四、本当の敵は、誰?
本当の敵は、誰? - 1
トレイトタウンを出てからケルディアタウンまでは、目立った戦闘もなく平和な旅が続いていた。あったといったら、遠目に
ところが次の日、ケルディアタウンを立ったその日の午後。なんと、無遠慮にあたしたちの行く手を遮る奴らが現れたのだ。
町を立ち、川沿いでお昼休憩をいれ、再びレイソナルシティへ続く街道を歩き始めて小一時間。辺りにすれ違う人もいなくなった頃のことだった。
「よう、お嬢ちゃん。久しぶりだな」
見知らぬ
当然だが「久しぶり」と言われても、あたしに盗賊の知り合いは、いないわけで。
「レオン、知り合い?」
小声でレオンに振れば、彼は首を横に振りながら
「いんや。オレ、そもそも嬢ちゃんじゃねえし」
と答える。
「え、じゃあまさかメル?」
ひそひそと話し合うあたしとレオン。メルは無反応。
「ミナじゃないのか?」
「全然知らない」
さて、あたしもレオンも知らないとなると……無視しちゃダメかな?
だがそれは、相手の数を思い出して思いとどまる。無視して通り抜けるには、やや数が多い。
「なんだい、また忘れたってのかい?」
先頭に立って話しかけてきた破落戸が、再び声をかけてくる。
いやだから、こんなスキンヘッドにちょび髭生やしてるようなおっさんなんて、知らないってば。
でも「また」? 最近「忘れた」って単語はどこかで……また忘れた?
「まさか……ダッド、とか言わないわよね、あんた……」
ここ最近でこんな変な状況に遭遇したのは、ダッドの件しかない。
しかし、ダッドは目の前で自爆して、その末路も、あたしたちは目の当たりにしている。はっきり言って生きているはずがない――のだが、その破落戸は、はっきりとこう告げる。
「なんだ、覚えてるじゃないか。そうさ、ダッドさ。先日はまた世話になったな。てことで、今日こそはそのお嬢ちゃん、返してもらおうか」
理解不能な出来事に意識が遠くなりかけるが、あたしは頑張ってその場に踏みとどまる。
「ええと……、レオン。一般的にこういうことって、よくあるもんなの?」
「あってたまるか……。オレだってこういうケースは初めてだって……」
あ、やっぱりそうよね……。
あたしが井の中の蛙で、実はこういう出来事が日常茶飯事である……なんて言われた日には、ちょっと精神的に折れそうなので、レオンにそう言ってもらえると救いがある。
しかし、そうなると、今、目の前で起きてる出来事って、なんなのだろう……。
「んーとあの、毎回見るたび人相が全然違うんだけど、ダッドって、名前じゃなくて姓の方だったりするわけ? で、今までのは、全員兄弟だった、とか?」
「なに言ってんだい。ダッド様はダッド様よ。顔がちょっと違ぇくらいでぐだぐだ言ってんじゃねえ」
ちょっとじゃないからっ!
頑張って考えた推理は、いとも簡単に本人によって否定される。まだ毎回同じ顔が出てきて全部
あたしは自分で考えていて違和感を覚えるが、それが何かについてはピースが足りなく、わからない。
まあとにかく今わかっているのは。
「どうせイヤだって言ったら、じゃあ力づくで、ってなるのよね?」
「まあ、そうなるだろうなぁ」
ダッドがにたにたと含み笑いで答えれば、周りの破落戸どもも、それに応えるように刀やら鎖分銅やらを構え始める。
各々に武器なんぞ構えて、脅しのつもりなんだろうか?
あたしはレオンと困ったように顔を見合わせる。
レオンもいるし、こんなやつら二十人いても大した敵ではないのだが、はっきり言えばめんどくさい。
特に一番めんどくさくて厄介なのは、ダッドの召喚術である。今のところは何か呪文を唱えている様子はないようだが。
レオンが諦めたように軽く息を吐き、剣を鞘から抜きながらダッドに尋ねる。
「なあ、あんた。これで負けたらきっぱりこの女の子のことは諦めてくれないか?」
「悪いんだが、そいつは聞けねぇ」
「だったらせめて、同じ顔で出てきてくれ……紛らわしいし気味が悪い」
「それはまあ、考えておこう。保証はできねえが」
えっ……。考えておこうって、やろうと思えばできるの⁉
ではやらない理由はなんなのか。本当、レオンの言うとおり、不気味ったらないから、そうしてくれるとありがたいんだけど……。
そんなことを考えながらも、同様に剣を構えつつ、あたしは口の中で呪文を唱え始める。
「すぐ片付けるから、メルは下がってろ」
レオンが優しく、メルを下がらせる。
空気が張り詰め、一触即発にまで膨らんだその瞬間。
「
あたしは剣に呪文をかけながら、杖の様にその剣を振るう。
ピシャン――ッ!
