謎の少女・メル - 2

「それじゃあ、あたしが今から一字ずつ発音していくから、該当する字を発音したら頷いてね」

 あたしが少女に方法を確認すると、少女は一口ほど残っていた残りのスープを飲み干し、一つ頷いた。

 カラになった器をレオンに預け、少女はベッドに上半身を起こした状態で首だけをあたしに向ける。

「じゃあ、始めるわよ」

 さて、あたしが一体なにをしているのか、と言うと彼女の名前を教えてもらっているのである。

 彼女が目を覚まして色々尋ねてみたところ、どうも言葉を話せないらしいことがわかったのだ。

 字が書けるか確認すると、これは首を横に振られた。筆跡での会話もできない、ということになる。

 で、考えた結果が、面倒だがあたしが一字ずつ発音していく、という方法だった。

「め、る……終わり? あなたの名前は、メル、でいいのね」

 あたしの確認に、少女は一つ頷いた。

 メル、か。さて、彼女に色々聞かなければならないが、イエスかノーで答えられる質問にしないと。

「それじゃあメル……あなた、帰る家はここから北か南にある?」

 あのダッドとかいう奴は、彼女のことを預かりものと言っていた。さしずめ、誘拐して身代金でも要求してたといったところだろう。わりとそういう類の救援依頼は多いと、村の大人達が言っていた気がする。

 ということで、とりあえず地図を見せながら方角で尋ねてみたが、メルは、首を左右に振る。どちらでもないということか。

「それじゃあ、西か東?」

 メルはこれにも首を横に振った。

 あれ……東西南北全ての方角の選択肢がなくなったぞ。

 予想外のメルの返答に、あたしはレオンを見て助けを求める。レオンも汲み取ってくれたのか、少し顎に手を当てて考えると、柔らかい口調でメルに尋ねた。

「家は、この街にあるのかい?」

 ああ、なるほど。東西南北にないのなら、すでに彼女の住む町にいるのでは、ということか。

 が、メルはこれにも首を横に振る。

「……お嬢ちゃん、帰る家は、あるのかい?」

 レオンの質問に、メルは首を横に振った。答えはノー「帰る家はない」である。

 え? じゃあ「預かりもの」ってのは、身代金とかそういう話じゃ、ない……?

「ええっと、それじゃあ行く所は?」

 メルは首を横に振る。

 彼女、先程から質問に全て首を横に振っている。……わざと首を横に振ってるとか、そういうのではないわよね?

 なんだか不安になってくるので、他の答えが欲しくなってくる。

「……盗賊に捕まる前は、どこにいたのかわかるか?」

 今度もメルは首を横に振る。

 ええいそれじゃあ!

「盗賊に捕まっていた理由に心当たりはある?」

 やけになったあたしの質問に、メルは首を横には振らなかった。が、縦にも振らない。

 ようやく引き出した「いいえ」以外の答えだが、黙秘――ということだろうか。

 困ったあたしとレオンは、もう一度顔を見合わせた。

「こういう場合、どうしたらいいもん?」

「うーん、こうなると街でこの子のことを知ってる人がいないか聞き込みをしてみるしかないが……」

 そこでレオンが「あ」と声を上げて、今一度メルに問いかける。

「お嬢ちゃん、戻る家はないって言ってたけど、ご両親や身寄りもいない、ってことでいいのかい?」

 メルは首を縦に振った。

「ってことは、聞いても無駄足になるかもな……」

 うーん……? そうなるとますますあのダッドの「預かりもの」の意味がよくわからなくなるぞ。

 ダッドといえば、オークの召喚陣を気配の欠片もなく隠したり、強いオークを喚び出したり、そこそこできる魔術師かと思えば、その後は特に威力のある術を使うでもなく、最後は明らかに場に対して魔術の選択をミスしているし、なんだか魔術師として妙にちぐはぐしている感じがする。

 この奇妙な違和感は、なんなのだろうか。

「とりあえず、聞き込みはするか?」

「そうね。今日はこの子も疲れてるだろうし、もう日も沈むし、明日にするのはどう?」

「賛成だ」

 レオンと相談して、はたと気づく。

「そういえば、もう報酬は受け取ったけど、いつまであたしについてくるの?」

 あたしに言われてレオンは軽く目を開く。彼も言われるまで気付いていなかったようだ。

「そういえば、盗賊退治に付き合うって言ってついてったんだったな。――まあ、この子のことも気になるし、途中で投げ出すのも気が進まないし、ミナ一人に預けるのもそれはそれで心配だし……。

 メルの件が一段落するまでは同行させてもらうよ」

 なんだか随分な言われようをされた気がするが、手伝ってくれるというのなら断る理由はあるまい。

 そうなるとさっきの約束、メルの件が片付くまでにどうにか彼をその気にさせないとかー。

「ありがと。あなた、いい人なのね。一緒に野宿した時もなにもしてこなかったし」

「だから、そういう趣味は持ち合わせてないって……」

 それは、どういう趣味だ――とツッコミたくはあったが、こちらも疲れているしお腹も空いてきた。

「メルも、それで構わないかしら?」

 これに、メルは頷きも否定もしなかった。

 ううむ。まあ、拒否はしてないみたいだし、いいか。もちろん明日の彼女の体調を見ながらではあるが。

「よーっし。じゃあ、あたしたちもご飯にしましょ! ご飯♪ ご飯♪」

「それにも賛成だけど、ご飯になった途端テンション高いなぁ」

 なにを言うか! この男は!

 あたしは水を差してくるレオンをギロリとひと睨みして、天を仰ぐ。

「食べれる時に食べれる幸せ! ってのを知らないからそんなことを言えるのよ! ああ、ご飯が食べられることに感謝感謝~♡」

 両手を握りしめて天に感謝するあたしに、レオンが後ろでぼそり。

「……村でどういう生活してたんだお前……」

 もちろんこれには「余計なお世話だ」と無言で蹴りを入れておいた。

 相談した結果、二人ともメルの傍から離れて何かあってはまずいと、宿屋のおばちゃんに頼んで、部屋でご飯を食べさせてもらうことになった。夜のレオンは普通に一人前、あたしは今度は二人前。

 向かいのレオンに「昼にあれだけ食べたのにまたよく食べるな」と言われたので、とりあえず机下の足を踏んづけて抗議をしておいた。

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