけじゃなさそうね」
あの後の爆発ですっかりどこかにすっ飛んでいたが、普通に考えてみて欲しい。
あたしはさっき「あの近距離で斬ったら服が血で汚れるから嫌だ」と言ったのだ。しかし、結局はレオンがあいつの腕を斬って助けてくれている。となると、特にあたしの服は血で汚れてないと変なわけだ。
――その、手首にぶら下がったままだったんだから。
「そうなると、たぶんトレイトで会ったのも、今日会ったのも、どっちも死体でしょうね」
あくまであたしの予想だけど。
「死体って……
「あたしの予想じゃゾンビかしらね。ゾンビは見た目がきれいって読んだことあるし」
「ああ確かに。ゾンビは労働として使える悪人の死体じゃないとダメらしいからなぁ。死刑囚の監獄に足運ぶと見れたりするぞ」
一方、それ以外の
ちなみに、二回目にダッドが召喚していた
つーか、ゾンビって監獄で普通に見れるんだ……。もっとこう、森深いところにある
「そうなんだ……。まあ元々は、死体に鞭打って悪人を働かせて、次の生に向けて更生させる――っていう死後世界や転生論がベースになって考えられた術、って聞くし、監獄で実際に使われているってのは、本来の術の使用目的に沿ってんでしょうね」
「……死後世界?」
「……もしかして、知らない? |創世の
あたしの確認に、レオンは首を横に振った。
寝物語によく聞かせてもらったのは、あたしの村だけだったりするんだろうか?
まあいいや。
「創世――つまり、この世界を創ったっていう、この世界の神様のお話よ。
昔々、神様が空と大地を分け、水を創りました。そして、木々が生え、あらゆる生物が生み出され、営みが生まれました。
地上を創り出した神様は次に、地上を見守る自身に代わり、天上で動いてくれる天使たちを創り出しました。天使たちは神様の代わりに、地上から天上に返ってくる魂を正しく導き、次の転生へと送り出すのです。
そうして、神を守り、あの世を管理する天使たちの居場所は
だから全ての生き物は、
この
まあよくある、神話の一つである。いくつか派生があるらしく、村で読めた創世神話の本の類もところどころ記述が異なっていたりしたが、総括するとこんな感じである。
「ふぅん……。で、それとさっきのゾンビの術、ってのはどう関係してるんだ?」
「生き物はここで天使たちに生前の悪行を裁かれ、その罪を天上で
悪人にそこまで情けをかけてやる必要があるんだろうかと思ったこともあるが、死してなお強制労働させられるっていうのは、それはそれで文句も言われずこき使えて、こっちも悪い気がしない、ってのでいいかもしんないと思い直したことがある。
「それって、意味あるのか?」
レオンに聞かれてあたしは言葉に詰まる。
ま、まあ、ゾンビになった時点で魂って肉体に残ってるのかな? って疑問に思ったことはある。もし残ってなかったら……天上と地上で二重労働させられてるんじゃないだろうか、と……。
「それは、あたし見たことないし、
「さすがにそれは、なんか違くないか?」
だったら適当に流してよ。あたしも適当にそれっぽい感じがするものを言ってみただけなんだから。
あたしは咳払い一つ「えー」と話を戻そうと……。
「……何の話してたっけ?」
「えーっと……ダッドがゾンビじゃないか、ってとこまで聞いたんだっけか……?」
あ、そこか。創世神話でだいぶ話が逸れてたわね。
「まあ、見た目の理由でゾンビじゃないかって考えてるんだけど、だとすると意思がはっきりしていた気がするのが気になるのよね」
「そうだな。オレが以前見たゾンビは、もっとこうボーっとした感じだったし、そこは当てはまんないな」
「でしょう?
ゾンビかどうかはとりあえず横に置いておいても、他にも気になる点があるのよ。
最初はオーク、次は
もし全員別人で、三人目だけ魔術師の死体じゃなかったなら、辻褄があうのよね」
ついでに、使用する魔術にムラがあったり、物理で攻撃してきたり、してこなかったりと差があったのも、そういうことなのかもしれない。
「そもそも魔術師じゃないから、術が使えないってことか」
レオンが納得したように頷くのを見て、あたしも彼の言葉を肯定するように頷いた。
「そういうこと。これも
――ただまあ、あたしたち、たぶんまだダッド本人に会ってない、ってのは確実だと思うの」
レオンがきょとんとした顔をした。
「あの自称ダッドが
「ああ、その術者が本当のダッドじゃないか、ってことか」
「そういうこと」
ま、予想が当たっていれば、の話なんだけど。
ただ、もう一つのわからないことは全く
あたしは残りのスープを全て口に流し込みながら、あたしとレオンが話す横で黙々と、珍しいものでも見るかのように目玉焼きの乗ったハンバーグをつついているメルを見た。
本当のダッドが他にいるとしたら、なぜこんな手のかかる方法でメルを連れ戻そうとしているのだろうか。失礼だが、帰る場所がないと意思表示した彼女に、そこまでの価値があるとは、今のところ思えないのだが……。
はっ、まさか彼女の家出に協力しているとか――⁉
――なわけないか。金目のない女の子の家出に賊ごときが手を貸す訳がないし。そうだったとしても、金持ちの家の子ならとっくにどこかで話を小耳に挟んでいそうだ。
そもそも、ハンバーグを物珍しそうに見ている子がお金持ちの家の子とは、やはり失礼だが、到底思えない。
まあともかく、今確実にわかることは、あたし達はまた近いうちに「ダッド」と会うことになるだろう、ということだけか。できれば次で終わりとしたいが……さてはて。
あたしはジンジャーポークの最後の一切れを、名残惜しそうに口に入れた。
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