第30話

 ぐわんぐわんと自分を襲う不思議な感覚に耐えていると、気づけばどこか薄暗い場所に立っていた。

 周りはごつごつした岩肌が露出して苔のようなものが生えており、岩の洞窟を連想させる。


「……やっぱ、人が通った形跡があるな」


 俺が周りを確認していると、アルバがポツリと漏らす。


「急ぐぞ」


「あ、置いてくなって」


 何やら急いでいる様子のアルバがさっさと奥へと行ってしまうので、俺は慌てて追いかける。

 まったく、俺は身体能力はゴミなんだから、もうちょっと気を遣ってほしいものだ。


「あらぁ? もう来たのぉ?」


 何やらただっ広い空間に出れば、目の前に大きな像があった。

 確か、ボンレス……じゃなかったバイルの屋敷の地下にも似たようなのがあったな。

 そして、その下には街で出会った謎のおっぱい美女と……、


「アグナ!」


 美女の足元でぐったりとしているアグナを見て、俺は思わず叫ぶ。


「お前、アグナに何をした?」


「ちょっと眠ってもらってるだけよぉ……邪魔してほしくなかったしねぇ」


 美女は、俺の問いに対しクスクスと妖艶に笑いながら答える。

 彼女の両脇には、昼会った時には見なかった全身鎧が二人立っていた。

 性別は分からないが、右にはⅠ、左にはⅡとそれぞれ胸部分に刻まれている。

 彼女の言う通り、アグナはただ眠ってるだけのようで肩がかすかに動いていた。

 まあ、見た目は確かに幼いが中身は邪神なのでそう簡単には死んだりしないだろう。


「ねえ、一つ聞きたいんだけどさ。アンタの狙いって邪神なワケ?」


 アヤメがズイッと前に出ると、彼女を睨みつけながら尋ねる。


「うーん、目的は別だったんだけどぉ……折角だから、邪神も一緒にって思ってねぇ」


「目的?」


「そう。私のメインは、この王都を拠点にする一級冒険者率いるパーティ……戦乙女の行進ヴァルキュリアよ。彼女達ね、私達の邪魔をしたみたいだからお仕置きに来たのぉ」


「あ」


 彼女の話を聞いて心当たりがあった俺は、思わず声を漏らしてしまう。

 全員の視線がこちらへ集中したので、俺は慌てて口を押さえて何でもないと首を振る。


「それでぇ、その前に邪神を頂こうと思った訳よぉ。そこに、このお嬢ちゃんが来ちゃったから眠ってもらったのぉ」


 一瞬変な空気が流れるが、気を取り直すように彼女は話を続ける。

 

