54 ザ・ダーク・タワー
PM7:23
ストラスフィア・タワー。
陽は完全に沈み、砂漠の夜に、ネオンの空中都市が姿を現す。
幾重も流れるヘッドライトの中に、彼女のマシンも溶け込んで。
あやめの運転するブルーバード。
そのフロントガラスごしに、否が応でも目的地は見える。
サーチライトに照らされた、真っ白な塔が、漆黒に向かって伸びている。
ストリップ北側に位置するレジャーホテル。そこの目玉にして、エリアのランドマークであるのが、このストラスフィア・タワーだ。
高さ350メートル。
成層圏の名を冠した、ラスベガス一の高層建築物には、レストランや展望台のほか、非日常のスリルを味わえる絶叫マシンが数多く用意されており、隠れた観光名所として知られている。
あやめたち“非日常”を生きる者たちには、無用の長物だろうが。
タワー足元。
路肩に見慣れたフォード マスタングのコンバーチブルをみつけ、後ろへと車をつけて、停止。
タワー入り口の電光掲示板が眩しい。
あやめが、即座に車にもたれかかったリオに声をかける。
「ボン・ヴォリーニのリムジンは?」
「メイコがタクシーで追っかけてるんだけど、どうやらオールドロマン・ホテルに入ったらしい。
ジェンキンスと、イングラム男が出迎えたそうだよ」
「やっぱりそこか。
カジノとホテルエリアを繋ぐフロア、そこにナゾの空間を有する場所」
頷いたリオは続ける。
「ボン・ヴォリーニと愛人はカジノエリアじゃなく、レストラン街の方に案内されたらしい。
そこまでは確認したけど、その後はわからない、って」
「なして?」
「フロントまでは確認したけど、館内の警備員が一斉に彼女を睨んで後をつけてきたそうだよ。
命の危険を感じたから、たまらず妖術で気配消して逃げたって」
「あの子が、そこまで追いつめられるってのは相当だわ……。
ホテルに入ったことのないメイコまで、目をつけられてるってところを見ると、私たちもブラックリスト入りしている可能性高いわね。
あのイングラム男、いやに仕事が早い」
しかし、ある問題が2人の前に立ちはだかる。
「そうだとしたら、どうやってホテルに入る?
エリスが手に入れた資料だと、オールドロマン・ホテルにはカジノだけで600台近い監視カメラがあるんだ。
それだけじゃない。カジノ内には複数の警備員がいる。互いが互いを監視しあっている。そんな状況なんだぞ。
正面から強行突破なんて、無理だ」
すると、あやめは
「無理じゃないわ。私の血が味方してくれる。
私に流れているのは妖怪の血だけじゃない。歩き巫女だった祖先の血、つまり妖術使いの血も流れてる」
「妖術?」
あやめは続ける。
「操車場で戦った時、ケサランパサランに紙風船を使ったでしょ?」
「ああ、あの機雷みたいな」
「アレがそうなのよ。
日本でも使える者が5人といない駄菓子妖術。
かつてグランドマザーと呼ばれた、最強の現代陰陽師が生み出したシャーマニズムよ」
「なるほどね。で、それが?」
リオの返しに、あやめは溜息も吐かずに言うのだった。
「あなたが投げつけてきた問題の答えよ。
駄菓子妖術と雪女の血、ひとさじのテクニックを使えば、あの硬い壁を難なく崩せるはず」
リオは更に問う。
「できるのか?」
「私なら…ね」
したり顔のあやめ。
「そのクールなまなざしは、何か考えがある、ってことね?」
「ええ。ちょっと準備が必要だけど。
リオはこのまま、メイコと合流して。私はいったん、ホテルに戻って、ネタを仕込んでくるわ。
20分後に、落ち合いましょう」
「わかった。
ついでに、ありったけの弾丸ももってきてくれ。
相手は重装備の上に、マフィアも相手にしなきゃならない。
何が起きるか分からないからね」
「オーライ」
2人はそれぞれのマシンに乗り込むと散会。
