心が読める不死身の魔女と色のない嘘吐き少年

爽川みつく

心が読める不死身の魔女と色のない嘘吐き少年


 その少年は、人間から「暗闇の森」として畏れられるこの場所で一人、ぽつねんと輝いていた。


 輝いていた、という言葉に間違いはない。老人のように白い髪、陶器のように白い肌、血の色をした瞳。そんな姿で日の光の差さない森に居れば、そう表現する他ないだろう。軽い散歩のつもりで外に出てきたというのに、思いがけず美しい光景に出会い、魔女はそんなことを考える。


「お前、捨て子か」


 そして、それがあまりに物珍しいものだから、好奇心が人間嫌いを打ち負かし、魔女は少年に声をかけた。

 その声に、少年は怯えた様子で魔女を見上げる。

 誰。怖い。助けて、お父さんお母さん。

 震える赤の双眸そうぼうからは、術を使わずともそんな声が漏れ聞こえてくるようだった。それもそうだろう。魔女が封じられている森に捨てられて、怖くないはずがないのだ。


「ち、ちがう」

 だが少年は、事実とは真逆の言葉を口にする。

「道に迷ったんだ」

「迷子? しかしお前を探す親の声など聞こえんぞ」

「遠くまで来ちゃったから、聞こえないだけだ」

「……なるほど、忌み子として捨てられたか」

「っ?!」

 埒の明かない会話に嫌気が差し、魔女は術を使って少年の心を覗いてみる。するとそこには、非常に不愉快な記憶が詰まっていた。

 不吉の象徴。異端。日照りの原因。悪魔の子。そいつがいるから駄目なんだ。そいつさえいなければ。殺せ。殺せないのなら、暗闇の森に捨てろ。あそこに封じられている魔女は人間を恨んでいるから、無条件にこいつを殺してくれる。やめろよ、離せ。お父さんからも言ってよ。ねえお母さん? どうして目を逸らすの。僕は二人の大切な子供なんじゃないの。嫌だ。一人は怖い。怖い。怖いよ。……誰か。


「はん、人間らしい卒爾そつじな考えだな」

 吐き捨てるように言って、おい少年、と魔女は続ける。

「お前、ワタシに殺される為に、この森に捨てられたらしいな」

「違う」

「嘘を吐いても無駄だ。知らないようなら教えてやるが、ワタシは人の心が読めるんだよ。お前がいくら虚勢を張って嘘を吐こうと、その奥にあるものが、ワタシにはわかる」

「……嘘なんて、吐いてない」

「無駄だ無駄だ」

 ひとしきりからからと笑って、それから魔女は軽く腰を曲げて、少年と目線を合わせた。


「お前、ワタシのところに来るか?」


「はあ?」

 少年は眉間にしわを寄せ、訝しむようにそんな声を上げた。真紅の瞳が猜疑に歪む。

「村の連中に言われたのだろう、『もしもあの薄気味悪い魔女を殺すことができたら、そのときは村に戻って来ても構わない』と」

 覗いた心の記憶を辿り、魔女は言う。

「お前のその風貌、ワタシは気に入った。美しいものに殺されるのなら、悔いはない」

「……あんた、死にたいのか?」

 期待半分、懐疑半分といった様子で、少年は魔女に尋ねた。魔女は意図してにぃっと笑みを深める。

「ワタシはな、死ねないんだよ。もう何百年とこの世をさ迷っている」

 だから。

 少年の赤い瞳を真っ直ぐに見据え、魔女は続ける。


「殺せるものなら、殺してみろ。ただし、美しくな」


 その言葉に、少年がぞくりと震え上がったのを魔女は見逃さなかった。

 この森を脱出し、人間社会に戻れるのではないかという期待。

 何百年と生きる、心を見透かす化物を殺せるのかという不安。

 ああ、この少年は穢れを知らないのだ、と魔女は思う。大の大人が本気でかかってきても殺せない魔女を、自分なら殺せると信じてしまえる少年の無垢さが、魔女には新鮮に見えた。殺せないなら閉じ込めてしまえと、この森に封じられた魔女は、いつか人間の手によって殺されるのなら、愚かな人間よりもこの少年が良い。そう思えた。


