第33話

 俺達が人から場所を聞いて『深き者ども亭』までやってくると、玄関口でディオンが立っていた。


「遅い!」


 案の定ディオンは、俺達の姿を見つけると眉を吊り上げて怒る。

 まあ、もうすっかり日も沈んでいて約束の時間を大幅に過ぎているのだから彼女が怒るのも無理はない。

 

「申し訳ありません、同士。少し、事情がありまして」


「ど、同士? それに事情って?」


 レムレスの言葉に、ディオンは困惑気味に尋ねてくる。

 同士って……ああ、なるほど。

 俺もレムレスの言葉に首を傾げるが、ディオンのある部分を見て納得する。

 レムレス……。ウェルミスと出会った事で、君の心はそこまでささくれていたんだね。

 大丈夫。君の良い所は胸じゃないから。


「せい」


「おぶうっ」


 俺がレムレスのとある部分を生温かい視線で見守っていると、突如俺の体に拳が突き刺さる。

 ボキボキと骨の折れる嫌な音がする。


「何すんだよ急に!」


 俺は、骨を修復させながらレムレスに抗議をする。


「すみません、蚊が居たもので」


 オーバーキルすぎやしませんかね、たかが蚊に対して。


「名前はマスターモスキート。不死身でスケベな蚊です」


「俺だよね? それ、絶対俺だよね?」


「こほん! いちゃつくのは部屋に行ってからにしてくれないか? それよりも、その事情とやらを早く教えてくれ」


 心外な。これのどこがいちゃついているように見えるのだね。

 一回、目玉を取り換えることを進言しよう。


「えーと、まぁ……あれだ。アグナが迷子になっちまってな。それを探すのに遅れちまったって訳だ」


 ここに来るまでに、どう説明したものか迷ったが、結局そういう風にしておく事にした。

 正義バカのディオンの事である。ウェルミスの事を話したら、絶対にうるさいからな。


「む、そうだったのか?」


「ごめんね、壁。じゃなかった、ディオン」


「おい、壁ってなんだ。おい」


 ペコリと頭を下げて謝るアグナに対し、ディオンはこめかみをピクピクさせて詰め寄る。

 ちなみに、アグナはここへ来る少し前にようやく目が覚めた。

 

「おいおい、何子供を威嚇してるんだよ。それでも正義の騎士様か」


「いや、今アグナ君がだね……」


 俺がディオンを責めるように言うと、彼女は途端にオロオロしだす。

 相変わらず、精神面を攻撃されると弱いな。

 ……まあ、とりあえずこれで遅刻の件はうやむやに出来たな。下手にツッコまれるとボロが出るからこれでいい。


「ま、まあいい。ファブリス達も中で、君達の事を待ってるから早く中に入りたまえ」


 ディオンはそう言うと、さっさと中へと入って行ってしまう。

 俺達はお互いに顔を見合わせて頷くと、ディオンに続いて中へと入る。


「いらっしゃいませ」


 中は、一等級冒険者が利用する宿だけあって清潔感と高級感に溢れていた。

 出迎えてくれたのは、メイド服に身を包みスカートから覗く足が眩しい女性だ。

 胸も主張しすぎない程よい大きさで、尻の形も中々だ。

 体型だけ見れば間違いなく美少女などと呼ばれるだろう。体型だけなら。

 可愛らしい声に魅かれて顔を見ると、そこには魚の顔があった。

 ……鯖かな? とりあえず、鯖の顔を人間の体に乗せたような感じになっていて、口が上を向いている。

 普通にこちらが見えているのだろうか。



「うちの宿は、三等級以上の冒険者様かその方の紹介でのみ泊まる事が出来ますが、よろしいでしょうか?」


「あ、はい。一等級冒険者のディオンって人の紹介です」


 俺が彼女の見た目に衝撃を受けていると、そんな事を言われたので戸惑いながらも答える。


「ああ、お話は聞いております。ディオンさんのお知り合いだなんて、凄いですよね」


 魚人メイドは、人の口に当たる部分に手を持っていくと鈴が転がるような声で可憐に笑う。

 仕草や声は普通に可愛いんだけどなぁ……。

 せめて頭と体が逆だったら。


「受付が済んだらディオン様達の所へ案内するよう仰せつかっておりますので、まずはこちらへどうぞ」


 魚人メイドはそう言うと、俺達を受付まで案内する。

 