光の川の中へと消えるが、そこから出てきた別のマシンに気づくことはなかった。
丸型ライトでは隠せない刺激的なロングノーズ、それを補う赤いボディと排気量。
1971年式 フォード マスタング マッハ1
ショーン・コネリーも乗った、アメリカン・マッスルカー。
運転席から降りてきたのは、ネオ・メイスンのメンバー、マーガレット・ボーデン。
すぐに、懐から携帯電話を取り出してコール。
「
カシャ6台分のモウリョウ。特急便でね。
それから、ボン・ヴォリーニはオールドロマン・ホテルに入ったわ。会合は間もなく行われるようですわ」
■
「了解。ミス・マーガレット。
そのまま状況を開始。
カシャを、マッカラン空港からベネチアンホテル裏手に移動させて待機。
私とレベッカで、先行する。後の突入指揮は、貴女が取りなさい」
――言われなくても、そうさせていただくわ。
舌打ちを残して切れた電話を、シュバルツはそっと、スカートのポケットに仕舞った。
109階。ストラスフィア・タワー展望台。
眼下に、まばゆいラスベガスの夜景を見下ろしながら、彼女は笑っていた。
「見てごらん、レベッカ」
後ろでたそがれていたレベッカも、髪をなびかせ一歩前に。
「綺麗ね」
「ああ。とっても綺麗」
「こんな綺麗な場所が、もうすぐ血まみれの戦場に代わるなんてね」
フフッと笑ったレベッカの肩を、シュバルツはゆっくりと抱き寄せた。
「私たちは贅沢なのよ。
ダイヤ、サファイア、ルビー。
この宝石だらけのショーケースを、ぐっちゃぐちゃに壊すことができるんだからね」
「ああ、シュバルツ。私、とってもワクワクしてきた」
互いに手を絡め、耳元で囁きあう。
官能的なアンチテーゼを。
「なら、いっぱい暴れよう。
さっきより、いっぱい暴れよう。
暴れて何もかも奪おう。
妖怪も、アカシックレコードも……そして、探偵たちの血も肉も、何もかも。
ベガスで一番贅沢した人間になるんだ」
「そうね。シュバルツ。
一番贅沢な人間に…そして、ユートピアにふさわしい人間に…」
■
同時刻
ラスベガスの玄関口 マッカラン国際空港に飛行機が着陸していた。
アントノフ An-255。
全長84メートル。6つのエンジンを有する超巨大貨物機である。
世界に1機しかないはず…だが、生産が中止されたもう1機を、ネオ・メイスンが自力で作り上げて保有していることを、恐らく誰も知らない。
操縦席が隠れるほどに大きく開いた先端部。
その機内から、次々とエンジンを唸らせて、トラックが降りてくるではないか。
大きさからして中型車。
地上に降り立つたびに、サスペンションがたわむ。
しかし奇妙なことに、世界中のどのメーカーとも合致しない車両。
軍用とも試作車とも違う。
言い換えるなら、未確認物体。
異様に高い車高と、車体からはみ出した4WDタイヤ。
アメリカン・トラック調のボンネット型運転台。
その両脇から突き出た煙突。
車体下で唸る予備モーター。
何より運転台よりもデカい、国際運送会社のロゴが刻まれた特殊ジェラルミン製のコンテナが、その異様さを更に極めつけている。
マーガレットたちが“カシャ”と呼んでいた輸送車両。それが、こいつら。
そんなトラックが、1台、また1台と、大きく開かれた口の中から、まるで蟲のように這い出して来る。
全ての積み下ろしが終わってみると、トラックは計6台。
一列に並んだそれは、オフロード用ガードのついたヘッドライトを点灯させると、甲高い唸り声を上げ、同じスピードで等間隔に走り始めた。
輸送機を後ろに格納庫横を通って、開かれた荷物搬入口から、ラスベガスの街に放たれるナゾの大型トラック。
その荷台に、何が積まれているのか、誰も知る由もなく――。
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