21 オーバー・ゼア!

 「リジー・ボーデンの末裔、マーガレット・ボーデン。

  少しでも動けば、同じ幹部とて、容赦せず切り捨てる」

 「できるものなら、やってみなさいな。

  元ニューグアムロッジ、ウォーシップフルマスター。

  オーガスタス・ミラー」



  そう、彼はフリーメイソン支部長の経歴を持つ、合衆国建国連合幹部。

  オーガスタス・K・ミラー。 36歳。 人間。

  米軍を主な顧客とする民間軍事会社、ティアマトーの会長でもある。



 「いいのか?

  まかりなりにも、俺は軍人の出だ。

  それも、チャールズ・ホイットマンを生んだ、あの海兵隊のな。

  瞬殺の一撃、試してみるか?」

 「あらそう。

  その経歴も、嘘じゃなければいいけどね。

  支部長とは名ばかりに、ロッジを転々として、ろくすっぽ会費も払わず、儀式もサボってた、どこかのお馬鹿さん」


 ミラーの眉間が、ピクリと動いた。 


 「勘違いするなよ。

  金と口先だけの集会所に成り下がったメイソンに嫌気がさして、俺はここに入っただけだ。

  会費を払うには十二分の財力も、儀式をこなす手腕テクも、俺にはある。

  幸か不幸か、組織が殺したものが、ここで開花し、俺は今、お前と同等の立場にいる。

  だから俺は、ウォーシップフルマスターを続けられている。

  ただ、それだけだ」


 しかし、マーガレットは言う。


 「口先だけでは、どうとも言えますわ。人を泣かすも殺すもね。

  わたくしは御託より――」 

 「結果と言いたいのか?

  俺はいつも、月一回の最高幹部会合に出ている。そこには、コンテストマスターの君もいるはずだ。

  それなのに俺の姿を見ていないというのなら、言えることは2つ。

  会合で居眠りでもしているか、その肩書が嘘で固められた結果、なのか。

  その言いようじゃあ、両方当てはまる、ってところか」


 うすら笑いのミラーに、彼女は吐き捨てる。


 「おこがましいにも、程がありますわよ。ミスター・ミラー」

 「おこがましいのは、君の方だろう。

  我々、最高幹部会の意思決定によって、君たち実働部隊が、未来永劫の合衆国を作るために、動いている。

  マーガレット。本来、君は我々の指示通りに動き、組織にとって、有益な任務を全うしてもらう駒に過ぎない」


 駒。

 その言葉に、マーガレットの眉が吊り上がった。


 「組織において、ボスの指示に逆らう駒など、役立たず同然だ。

  コンテストマスター。

  そんな君が、こうして生きて、好き勝手にニューカマーを殺せるのも、最高幹部たちが、実働部隊に特別な加護を授けているからだ。

  グランドマスターは、君たちの……いや、アトリビュート自体が、バチカンの教授が遺した、アカシックレコード理論を完成させる鍵と信じて疑わない。

  アトリビュートは、人類の歴史と共に、今日まで歩んできた最強の武器。

  お前たちは、銃であり刀。武器であり、手段だ。

  ネオ・メイスンのために生かされ、甘やかされていることを忘れるな」


 「私たちのおこぼれを、ただ乞うて貰うだけの分際で偉そうに」

 「ほざけ、没落貴族。

  生まれた瞬間から、コロシの渇望が刻み込まれた、哀れなシリアルキラーの末裔共が」

 「お黙りなさいっ!」

 