「深き者ども亭にようこそいらっしゃいました。女将のハイドラと申します」


 出迎えてくれたのは、青色の肌にさらに青い瞳。髪の毛は蛇の女性だった。

 メデューサとかゴーゴンとかそこら辺だろうか。割と美人な顔立ちである。


「すみません、女将さんのご種族は?」


「ああ、私はウミヘビ族です。うちの主人はオクト族ですね。主人は、料理がとても得意なので期待しておいてください」


 ウミヘビ族だったか。それにオクト族……ねえ。確かオクト族はタコだったかな。

 魚人メイドといい、まるで海にでも来たような感覚になる。


「お兄ちゃんお兄ちゃん、お魚さんがいっぱい歩いてるよ!」


 俺が妙な感覚に陥っていると、裾を引っ張りながらアグナが話しかけてくる。


「ふふ、この宿のコンセプトは水。なので、水棲種族のみを雇ってるんです。料理も魚料理が自慢なんですよ」


 アグナの言葉に、ハイドラさんが笑みを浮かべながら説明してくる。

 なるほど、そんなコンセプトがあったのか。

 魚料理はしばらく食ってなかったし、少し楽しみだな。


「それで、どのくらいご宿泊の予定でしょうか? 一等級冒険者のディオン様からのご紹介という事で多少割引きさせていただきますが」


 一等級冒険者の知り合いというだけで、そんな特典が受けられるのか。

 恩を売っておいて正解だったな。


「そうですね……それでは、一先ず一週間でお願いします」


「かしこまりました。お値段は先払いで、こちらの金額になります」


 提示された金額を見た瞬間、俺は一瞬息がつまる。

 高い。流石は、三等級以上専用だ。俺達が前泊まってた宿とは雲泥の差である。

 割引されてこれなのだから恐ろしい。


「はい、じゃあ……これで」


 まあ、払えるんですけどね。

 以前冒険者をやっていた時の金ががっつりあるしな。師匠達にくっついて冒険者をやっていたから、金だけは無駄にある。


「はい、丁度お預かりいたします。お部屋の鍵はこちらです。ディオン様のご要望により、お隣の部屋を用意させていただきました」


 ディオンも用意周到だな。まあ、近い部屋の方が色々便利なんだけどさ。


「それじゃあ、ディープ。ディオン様達の所へ案内してあげなさい」


「かしこまりました。それでは、こちらへどうぞ」


 ディープと呼ばれた先程の魚人メイドが先頭に立って俺達を案内する。


「おー! ようやく来たか!」


 食堂に来た途端、騒がしい空気に包まれる。

 あちこちで料理の良い匂いが漂ってきて、俺が周りを見渡していると顔を赤くしたファブリスが声を掛けてくる。

 ちなみに、顔が赤いのは照れてるからでは無く酒のせいだと、彼女が持っている大ジョッキが物語っていた。


「お前達があまりにも遅いから、先に食べ始めちまったぜ。ディオンも、お前達が遅いってんでずっと入口んとこで待っててねなぁ」


「ファ、ファブリス!」


 ファブリスがそう言うと、ディオンも負けじと顔を赤くしながら叫ぶ。

 こちらは酔いでは無く、単純に照れだろうな。


「ディオンから話は聞きましたが、アグナさんが迷子になってしまって遅れたようですね?」


「お、王都は広いから……しょ、しょうがないよ」


 ジルとイニャスもそんな感じで話しかけてくる。

 ジルは上品に料理を食べており、イニャスはチビチビと料理を食べていた。

 ていうかイニャス。お前、飯食う時も兜被ったままなんだな。

 まあ、エルフだから人前で顔出す訳にもいかないし仕方ないか。


「私のせいでごめんなさい」


「ああ、いえ……気にしてないから大丈夫ですよ」


 シュンとしながら謝るアグナに対し、ジルはパタパタと手を振りながら笑顔で言う。

 そんなやりとりをしていると、アグナのお腹から可愛らしい音が聞こえてくる。


