第43話

「マスター」


 グルメディアを目指して二日ほど経った頃、御者台に座っているレムレスが声を掛けてくる。


「どうした? また盗賊か?」


 この二日の間に、何度か盗賊に襲われているので俺はげんなりしながら言う。

 最初は良い暇つぶしになったのだが、何度も来られると面倒だ。

 やはり、女が御者をしていると格好の的らしい。まあ、実際は盗賊の方が格好の的なんだけどな。


「いえ……ちょっと外に出てもらえますか? アグナさんも一緒に」


 ふむ? 一体なんだろうか。


「アグナ、外に出るよ」


「ふみゅ? もう着いたの?」


 横でぐっすり寝ていたアグナを揺り起こすと、彼女は眠そうに目をこすりながら起き上る。


「いや、レムレスが外に出ろってさ」


「……? うん、分かったー」


 アグナは、ぽけ~っとしながらこくんと頷く。

 俺は、アグナが滑り落ちないようにしっかり手を握りながら馬車から外に出る。


「で? 一体、どうしたんだ?」


「あちらを見てください」


 レムレスが指差す方を見ると、朽ちた外壁が見える。


「街……か? でも、その割には人の往来も無いし、確か地図にも載って無かった気がするんだが」


「やはりそうですよね。渡された地図にも載っていなかったので、マスターに確認してもらおうと思ったのです」


 レムレスから地図を受け取って確認してみると、やはりこの辺りに街などない。

 まあ、レムレスが行き先を間違っていれば別だが、彼女に限ってそんなことは無いだろう。

 基本変人なレムレスだが、仕事だけはきちんとするし。


「誰が変人ですか誰が」


「お前だよ。つーか心読むんじゃねーよ」


「マスターの顔は分かりやすいんですよ」


 いや、人化してるならともかく今は骨じゃねーか。

 そっからどうやって表情読み取るんだよ。


「愛あればこそです」


「また読んだ!?」


 怖い! レムレスにこんな特技があるなら、もう迂闊にエロい事考えられないじゃないか。

 ……いや、待てよ? もしかしたら、偶然という事も有り得る。

 ここはダメ押しで、何か考えてみるか。

 …………やーい、レムレスの貧乳ー! 壁ー!


「そんな……豊満な胸だなんて、事実を言われても嬉しくありません」


 おやぁ? 何か重大な改ざんがあったような気がするぞぉ?


「ほら、そんな事よりもあの街を調べますよ」


 俺が疑惑の判定について考えていると、レムレスが俺達を急かす。


「いやぁ、別にわざわざ行かなくても良いんじゃないかぁ? どうせ、ただ廃都とかだろ」


 この世界では、過疎が進んで廃都なるなど珍しくは無い。

 金が無ければ出稼ぎに行き、出稼ぎに行けば人が居なくなる。そうすれば、経済が回らないと悪循環に陥り、廃都になってしまうのだ。

 目の前のあれも、そのような物だろう。


「確かにそうなんですが……ふと、あの中から誰かに呼ばれたような気がしまして」


「誰かに?」


 つい最近、似たような言葉を聞いたことがある俺は思わずアグナの方を見る。


「うーん、あの中からは特に別の私の気配は感じないよ?」


 俺の視線を感じてこちらを見たアグナが、俺の言わんとしてる事を察してそう言う。

 

「アグナもこう言ってるし、気のせいじゃないか?」


「そう言われれば自信はありませんが……」


 レムレスはそう言うが、やはり気になるのかチラチラと街の方を見る。

 ふーむ、レムレスがこんな事を言うのは珍しいしな。

 

「……分かった。俺も気になるし行ってみようか」


 一体、何がレムレスを呼んでるのか確認してみたいしな。


「よろしいのですか?」


「良いの良いの。どうせ、急ぐ理由もないし」


 もしかしたら、寄り道したせいでグルメディアに居る七罪(多分)がどこかに行ってしまう恐れもあるが、王都にまで噂が届くような存在である。

 どこかに行ったとしても、すぐに分かるだろう。


「……ありがとうございます」


 レムレスは、そう言うとペコリと頭を下げるのだった。



 いざ都の中へと入ると、目の前の光景に思わず絶句する。


「廃都なのは予想してたけど、まさかこんな風になってるとは」


 廃都の中は、一言で言って異常だった。

 どこもかしこも、目につく所にはゴーストやゾンビがウヨウヨしていた。


「……」


 ゾンビは呻き声を漏らし、ゴーストは恨み言のような独り言をブツブツと呟いている。


「わー……お兄ちゃんとお姉ちゃんの仲間がいっぱい」


「「失敬な」」


 アグナの言葉に、俺とレムレスがハモる。

 こいつらは、自我をほとんど持たない低級アンデッドだ。つまり雑魚である。

 俺達と一緒にしてもらっては困る。


「それにしても……すごい数のアンデッドですね」


「ああ、いくらなんでもこれは異常だ」


 通常、これだけのアンデッドが出現するには条件がある。

 まずアンデッドの基本的な出現条件だが、俺のようにアンデッド化させる魔法を使うか、恨みなどを持ったまま死んだりするとアンデッドとなる。

 つまり、これだけの量が居るとなると、術者が存在しないのであれば戦争かなんかで滅ぼされたと考えるのが妥当だ。

 

