第104話

 俺達が臨戦態勢を取る中、リリスがジリジリとこちらへ近づいてくる。

 ……くそ、なんて威圧感だ。

 奴が近づくだけで逃げたいという気持ちが一層強くなりやがる!


「ふふ、私好みの女の子も居る事だし……もっと私好みになってもらおうかしらん」


 リリスはそう言うと、スゥッと息を吸い込み始める。

 何をするか理解した俺は、すぐさま結界を張る。


理想化の息カンビアーレ・セッソ!」


 リリスの口から桃色の息が吐きだされ、こちらへ向かってくる。

 桃色の息は、そのまま俺の結界をすり抜けて辺りを包み込み始める。

 くそ、やっぱりだめだったか……!

 俺の結界は、基本的に攻撃性魔法……つまり敵意や殺意のある魔法は防げるが、この息は防げない。

 何故なら、この理想化の息カンビアーレ・セッソというリリス固有の魔法には敵意が無いからだ。

 物理的ダメージも無く、一応は命に別状はないが女性にとっては結構クるものがある。

 ちなみにディオン達は既に体験済みである。

 ……ここまで言えばどういった効果なのかは予想がつくだろう。


「マ、マスター……」

「お兄ちゃん……」


 煙が晴れると、そこには二人の男が立っていた。

 一人は執事服に身を包み、モノクルをつけた涼し気な顔の赤毛のイケメン。

 もう一人は、がっしりとした体格で足元まで伸びる黒髪が印象的なガテン系イケメンだった。


「ああ……マモレナカッタ……」


 おそらくレムレスとアグナなのだろうが、俺は二人の姿を見てガックリと膝をつく。

 そう、理想化の息カンビアーレ・セッソとは男化する魔法……というか呪いである。

 基本的に年齢や体格はランダムだが、基本的にリリスの好みの男に変身する。

 奴はマッチョ系が好きなので、マッチョ系になってしまう確率が高いのだが、ここに居る面子は普通の細身のイケメンなので運がいいだろう。

 確かに物理的ダメージは無いが……この場に華が無くなった事で、俺に精神的ダメージ大である。


「私……どうなったのでしょうか……」

「お兄ちゃん、なんだか私、目線が高くなってるよぉ」


 二人は、自分がどういう姿になっているか分からないのか不思議そうに自分の体を眺める。

 レムレスは割とそのままだが、アグナは完全に大人のイケメン男性に変貌を遂げているので、その姿でお兄ちゃんとか言われると違和感が半端ない。


「……レムレス君、アグナ君。残念ながら、君達も私達と同じになってしまったんだよ」

「あの不思議な煙、なぜか防げなくて俺達もこうなっちまったんだよな」


 自分の姿を確認するレムレスとアグナに対し、ディオンとファブリスが二人の肩を叩きながらそう言う。

 そうなのだ。こいつの一番厄介な点は、防ぐ手立てがないという事だ。

 例え、一部の隙間の無い空間に閉じこもろうとも、容赦なく男化してしまう。

 男には効果が無いとはいえ、七罪の一人らしく普通にチートである。


「あ、そうだ! 師匠! 師匠はどうで……す……」


 師匠の事を思い出した俺は、すぐさま師匠が立っていた場所を向くが、師匠を見た瞬間にピシリと固まってしまう。

 そこには、身長百八十センチほどの金髪の渋いおじさまが立っていた。

 黒い鎧に身を包んでおり、ウェーブの掛かった金髪は肩よりも少し下くらいまで伸びており、顎には手入れのされた髭は生えていた。


「し、師匠……?」

「なんだ、何か文句でもあるのか? 奴の攻撃を防げなかったワシに文句でもあるのか? お?」


 流石の師匠でも防げなかったのか、師匠はジロリとこちらを睨んでくる。


「いや、そこは別に気にしてないのですが……ですが……」


 師匠のかわいらしさがすっかりなくなってしまって、吸血鬼的にカーミラよりもヴラド公なイメージになってしまっている。

 なんて事だ……美少女だからまだ許されてたのに、こんなおっさんになってしまったら、ただのキレやすいおっさんにしか見えないじゃないか!