「あ……」


「ははは! もうこんな時間だもんなぁ! ほら、さっさと席について料理注文しなっ」


 恥ずかしそうに腹を押さえるアグナに対し、ファブリスは豪快に笑いながら席を勧めてくる。

 俺達がそれぞれ席に着こうとすると、


「ムクロさんムクロさん。貴方は、ぜひこちらへ座ってください」


「ちょ、ジル!?」


 ジルが自分の席を空けてそう言ってくる。ジルの隣に座っていたディオンは驚きの表情を浮かべていた。


「……まあ、俺は別にかまわないけど」


「なら、私はその隣に座りますね」


 俺がジルの居た席に座れば、その隣の空いていた席にレムレスがすかさず座る。

 アグナはどこでも良かったようで、イニャスとジルの間に座る形になった。


「かかかっ、両手に花じゃねーかムクロ!」


 俺の状況を見て、ファブリスは愉快そうに笑う。

 いや、実際は確かにそうなんだけどさー。

 見た目はパッと見イケメンと何考えてるか分からない無表情メイドだぜ?

 素直に喜べんなぁ。


「おぶっ!?」


 俺がそんな事を考えていると、両脇からあばらへ攻撃が飛んでくる。

 容赦ない的確なその攻撃は、寸分の狂いも無く俺のあばら骨を砕く。

 これ、俺じゃなかったら大惨事じゃなかろうか。


「「すまない(すみません)、蚊が居たから(もので)」」


 ディオンとレムレスは、しれっとした表情で示し合わせたかのようにそう言うのだった。



「お腹いっぱーい!」


 あれから食事を終えた俺達は、自分達の割り振られた部屋へとやってきていた。

 部屋に入ると、アグナは満足そうに腹を押さえながらベッドにダイブする。

 時間も時間だし、詳しい話は明日やろうという事になったのだ。

 部屋の中も綺麗なのだが、何故かどこもかしこも魚群の模様だらけだった。

 「SUPER LUCKY!」とか聞こえてきそうである。

 水をコンセプトにしてるからって、これは少々やり過ぎではないだろうか。


「お兄ちゃん、お姉ちゃん! お魚さんがいっぱいだよ!」


 ……まあ、アグナが嬉しそうならいいか。


「それにしても、今日は疲れたなぁ」


 俺は人化を解くと、肩を回しながらベッドへ腰かける。

 もう一人のアグナに、くそイケメンに五英雄。肉体疲労とは無縁だが、精神的にひどく疲れた。

 

「お疲れ様でした。マスター。本日は、もうお休みになられますか?」


「そうだねぇ」


 基本、睡眠を必要としない体ではあるが強制的に睡眠に近い状態にする事は出来る。

 夢を見たりなどは無いが、リフレッシュは出来るのだ。


「今日はもう遅いし、俺はこのまま寝るよ。レムレス達も特に用事が無いなら寝ちゃいなよ」


「はーい!」


「かしこまりました」


「待て待て」


 二人が返事をしたと思ったら、何故か俺の居るベッドに潜り込もうとしてきたので俺は二人を止める。


「「?」」


「いや、そんな不思議そうな顔してこっち見るなよ。不思議なのはこっちだ。なんで、二人して俺のベッドに入ろうとしてるんだよ」


「私は、今日怖かったからお兄ちゃんと一緒に寝たいの」


「右に同じく」


 いや、百歩譲ってアグナは分かるがレムレス。お前のは嘘だろ。

 お前が怖いと感じるとか、そっちの事実の方が怖いわ。


「……だめ? お兄ちゃん」


「はぁ……良いよ。おいで」


 まあ、どうせ何言っても無駄だろうしな。

 俺は無駄な労力は嫌いなのだ。家族みたいなもんだし、意識するもんでも無かろう。

 俺はそう答えると二人をベッドに招き入れ、川の字になって寝るのだった。

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