翌日。長かった学校を終えた僕は、足早に昨日の公園へと向かった。クラスメイトなのだから、寒河江さんがまだ学校に残っているのはもちろん承知の上なのだが、学校から早く立ち去りたいということもあって、僕は先に公園へと向かった。


 寒河江さんが公園を訪れたのは、僕が到着してから何十分と経たない後だった。


「思ったより早かったです……いや、早かったんだね、寒河江さん」


「私もあなたと同じで、あまり学校にはいたくないのよ……えっと、……」


「中居向」


「そう、中居向くん。やっぱり、嫌いな人がいるような場所には、できる限りいたくないわ」


 寒河江さんは、僕が座っていたベンチにすっと腰掛けた。残念ながら、昨日のような恋人の距離感ではない。


 いや、残念ながらって。


 変態か。


「そうそう、えっと、」


「中居向!」


「そう、中居向くん。中居向くんは、なぜ私ともう一度会おうと言ったの? 昨日は二つ返事で承諾してしまったけれど、私には今一つ理由がわからなくて」


「ああ、そう言われれば……」


 僕は昨日、衝動的に寒河江さんを引き留めてしまったけれど、なぜか、なにをしたいのか、といったことには全く触れていなかった。今思えば、寒河江さんは理由も聞かずによく了承してくれたものだ。


 憧れたから。寒河江さんの強い心をそばで見ていたいから、――そして、僕自身が寒河江さんのようになりたいから、というのが本当の理由にはなるのだけれど、そんなことを言えば引かれた後に縁を切られかねない。


 僕は答えを待つ寒河江さんに、少し迷いながら話した。


「えっと……昨日僕は、寒河江さんが、その……いじめを受けていることを知った訳なんだけど」


「うん」


「だから、同じ境遇に置かれている人と話したかったっていうのと……愚痴……そう、愚痴とか言い合ってストレスを発散できたらなって思って……」


 本当の理由ではない。そのことに罪悪感を覚えてしまうが、僕が思いつくまま語ったこの言葉も、本心ではあった。だからと言って僕の後ろめたさが軽減されるというわけでは全くないのだけれど、誠意が伝わってくれればと僕は思った。


 僕の言葉を聞いて寒河江さんは、


「ふうん?」


 と、ただそう言った。


「え、リアクションそれだけ……?」


「リアクションなんて求められた覚えはないのだけれど……まあ、あなたの言い分はわかったわ。それに、おもしろいと思う。愚痴を誰かに言うのって、心がすっきりしそうで」


 一人でうんうんと頷く寒河江さん。どうやら、僕の提案を呑み込んではくれたらしい。よかった。


「それで、どんな愚痴があるの?」


「そりゃもう、たくさんあるよ。えっとね――」


 僕と寒河江さんはこの後、日が完全に暮れてしまうぎりぎりまで話し込んだ。とは言っても、後から考えてみれば僕が一方的に愚痴をこぼしていたようなものなのだけれど、寒河江さんは僕の言葉に耳を傾け、打てば響くような返しをしてくれた。


 そして、こうやって公園に集まって歓談することが、いつしか僕らの日常となっていっていた。

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