 キレやすいおっさんほど始末に負えないものはない。


「ええい、そんな目で見るな! 仕方ないだろう! 奴のブレスは防ぎようがないんだから!」


 俺の生ぬるい視線を受けて、師匠は地団駄を踏みながら怒鳴る。

 ……ああ、ただのおっさんが癇癪起こしているようにしか見えないよぉ。


「うふふふふ、すっかり私好みの空間の出来上がりだわ」


 一方、リリスは目の前の光景にすっかりご満悦である。きもい。


「おうこら、リリス! せめて師匠のだけでも解除しろよ! これじゃ、ただの癇癪おっさんで見るに耐えないぞ!」

「ムクロは、あとで百回殺す」

「しまった!」


 俺の失言により、額に青筋浮かべまくりの師匠がポツリと呟く。

 くそ、あまりに醜い光景だったからつい口が滑った……!


「ふふ、相変わらず貴方達は面白いわねぇ。でも、だーめ☆」


 リリスは、チチチと指を横に振りながらウィンクをする。きもいしウザい。


「仲間になるって言うなら解除してあげてもいいけど……そんなつもりはないんでしょ?」

「当たり前だ」

「じゃあ、ダメ。貴方達がその気になるまで、ずっとそのままよ」

「ならば、力づくで解除させるまでです」


 リリスが話し終えるやいなや、俺達の間をすり抜けて一つの影がリリスに向かっていく。 

 イケメン執事になったレムレスだ。


「レムレス、戻れ!」


 俺は慌てて彼女……彼? いや、めんどくさい。レムレスを制止するが、少し遅かった。


「あらあら、イケメンに迫られるなんて私も罪な女ね」

 

 リリスはそう言いながら、レムレスが放った拳を難なく受け止める。


「くっ……離しなさい!」


 拳を掴まれたレムレスは必死に振りほどこうとするが、リリスはビクともしない。

 ……そうなのだ。

 リリスは、その見た目から大体予想が付くと思うが普通に肉弾戦も強い。


「強引な子も嫌いじゃないけど……今は大人しくしててくれる? 魅了の魔眼テンプテーション

「……っ」


 リリスの怪しく光る瞳で見つめられたレムレスは、ガクリと急に脱力し地面に倒れ伏す。


「お姉ちゃん! この、よくもお姉ちゃんを!」

「アグナ、ストップ!」

「お兄ちゃん……でも、お姉ちゃんが!」


 今にも飛び出しそうなアグナを制止すると、アグナはこちらを見て訴えてくる。

 ええい、違和感が半端ない!


「レムレスは大丈夫だ。あれは、なんというかちょっとトリップしてるだけだ」

「トリップ……?」


 首を傾げるアグナに対し、俺がレムレスの方を顎で示す。

 それにつられて、アグナがレムレスの方を見ると、彼女は何ともだらしない表情を浮かべていた。


「うへへ、ますたぁ……」


 うわぁ……あんなレムレス見たくなかった……。

 

「私もあれにやられたんですよ……何なんですか、あれ……」


 ジルが近づいてくると、俺にそう尋ねてくる。


魅了の魔眼テンプテーション。簡単に言えば強制催眠。その人にとって、最も理想的な夢を見せる奴の特性だ。奴の目で見つめられれば、たちどころにレムレスみたいになっちまう」


 そして、眠っている男から精を奪い力を得るというわけだ。まさに夢魔に相応しい特性である。

 ちなみに、一応効果範囲が決まっており、一定以上離れていれば魅了の魔眼テンプテーションも効かない。

 俺や師匠が迂闊に近づこうとしないのはその為である。

 ……しかし、どうしたもんか。

 師匠には劣るかもしれないが、うちのパーティで二番目に接近戦に強いレムレスが落ちてしまった。


「……師匠」

「無理だ。奴には隙が無い。ていうか生理的に無理だから近づきたくない」


 俺が何かを喋る前に、師匠はフルフルと首を横に振る。

 さて、詰んだなぁ……。


「うふふ、困ってるわねぇ」


 俺がどうしたもんかと悩んでいると、リリスはピンクなオーラを撒き散らしながら煽情的なポーズを取る。


「……私もね、同じ七罪としてあまり戦いたくないわ。だから、一つ提案があるわ。それさえ飲んでくれたら、ここは退いてあげるし呪いも解いてあげる」

「仲間にはならんぞ」

「やぁねぇ、それは分かってるわよ。提案って言うのは……ムクロちゃん、私とキスしなさい。そうすれば、全て解決よん?」


 …………なんだって?

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