「んー、でもなぁ……」


「どうしたの、お兄ちゃん?」


 俺が首をひねって唸っていると、アグナが話しかけてくる。


「いやね、アンデッドの大量発生について考えてるんだけど、原因が戦争にしては街並みが綺麗だなって思ってね」


 勿論、かなりの年月が経っているのかあちこち朽ちては居るが、戦争で滅んだ街として考えると綺麗すぎるのだ。

 となると、考えられるのは……。


「誰か術者が居て、故意にアンデッドを作り出している……か」


 お誂え向きに奥の方には廃城がたたずんでいるし、術者が居るとすればあそこだろう。

 何故そう思うのか? そういう事をする奴は、一番立派な建物にこもっているというのが定石だからだ!


「レムレス。お前を呼んでたってのは、どこからか分かるか?」


「恐らくですが……あの城の方からです」


 レムレスはそう言って、城の方を指差す。

 うん、やっぱり居そうだな。術者。

 案外、術者の正体がウェルミスだったりしたら笑うけどな。

 あいつもゾンビ召喚するし。


「そんじゃまぁ、城の方へ行ってみますかね」


「了解です」


「はーい!」


 俺の言葉にレムレスとアグナが返事をする。

 それを確認した俺は、先頭に立って歩き出す。

 ……しかし、本当にどこもかしこもアンデッドだらけだなぁ。

 アンデッドというのは、基本的に生者を羨んでいる。もし、この廃都に人間が入れば一気に襲われるだろう。

 リッチ、フレッシュゾンビ、邪神の人外パーティだからこそこうして安全に進めているという訳だ。

 そんなこんなで、俺達は何の問題も無く城へと到着する。

 長年放置されていたせいで、すっかり建てつけの悪くなってしまった扉を無理矢理押し開け(主にレムレスとアグナが)俺達は中へと入る。


「うわぁ……」


 中に入った瞬間、かなり嫌な魔力が充満していることに気づき渋面する。

 骨だから表情は変わらないのだが、気持ち的なアレと思ってもらいたい。

 おそらくは、この魔力がアンデッドの源だろう。死の匂いが物凄く濃い。

 それに、なんだか身に覚えのある魔力だ。まさか……いや、そんなはずはない。


「魔力の流れは……上からだな」


「私を呼んでいる方も上の方から感じます」


 ……ふむ。もしかしたら、誰かが実験台にされようとしてるとかか?

 たまに魔力の波長が合うと、その人にだけテレパシーのようなものが届くことがある。

 レムレスも、それで何か聞こえたのかもしれない。

 俺達はお互いの顔を見て頷くと階段を探して上へと向かう。

 魔力の発生源に近づくほどアンデッド共が増えてきて、段々邪魔になってきたのでぶっとばそうかと思い始めた頃、それは微かに聞こえてきた。


「誰かの泣く声……?」


 それはまるで、幼い少女がすすり泣くような声だった。


「これです。この声が聞こえたんです」


 レムレスも聞こえたのか、確信をもってそう言う。

 

「私も聞こえたよ!」


 アグナも聞こえたのか。ならば、これは空耳とかではないのか。

 俺達は、一層注意をしながら魔力の源へと近づいていく。

 やはり魔力の源と少女は同じ場所に居るのか、近づくにつれて少女の声が大きくなってくる。

 やがて俺達は、大きな両開きの扉の前へとたどり着く。

 城だし、場所的にも謁見の間的な物だろう。

 意を決して扉を押すと、酷く耳障りな音を立てて扉はゆっくりと開いていく。

 やはり謁見の間だったのか、中は広々としていた。

 部屋の中心には大きな魔法陣が描かれており、その中心には真っ白いワンピースに真っ白い肌、髪まで真っ白といった全身白尽くしの半透明な少女が座り込んでいた。


「……誰?」


「泥棒です」


 俺達に気づいた半透明少女が尋ねると、俺はそう答える。


「泥棒さん?」


「こんばんは、花嫁さん」


「マスターは馬鹿なんですか?」

 

「違うんだよ、なんか状況的に言ってみたかったんだよ、このセリフ」


 そしてこの後、手から花を一輪出して、「今はこれが精一杯」とか言うんだよ。


「……?」


「ほら、あの少女もマスターの馬鹿さ加減に呆れてるじゃないですか」


 いや、あれは単に不思議がってるだけだろ。


「それで……貴方達は本当は誰なの? 私を……殺してくれる人?」


 少女は、あどけない顔をしながらもそんな物騒な事を言い放つのだった。

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