第111話

 アルケディアまでの道のりは、俺が想像していたよりも平和なものだった。

 俺と師匠、ディオンという三人の一等級冒険者が引率しているという効果もあってか、住民達も冷静で列を乱さずによく言う事を聞いてくれた。

 途中、何度か休憩を挟みつつ俺達はアルケディアへとたどり着く。

 ……いざ移動してみてわかったが、王都とアルケディアって割と近いんだよな。

 こんな近くにかつての大魔法国家が存在していたにもかかわらず、知られていなかったていうのは単純にアルケディアの結界がすごいんだろうな。


「なぁ……立ち止まったけどどうしたんだ?」

「なんか、もう到着したらしいよ」

「まじで? 何にもねーじゃねーか」


 俺達の後ろの方では、住民達のざわめきが聞こえてきた。


「ムクロ君、そのアルケディアっていうのはどこにあるんだい?」


 ディオンも見えないのか、不思議そうな表情を浮かべながら尋ねてくる。

 まあ、人間には見えないようになっているのだから当然と言えば当然か。

 実際俺達には普通に見えているからな。


「あ、そういえばイニャスは目の前の街が見えるか?」

「み、見えます。ただ、酷くおぼろげ? な感じですぅ。今まで何度も見てたはずなのになぜか意識出来ていなかったですぅ」


 まあ、それも結界の効果だろうが。イニャスはエルフなので、一応街は見えていたようだがそこに意図的に意識を向けるという事は無かったために、今までこの街、というか国を知らずにいたわけだ。