 語気を荒げた彼女の斧が、ただ筋肉の反応に従って動いた矢先、ミラーは93Rの引き金を起こし、足元に銃弾を撃ち込む。

 一度の射撃で、銃弾を三発連続で打ち込める、バーストモード。

 リズミカルな短調が、血に染まったアスファルトに刻み込まれた。


 「動くなって、言ったはずだ。

  それとも、今時のお嬢様は、ワルツよりツイストがお好みかな?」


 このままでは、流血より凄惨な抗争になる。

 互いを止めんと、シュバルツとレベッカは、目配せし右手を上げようとしたが


 「君たちもだ。シュバルツ、レベッカ。

  これは俺たちの話し合いだ。下手な仲裁はいらない。黙ってろ」


 ミラーの言葉に、2人は無言で手をおろす。


 「それに、俺の専用機コメットをハロウィン仕様に塗り替えろなんて命令を、お前にした覚えはない。

  伝統あるアメリカの殺人鬼か何だか知らないが、この純白の処女を血で汚し、その翼に生首ジャックオーランタンを飾り立てた罪は重いぞ。マーガレット。

  俺の一声で、お前を輪廻の中から外し、奈落の底に落としてもいいんだ。

  それが、何を意味するのか……賢いお前なら、わかるよな?」

 「っ…!」

 「分かったら、その斧を仕舞え。グランドマスターには事故とでも言って、誤魔化してやる。

  流石に、今年に入って6人も殺してるんだ、いくら寵愛されてるお前だって、無事では済まないだろうに」


 マーガレットには、反撃する材料がなかった。

 それも、そのはずだろう。

 コンテストマスターは、単なる前線の突撃隊長。

 ミラーが今でも持ち合わせている、ウォーシップフルマスターの肩書と比べると、天地の差がある。


 マーガレットが武装を解除し、手の甲の紋章が消えると、斧、そして身にまとう喪服が一瞬で消え去った。


 「その通りに致しましたわよ。ミスター・オーガスタス。

  これで、よろしくて?」

 「ああ。それでいい」


 ミラーもまた、安全装置を入れながら、銃口を足元に下ろした。


 「正直なところ、お前たちに銃は向けたくない。力の差は歴然だからな。

  だが、こうした理由は、マーガレット、お前が言った御託そのままだ。

  1人のミスが、意志を共にする者たちの首を絞め、走り続けるものすべてを壊す。

  お前が、その理由を盾に新米たちを殺せるのなら、俺が、それを理由にお前たちを罰しても、アンバランスではあるまい」


 不愉快。

 マーガレットは握りこぶしを作り、震えながら、その屈辱に耐えていた。

 アトリビュートを持たない、パワーで劣り、見栄である肩書で押さえつけてくる、人間の説教に。


 「言いたいことはそれだけ?

  でしたら、もう、消えてよろしくて?

  掃除係を呼ぶなら、私が居ては都合が悪くなるでしょう」

 「いや。話は、これからだ」


 その言葉に、背を向けていたマーガレットは振り返る。


 「ノクターンが、ゲイリー・アープに接触した」

 「ケサランパサラン事件の、最重要ターゲット!?」

 「そうだ。

  奴は、我々が911事件後にマークし続けていた、推定魔術師だ。

  彼の周囲で再び、ケサランパサラン絡みの事故死が多発している」

 「つまり、怪奇事件」  


 シュバルツの言葉に、ミラーは頷いた。


 「バチカンも調査を続けているが、連中は彼らより先を走っている。

  全く、元バチカン最強のエクソシストは、どんな奇跡をばら撒くか、わかったもんじゃない。

  そこで、君たちの出番だ」


 彼は続ける。

 

 「アカシックレコード理論を完成させるには、何としても、この世の全ての怪奇を探求しなければならない。

  アトリビュートだろうが、なんだろうが、この理論が完成すれば、世界の真理を、我ら合衆国建国連合が握ることができる。

  それはつまり、新たな世界と、ユートピアを手にすることができる、大いなる一歩になるのだ。

  君たちの任務は、組織の邪魔者を殺し、この世界の秘密を手に入れること。

  究極の世界を創造するには、何としても、アトリビュートと完璧な理論が必要なのだ」


 ミラーは右手人差し指、中指、薬指をピンと立て、それを3人に向けた。

 ネオ・メイスンが仲間内で使う、秘密の手信号だった。

 その、意味とは――



 「グランドマスターからの指示だ。

  “オーバー・ゼア”。標的はケサランパサランと、ゲイリー・アープ。

  そして、ベガスにいる全ての外敵。

  そのためなら、ラスベガスを地図から消滅させても構わない…だそうだ」


 途端、3人の眼に濁った輝きが沸き上がる。

 楽しそうに、口元をゆがませて。


 「ただし、しばらくは傍観を続けろとのことだ。

  ノクターンの連中とバチカンが、彼らに接触したのを確認したら、一気呵成に攻めあげろ」


 この言葉に、返答をしたのは意外にもマーガレットではなかった。

 シュバルツ・バートリー。

 アカシックレコード奪取のための実働部隊のトップは、実質、彼女だからだ。


 「承知…私たちもノクターン、いや、リオ・フォガートには因縁がある。

  全員含めて、血の海に沈めてやるわ。文字通りの死海にね。

  マーガレット! レベッカ! 旗を掲げろ! 標的はラスベガスだ」

 

 『了解!』


 オーバー・ゼア。

 勝利と殲滅を意味する指令は、怪奇事件探索班のみに出される、出撃の合図。


 アカシックレコードを奪い取り、自分たちに敵対する全ての者を抹殺せよ!

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