あたしの剣から稲妻の閃光が走り、適当に選んだ破落戸に盛大な音を立てて落ちる。と、同時に落ちた衝撃波が近くにいた破落戸たちを巻き込んでなぎ倒した。落雷地点に選んだ破落戸は、たぶん感電するだけですんでる……と思う。
衝撃波をくらってなぎ倒された破落戸たちは、地面を転がり呻き、起き上がる気配がない。
――よし、これで残り半分!
「ちっ、人間じゃやっぱりこの程度か」
倒れた男たちを一瞥したダッドは舌打ちをすると、自らこちらに向かって踏み込んでくる。
「レオン! また何か召喚される前に!」
「わかってる!」
あたしが声をかける前にすでにレオンもダッドに向かって駆け出していた。
一気に間合いを詰めると、剣がぶつかり合い、白銀が散る。が、剣の腕は当然レオンの方が上!
軽くダッドの剣を絡め取ると、レオンは拳をダッドの鳩尾に容赦なく叩き込んだ。ダッドは蛙が潰れたような声を上げながら、肺の中の空気を無理やり押し出される。
うっわぁ、痛そう。
あたしもよく村で「反射的に急所を守れるようにする訓練」と称して、大人たちに鳩尾に入れられていたが、さすが人体急所の一つだけあって手加減されてもそらもう、しばらく動けないくらいにはダメージが入る。あれは二度とやりたくないし、やられたくないもんである。
ダッドが鳩尾のダメージで背中を丸めた隙きを突いて、レオンの手刀がダッドの首筋に入った。
これで完全に落ちたかと思いきや、意外と頑丈なのか、ダッドは目だけでレオンをギロリと睨んでいる。そこに破落戸が数人がかりでレオンに挑みかかり、彼はダッドから引き離された。
惜しい!
ダッドさえ落としてしまえば、後はもうどうとでもなるというのに。
そうこうしているうちに、先ほどとは違う呪文を唱え終わったあたしは、ダッドの方に駆けながらそれを自分の剣にかける。
「
先程よりも威力の低い雷が剣を覆う。あたしはその状態で、ダッドまでの道を塞ぐ、手近な一人を剣の腹で殴りつける。
バチン――と、先程よりも控えめに弾ける音がすると、男は気絶して力なく地面に倒れ込む。
よしよし。これなら、さっき使ったのよりも安全そうだ。
同じ
一方、先程使った術は、剣に纏わせた雷撃を、衝撃波を伴いながら相手に落とす術なのだが、村の大人たちを相手にしていた経験で使ったら、思った以上に効果があって、ちょっと個人的にびっくりしてしまって。あの村、もしかして想像以上に常識離れしてるんじゃ……。
自分が数日前まで暮らしていた故郷に、背筋を薄ら寒くしながらも、あたしはいまだ蹲るダッドまでたどり着くと、先ほどと同じ要領で剣を叩き込む。
一瞬、身体を硬直させると、ダッドは今度こそ本当に気絶した。
よっし!
内心ガッツポーズをとりつつ、周囲を確認すると、二十人もいたはずの破落戸もわずか三人を残すのみとなっていた。
あたしはその破落戸三人に、雷を纏わせたままの剣の切っ先を向ける。
「で、後はあんたたちだけだけど、どうする? まだやる?」
さり気なくレオンも距離を詰めてくれている。
――予想通り、残り三人は悲鳴を上げて、その場をすたこらさっさと逃げていった。
「終わったー!」
術を解いてあたしは「ああ、スッキリ」とバンザイすると、水を差すようにレオンが後ろから小突いてくる。
「言ってないで、こいつら縛り上げるの手伝えって」
わかってるけど、少しは勝利の余韻に浸してくれたっていいじゃない……。
文句は思うも、口には出さない。もちろん、大人だから!
こほん。それはともかく、さっさと縛り上げてこいつらから距離を取らなければ。あたしとレオンの二人で、ダッドと破落戸をその辺の木に縛り付ける。
その時、あたしは少しだけ思いついて、気絶しているダッドの首筋に指を添えてみた。
――これは……。
「ミナ、行くぞ」
「いま行く」
呼ばれたあたしは、ダッドから離れてレオンとメルと合流する。
「なにしてたんだ?」
「んまあ、ちょっと気になることがあってね。話は後で。とにかく、先を急ぎましょう」
違和感を感じたのが間違いではなかったのは、確認して確信へと変わった。この場所でぺらぺら予想を喋ろうものなら、ダッドに聞かれる可能性もあるし、それはこっちの得にはならなそうだ。
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