「……なーんか、イニャスだけに見えてるってのも不公平だなぁ」

「そうですね。イニャスだけずるいですね」

「ふぇ!? そ、そんなぁ……」


 戦乙女の行進ヴァルキュリアの中でイニャスだけに見えているのが不満だったのか、ファブリスとジルがイニャスをからかっている。


「ほれほれ、イニャスをイジメてないでさっさと街に入るぞ。とりあえず、俺についてくれば分かるから」


 俺はそう言うと、アルケディアに向かって歩き出す。

 後ろの住民達も、釈然としないながらも素直についていくる。


「「「おぉ……」」」


 そして、街門をくぐり街の中に入ると、俺を含め住民達が感嘆の息を漏らす。


「って、なんでムクロ君も驚いているんだい」

「いや、俺も久しぶりに来たんだけど……なんていうか、綺麗になってびっくりしてるんだよ」


 そう、以前来た時は荒れ果てた街だったのだが、今はボロボロだった建物や道が修繕されて、攻め込まれる前の王都と遜色のない風景が広がっていた。

 街の中には、おそらく師匠達が連れてきたであろう奴隷達がチラホラと見える。

 ただ、奴隷と言っても汚い恰好をしているわけではなく、普通に綺麗な服を着ており、前情報が無ければ奴隷だと分からなかっただろう。

 奴隷――いや、アルケディアの住民達は、外からやってきた俺達を見て不思議そうにしている。


「ムクロちゃん、おかえりなさい」


 俺が街の光景に驚いていると、いつの間にかウロボロスがやってきていた。

 ウロボロスの姿を見て、王都の人達からどよめきが起こるが手を軽く振って問題ないと伝える。


「ただいま……っていうか、これはいったいどういうことだ? なんか、随分綺麗になってるんだけど」

「うふふ、この子達すごく頑張ってくれたのよ? おかげで、こんなに綺麗になったんだから」


 街を見渡しながら、ウロボロスが笑みを浮かべてそう言う。


「あの、ウロボロス様……こちらの方々は?」


 俺とウロボロスが話していると、アルケディア側の住民の一人であろう男が話しかけてくる。


「ほら、この人達が王都から避難してきた人達よ。王都が大変な事になっているから、王都の人達に休む場所を案内して差し上げなさい?」

「かしこまりました。では、人を集めてまいります」


 男はペコリと頭を下げると、その場から立ち去っていく。


「随分慕われてるんだな」

「ふふ、お蔭様でね。それよりもほら、早く後ろの人達を案内してあげないと」


 っと、それもそうだな。

 作戦会議は後でもできるし、まずは避難民を何とかしなければ。


「皆さん、聞いてください。今から、案内の者が数名こちらに来ると思います。皆さんは、その人達の指示に従ってしばらくの間、ここで生活してください」

「あの……ムクロ様……」


 俺が説明していると、若い女性がおずおずと手を上げて話しかけてくる。


「どうしました?」

「あの、その……そちらの方はどなたなのでしょうか? 見た所、その……魔族かモンスターに見えるのですが……」


 ああ……まぁ、下半身が蛇の種族なんてこっちには居ないから当然の反応ではあるな。


「この人はウロボロス。俺達の味方だから安心してください」

「ウロボロスでぇす。皆さん、王都では大変でしたね。私達は、皆さんを歓迎しますから、王都が落ち着くまでゆっくり過ごしていってください」


 俺がウロボロスを紹介すると、彼女は柔和な笑みを浮かべそう言った。


「は、はい……」


 怪訝な表情を浮かべていた女性も、ウロボロスの態度を見て警戒を解いて頷く。

 ……これがウロボロスの恐ろしいところでもある。

 よっぽど敵意に満ちた奴でもなければ、大抵の奴はウロボロスのこの雰囲気に毒気を抜かれてしまうのだ。

 後ろに居る人たちはウロボロスが見えていないので、あとでまた一悶着ありそうだが……ウロボロスならまぁ大丈夫だろう。

 その後、先ほどの男が数名の人を連れてきたので、彼らに王都側の住民を任せ、俺達は城へと向かう事にしたのだった。



「ムクロ兄様!」


 城の中に入ると、アウラが嬉しそうな顔をしながらこちらに抱き着い――てこようとしてすり抜けてしまった。

 幽霊だからね、仕方ないね。


「……ただいま、アウラ」

「……おかえりなさい」


 なんとも気まずい空気が流れる中、俺とアウラは軽く言葉を交わす。


「元気そうでよかったよ」

「うん、ムクロ兄様が居なくて少し寂しかったけど、この国にもまた人がいっぱい増えたから大丈夫だった」


 俺の言葉に、アウラはこくりと頷いて微笑んだ。

 ……うんうん、アウラのその顔が見れただけでもアルケディアを建国したかいがあった。

 

「感動の再会もそこそこにしてもらってもいいかな?」


 と、そこへ二十代くらいの金髪の女性がやってくる。

 右目が前髪で隠れており、左目は三白眼でクマが酷い。

 

「インフォか」


 そう、かつてグルメディアで出会った情報屋のインフォだ。

 彼女には、七罪の王の居場所を探ってもらっていたのだが……結局、こっちで全部見つけてしまったな。

 なんだか申し訳なくなってくる。


「早急に話したい事があるから、会議室に集まってくれるかな?」

「話したい事?」

「……タマモの事についてだ。事が事だけに、彼らと戦う人達だけ集めてくれる?」


 インフォの言葉に、場の空気が堅くなるのを感じる。

 全ての元凶であるタマモの名前が出たのだから当然だ。


「……分かった」


 重苦しい空気の中、俺は静かにそう答えるのだった。



 ――そして、俺達は今会議室へとやってきていた。

 会議室に居るのは、俺、レムレス、アグナ、アウラ、ディオン率いる戦乙女の行進ヴァルキュリアの面々、師匠、レヴィアータ、ウロボロス……そしてインフォの十二人だ。

 ウェルミスとジェミニには席を外してもらっている。

 裏切ったとはいえ、元ボスだからな。奴を倒す話を聞くのは酷だろう。


「まず、タマモの居場所だが現在は魔大陸の方に居るらしい」

「魔大陸? 馬鹿な。奴は、つい先日王都を襲ったのだぞ? こんな短期間で魔大陸に行けるはずがないだろう」


 ディオンのいう事ももっともである。

 しかし、それを可能にする方法がタマモにはあるのだ。


「転移魔法の類だろ?」

「流石はムクロくんだねぇ、ご名答だよ。いったい、どこから仕入れたのかは知らないけれど、彼は大規模転移魔法を扱う事が出来る。それを使ってモンスター軍団を転移させてるみたいだ」


 どれだけの数が居るかは分からないが、王都をあそこまで崩壊させるほどなのだ。生半可な数ではあるまい。

 それだけの数を転移させる……以前のタマモなら、そんな力は無かったはずだ。


「彼は、王都の地下深くに眠るある物が必要らしいんだ。しかし、そこには強力な結界があり転移ではいけないから攻め込んだ……とのことだ」

「王都の地下深くに? そんな話は聞いた事ありませんね……」


 インフォの話を聞いてジルが顎に手を添えながら呟く。

 確かに、そんな話は一度も聞いた事がない。

 もっとも、アグナの他の分身体なら魔法学園に……。


「アッー! そういえば魔法学園! そういえば魔法学園はどうなったんだ?」


 色々バタバタしていたからすっかり忘れていたが、あそこには五英雄の一人であるアヤメが居たはずだ。

 あと、赤毛のくそイケメンとアグナ(大)。


「魔法学園は無事だよ。もっとも、あそこはあそこで重要な物があるから離れられないらしい、今も王都に残っているはずだ」


 俺の言葉にインフォがそう答える。

 ……あー、そうか。特にアヤメは離れられない理由があるもんな。

 だが、インフォの話を聞く限りでは無事そうではあるな。

 ふむふむ、それならば王都に戻った時に協力をあおいでみてもいいな。

 ていうか、王都に封印されている邪神の他にも何か別なのが封印されてるとか王都の闇深すぎだろ。

 

「インフォ……と、言ったかな? 君は、どうしてそこまで詳しいんだい? 特に、王都の地下深くに何かがあるなんて情報はどこから仕入れたんだ?」


 俺が一人で納得していると、ディオンが懐疑的な視線でインフォを見つめる。


「ふふ、まぁ私には独自の情報網があるからね」


 インフォはそう言うと、蠱惑的な笑みを浮かべる。


「……」

「さて、話を戻すよ。タマモが必要としている物についてだが……」


 何か言いたそうなディオンをスルーしてインフォは話を続ける。

 まあ、ディオンには申し訳ないが今はインフォの話の方が気になる。


「『混沌の始源』ナイア・ニグラス。邪神アグナキアが居た世界の最上位に存在するこの世全ての悪。奴を召喚するための核が眠っているんだ。タマモは……奴をこの世界に召喚しようとしているのさ」


 インフォは静かにそう言い放つのだった。

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