「……マスター。彼女はもしかして」


「ああ、奴らの仲間だろうな」


 小声で話しかけてくるレムレスに対し、同じく小声で答える。

 戦乙女の行進ヴァルキュリアに用事があって、仲間に手を出したといえば最近の出来事だとアレしかない。

 つまり、あのおっぱいさんは占星十二宮アストロロジカル・サインの一員という事になる。

 ……やだなぁ。出来れば関わりたくなかったのに、結局関わってしまっている。

 何故、こうも俺の平穏を邪魔しようとする奴らが次から次へとやってくるのか。


「ああ、そうそう。自己紹介がまだだったわねぇ。私は占星十二宮アストロロジカル・サインの乙女部隊『処女宮ヴァルゴ』のリーダーのウェルミスよ。よろしくねぇ」


「お……とめ?」


「何よぉ、何か文句でもあるのぉ?」


 アルバの拍子抜けした態度に、ウェルミスは不快そうに顔を歪める。

 まあ、アルバの言いたい事も分からんではない。

 ウェルミスは確かに美人ではあるが、乙女と言われると違和感がある。


「まあ、乙女って面ではないよな」


 と、そこへ空気の読めないアグナ(大)が結構なストレートをど真ん中に放つ。


「んだとごらあああああぁ!」


 アグナ(大)の一言で、ウェルミスは途端に形相を崩して叫ぶ。

 沸点低すぎだろう。妖艶だった雰囲気は、微塵も残っていない。


「アイン! ツヴァイ! あいつらをやってしまいなさい!」


 ウェルミスの言葉に、両脇に控えていた全身鎧が武器を構えるとアルバ達に向かって襲い掛かる。


大地の槍グランド・ランス!」


串刺しの丘ブラド・ツェペシュ


 しかし、アルバ達は特に慌てる事も無く魔法を放って迎撃する。

 アルバは、地面から岩の槍を。アヤメは自身の髪の毛を無数の槍のようにして突き刺す。


「なに?」


 やったかと思ったが、魔法で貫かれた二人は、平然としたまま攻撃を続けようとする。


「あははは! おバカさぁん。そんな魔法如きで私の可愛い子供達を倒せるわけないでしょう? 貴方達、顔を見せてあげなさぁい」


 ウェルミスの言葉で、全身鎧の二人は兜を外す。


「うわぁ……」


 その姿を見て、アグナ(大)は顔をしかめる。

 アルバやアヤメも同様だった。

 鎧を着た奴らの顔はドロドロに腐っており、目や鼻からは蛆が大量に湧いてグズグズになっていた。


「なるほど、ゾンビですか」


 えぐい光景を見ても、眉一つ動かさないレムレスが冷静に言う。


「その通り、この子達はゾンビ。アンデッドよぉ。つまり、普通の魔法じゃまず死なない! それに、まだまだこの子達だけじゃないわよぉ」


 ウェルミスはそう言うと、右手を前へと突き出す。

 右手には五芒星が描かれており、それが光ると地面から大量のゾンビ共が現れる。

 大剣を持つ者、大鎌や魔導士風のゾンビなど、様々な種類が居た。

 一個師団にも匹敵するような数を出したウェルミスは高笑いをする。


「あはははははぁ! 私の魔法は屍召喚サモン・アンデッド! 歴戦の戦士達の屍を召喚できるのぉ。凄いでしょ? この子達一人一人が一級戦力を有するのよ」


 なるほど、確かにそれは厄介だ。

 ディオンと同等かそれ以上の戦力が、敵にゴロゴロいるという事になる。

 しかも、ゾンビなので通常では倒すのが難しい。恐怖なども感じない為、全滅させるのに中々骨が折れる。


「……ちっ、めんどくせーなー」


「全くね。ほら、アグナも見てないで手伝いなさい」


「えー……」


「えーじゃない。さっさとやる!」


 不満そうにするアグナ(大)に対し、アヤメが叫ぶ。

 

「私達はどうしますか、マスター」


 すっかり傍観者と化しているとレムレスが話しかけてくる。

 うーん、そうだなぁ。俺としては、このまま傍観者を貫いて楽したいところだが……ウェルミスの足元にアグナが転がっているからそういう訳にもいかない。

 かといって、ゾンビ共を相手にするのも面倒だしなぁ。


「……仕方ない」


 奴らを一気に殲滅してしまおうと思い、俺は右手を突き出し指揮者のように振る。

 アルバ達を巻き込まないよう設定し、魔力を込め……発動する。


虚無なる寙ブラック・ホール


 瞬間、ゾンビ兵団の中心部に黒い点が現れる。

 そして、まるで餌を求める生物のように一瞬脈打つとゾンビ兵団をあっという間に飲み込んでしまう。

 

「「「……は?」」」


 突如訪れた静寂にアルバ達だけでなく、ウェルミスまで驚いている。


「流石はMASTER。相変わらずのチートっぷりです」


 横に居たレムレスは、無駄にネイティブな発音でそう言う。

 

「まあ、闇魔法に掛かればこんなもんよ」


「闇魔法……ですってぇ? こんな強力な闇魔法なんて見たことないわぁ!」


「そうね。私もこんな強力なのは見たことないわね」


 ウェルミスの言葉にアヤメが賛同する。

 まあ、こんだけの闇魔法を使えるのは、俺を除いて師匠くらいだしなぁ。

 

「えーとまぁ……あれだ。大人しく降参した方が良いよ。多分、一等級くらいじゃ俺には勝てないから」


 俺は、頬を掻きながら親切心からそう忠告する。


「ふざけないでぇ。そう言われたからって、はいそうですかって言えるわけないでしょう」


 デスヨネー。

 仕方ない。少し本気出して……、


「ふふ、貴方達がいくら強くてもねぇ。絶対勝てない存在が居るって事を教えてあげる」


 俺が本気を出そうと考えていると、ウェルミスは不敵な笑みを浮かべて左手も同じように突き出す。

 左手には、右手とは上下逆の五芒星が描かれている。


「これは、私でも使役できない故に使った事の無い最上級の召喚術よぉ。これを使ったら、貴方達は瞬殺ね」


「そんな事をさせると思うか?」


 ウェルミスの言葉に、アルバが睨みながら一歩前へと踏み出す。


「させて見せるわよぉ。召喚!」


 右手の五芒星が光りだすと、先程のようにまた大量のゾンビが現れアルバ達に襲い掛かる。

 これが最上級の召喚術か?