「決まりだな」

 魔女はいとも簡単に少年の手を掴むと、家へ向かって歩き出す。

「な、なにするんだよ?!」

「お前、そんな痩せこけた身体でワタシを殺せると思っているのか?」

 ろくな食事も与えられていなかったのだろう、少年の骨ばった手を指先で感じながら、魔女はため息をつく。

「首を締められるだけの握力をつけろ。刃物を振るえるだけの筋力をつけろ。ワタシの隙を突けるだけの洞察力をつけろ。まずは飯を食え。話はそれからだ」

「……」

 呆気に取られる少年に、魔女は、そういえば、とあることに気付く。


「お前、名はなんという?」

「……自分を殺す相手の名前なんか、知ってどうするんだよ」

「だからこそ知りたいんだ」

 それで? と問いを重ねる魔女に、少年はぷいと顔を逸らす。

「名前なんて、ねえよ」

「嘘を吐くな」

 既に魔女には、少年が親から貰った名がわかっていた。そして同時に、自分を見捨てた親の名に価値を見失いかけてるということも。


「ないのであれば、ワタシが付けるぞ。そうさなあ……嘘吐きLiarだから、『ライ』はどうだ?」

「……別に。どうでもいい」

 顔を背けたままの少年から、しかし魔女はひとつの感情を読み取り、小さく笑った。

「ワタシの名はデリアだ。期待しているぞ、ライ」

「うるせえ」




 暗闇の森という環境が体質に合っていたのか、少年は初対面のときからは信じられないほど、健やかに成長していった。

「なあライ。ここに隠しておいたクッキーを知らんか?」

「し、知らない……」

「嘘を吐くな。口の端に、食べかすがついているぞ」

「食べてねえってば! あんな不味いクッキー、誰が喰うかよっ!」

「やはりな。随分と前に隠しておいたのを今ほど思い出したから、捨てようと思ったんだが」

「……うげえ」


 少年は、目を見張るほどに逞しくなっていった。

 いつの日か魔女をこの手で殺める為に、強く、強く。

「おいデリア、何度言ったらわかるんだよ。一人でふらふら散歩に行くんじゃねえって。危ねえだろ」

「ワタシに指図するな。それにこの森はワタシの庭のようなものなんだ、危ないことなどあるものか」

「それはあんたが死なない身体だからってだけで、危ない目には何度も遭ってんだろうが。この間、人喰い花に両足を喰われて数日帰ってこられなかったのは、どこの魔女だ?」

「……」

「あの人喰い花を僕に退治してもらって、僕におんぶされて帰ってきたのは、どこの魔女だ?」

「う、うるさいっ!」

「僕が殺す前に死ぬんじゃねえぞ。長年の苦労が無駄になる」

「たかだか数年の鍛錬で、戯言を吐かすな。それに、あの程度で死ぬワタシではない」

「……それなら良いけど」

「んん? なんだ、ライ。お前、ワタシの身を心配しているのか?」

「してねえよ! 誰がするか、そんなもんっ!」




 時は流れ、少年は青年へと成長し。

 時代は変わる。

 畏れられていた魔女は、駆除の対象となった。

 各地の名高き魔女達が狩られていき、時代のうねりは遂に、暗闇の森にも到達する。


「魔女を匿っても無駄だ! そこを退け、小僧っ!」


 重装備に身を包んだ騎士達が、青年に怒号を飛ばす。

 青年の背後には、魔力無効の矢を受けた魔女が、血を流して倒れている。


「嫌だね。絶対に退かねえ」

 赤い瞳を怒りに震わせ、青年はぎろりと騎士達を睨みつける。


「デリアは──この魔女は、僕の命の恩人で、僕が美しく殺すって約束してるんだ。あんたらなんかに殺させはしない」


 薄れゆく意識の中で魔女は、初めて嘘を吐かなかったな、と感心した。



end

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