 

「ちっ、こなくそ!」


 アルバ達も充分強いのだが、ゾンビ達を迎撃するがいかんせん数が多くて苦戦しているようだ。

 再び俺が虚無なる寙ブラック・ホールで一掃しようとすると、ウェルミスが叫ぶ。


「我が命に応えよ! 代償は、我が前に立ちはだかる愚か者の魂! この地に降臨し、生者を蹂躙せん! いでよ、怠惰の王ロード・オブ・スロース!」


「な、怠惰の王ロード・オブ・スロースだと!?」


「有り得ないわ! そんな大物を召喚するなんて……私達でも勝てるかどうか分からないって言うのに……」


 ウェルミスが何を召喚しようとしたのか理解したアルバとアヤメはあからさまに狼狽える。

 アグナ(大)は、どこか楽しげにニヤニヤと笑っているが。


「あははぁ! もう遅いわぁ! さぁ、死者の王よ。その勇壮なる姿を見せなさぁい!」


 ウェルミスの両手の五芒星が光輝き、彼女を中心に巨大な魔法陣が出現する。

 そして、その魔法陣から現れたのは……俺だった。

 へー、召喚対象が目の前に居る時に召喚すると、こんな感じになるのか。

 ていうか、よく俺を召喚できる力を持ってたな。


「……あれ?」


 俺が素直に感心していると目の前光景が信じられないのか、ウェルミスは首を傾げる。

 

「な、何で貴方が出てくるのよぉ。貴方とそこのメイドのお嬢ちゃんからは確かにアンデッドの匂いがしてたけども、呼んだのは貴方じゃないわぁ……!」


 マジかよ、アンデッドの匂いとか分かるんか。

 地味に凄い嗅覚してんな。


「も、もう一回よぉ!」


 ウェルミスは、気を取り直して再び召喚術を行使するが結果は同じだった。


「なんで、なんでよぉ……!」


「答えは簡単ですよ」


「そうそう。ほら、教えてやれよムクロ」


 困惑するウェルミスに対し、レムレスとアグナ(大)が口を開く。

 つーか、アグナ(大)。お前、知っててアルバ達に黙ってただろ。

 こいつは、俺達の方のアグナと記憶を共有してる。それならば、俺の正体も知っているはずだ。

 それなのに、アルバ達が俺の正体を知らないって事は、教えてないって事になる。

 その理由は分からないが……多分、面白そうだからとかそんな理由なんだろうなぁ。


「えーとね……まあ、あれだ」


 俺は、どう打ち明けたものか迷いつつも人化を解いて骨の姿に戻る。


「俺がその怠惰の王ロード・オブ・スロースです。はい」


「そ……んな……あ、有り得ないわぁ」


 人化をしている間は、状態を維持するのに回す為に魔力が著しく下がる。

 それでも普通の奴よりは格段に強いが。

 それ故に、ウェルミス達は気づかなかったのだろう。

 今は、人化を解いたことで本来の魔力が戻っている。

 俺の魔力をモロに受けたウェルミスは腰砕けになり、地面にへたり込む。

 ……ふむ、どうやら戦意喪失したっぽいな。

 戦わないで済むなら、それに越したことは無い。俺は平和主義者なのだ。


「……あ」


 ウェルミスは、震えながらも気丈にキッとこちらを睨み上げる。

 ほお、まだ戦う意思があるのか。バイル達と言い、敵ながらアッバレだ。


「愛してますぅ!」


「へぁ!?」


 ガバッとウェルミスが腕を広げて襲い掛かってきたため、魔法で迎撃しようとするが、聞こえてきたのは予想外の言葉だった。


「ああ、白磁の様な輝く骨! 芸術品にも匹敵するような骨格美! そして、全ての生者を妬む様なその眼窩! どれをとっても、素晴らしいわぁ……流石は死者の王!」


 ウェルミスは、俺に頬ずりしながら歯の浮くような褒め言葉を並び立てる。

 なんだか、恍惚の表情を浮かべて涎を垂らす姿は何とも言えなかった。


 ……なんだこれ。

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