第67話 破壊

 どれだけ攻撃を叩き込んでも、剣で阻まれては押し返される。さっきからこれの繰り返しで辟易してくる。

 葵は苛立ちの声を上げながら、それでも菖蒲へ打ちかかる。


 菖蒲は、剣術と陰陽術、そして龍神の牙の力を巧みに操り、葵、京介、風神丸三人を一人で相手取っていた。

 三対一。どう考えても数ではこちらの方が有利なのに、どうしてだか倒せない。


「陰陽師に、鬼に、神通力を操る少年か。なかなか面白い組み合わせだ」


 菖蒲は三人を一瞥すると、おかしそうに口元を歪める。

 その間にも、葵を含めた三人は攻撃を仕掛けるも、三人まとめて打ち返されてしまう。

 今や彼女の手にある龍神の牙の刀身は、まばゆいほど青白く光り輝いていた。そして、その刀身の周囲を水の粒子が帯のようになって取り巻いている。


「少年よ。身のこなしといい風を操る神通力といい、ただの人間ではないな。何者だ」


 攻撃の間に放たれる彼女の言葉に答える余裕などこちらにはない。

 葵は、返答代わりに炎と風の力をまとった錫杖で衝撃波を食らわせた。菖蒲はすぐに龍神の牙から斬撃を飛ばした。火の力と水の力が中空でぶつかり、互いを相殺する。


 葵と入れ替わるようにして、風神丸が飛び出した。すでに多くの斬撃を受けてボロボロになった鉄扇を盾代わりにして、菖蒲へ斬りかかる。その隙に京介が菖蒲の背後に回り込み、攻撃型の呪符を龍の宝珠へ叩きつけようとする。だが、菖蒲は一瞬で風神丸の刀を龍神の牙で弾き飛ばすと、そのまま流れるような動作で京介を斬りあげた。

 苦悶の声をあげ、京介は切りつけられた腕を押さえて一歩下がった。だが、傷は浅かったようで、出血は目立たない。

 そのことに葵はそっと胸を撫で下ろした。それにしても、菖蒲の神がかった反射神経が気にかかる。やはり龍神の牙の力が影響していると考えるのが妥当だろうか。ひょっとしたら、龍神の牙が自ら動いているとも考えられる。少なくとも、龍神の牙は最初一人で飛び回っていたのだから。


「わかったぞ」


 四人の動作が止まり、にらみ合い状態となったところで菖蒲は再び口をひらいた。錫杖を油断なく構える葵を見て、こう告げる。


「さてはお前、天狗の弟子だろう」


 弟子というわけではないが、ほぼ図星みたいなものだったので葵は驚いた。その様子を見て、菖蒲は「図星だな」と軽く笑う。


「神通力を使える人間など、天狗に修行をつけてもらったとしか考えられん。ああ、そう言えば」


 菖蒲は何かを思い出すようにして、目を少し上へ向けた。


「少し前に、紫紺様が天狗の里を滅ぼしたと言っていたな」


 菖蒲の言葉に、葵は目を剥いた。


「確か里のあった山の名は、千歳山ちとせやま


「千歳山……」


 『千歳山』確か、山を出て初めて会った人間・小春が口にしていた。人間たちが名付けた、御山の別の名。

 目を見開いたまま固まる葵を試すように、菖蒲は次の言葉を続けた。


「ひょっとして、師匠はそこの天狗たちか」


 無言のままの葵を見て、それが答えと受け取った菖蒲は哀れむような目を向けてきた。


「かわいそうに……。健気な少年だな。師匠たちの仇打ちのため、山を下りたか」


 葵は突如言い様のない怒りにかられ、足場を蹴って菖蒲に肉薄した。錫杖を打ち込んだものの、やはり龍神の牙で受け止められる。

 葵は錫杖をギリギリと龍神の牙の刀身へねじ込みながら叫んだ。


「お前に哀れんでもらう必要はない。しかも そんな、薄っぺらい哀れみなんて」


「そうか、それは失敬」


 菖蒲は哀れむような表情をすぐに引っ込めると、柄に力を込めて葵の錫杖を押し返した。


「さあほら、哀れみなどしないから、私を紫紺様と思ってかかってきてみろ。憎んでいるんだろう。恨んでいるんだろう」


 どこかからかうような彼女の口調に虫唾が走る。葵は、「言われなくてもそのつもりだ」と叫び、錫杖を構えた。葵の感情の高ぶりに呼応したかのように、赤い炎が錫杖を螺旋状に取り巻く。


「この炎でお前を燃やしてやる」


「いい度胸だ」


 葵と菖蒲は同時に地面を蹴った。空中で互いの獲物が激突した途端、炎と水の力が顕現し、互いを喰らい合う。だが、わずかに火の力が押し負けている。


『少年、早く龍の宝珠を壊せ。女を倒すよりまずはそれが先だ』


 火の神の声が、頭の中に直接響いてきた。


「それはわかってる」


 葵は叫んだ。わかっている、いるのだが、龍の宝珠を狙うたびに菖蒲に邪魔されてしまう。宝珠を破壊するには、先に彼女の動きを封じるしかない。だが、それには龍神の牙をどうにかしなければならない。その龍神の牙を止めるには龍の宝珠を破壊しなければならない。このややこしい状況に、葵は苛立ちと共に焦りを感じ始めていた。


 とにかく葵は、菖蒲の傍に浮かぶ龍の宝珠へ隙を見て衝撃波を打った。だが、すぐに菖蒲によってその攻撃は阻まれる。そのまま戦いは激しい剣戟戦へともつれ込んだ。

 葵の錫杖と龍神の牙が互いを削り合うたびに、周囲では炎と水が激しく絡まり合っては互いに牙を剥き、喰らい合う。やはり力は龍神の牙の方が勝っており、炎は次第に水に飲まれ、それに比例して葵自身も菖蒲に押されてゆく。


 このままではいけないと、直感が激しく警鐘を鳴らしているのを感じながらも、葵の頭に打開策は浮かんでこない。京介は腕を負傷してしばらくは動けないようだし、風神丸も神と神の力を宿した武器とその持ち手との激しい争いに、なかなか介入できないでいるようだ。

 だが葵一人でどうこうできそうにもない。せめて、龍神の牙に力を与えているという龍の宝珠を破壊できれば、事態は改善するかもしれないのだが、まずそれができない。


『少年、大丈夫か』


 火の神が防戦一方となった葵の身を案じて声を上げる。

 その問いかけにろくな返事を返せないほどに、葵の体は限界が近づいてきていた。息が上がり、錫杖を持つ手は痺れ、足も鉛のように重くなっている。こうして動いていられるのが不思議なくらいだ。

 今はこうして菖蒲の攻撃をどうにか防いでいるが、いつか反応できなくなってしまうだろう。その時に待っているのは死だ。そしてその時は、すぐそこまで来ている。


 だが、突然菖蒲の動きが崩れた。真横から風神丸と京介が二人して突っ込んできたのだ。二人は葵を守るようにして前に立つと、風神丸の巨大鉄扇の前に京介の結界を張るという二段構えで、菖蒲の剣戟を防ぐ。だが、剣戟の威力は凄まじく、京介の結界を貫いて巨大鉄扇まで攻撃が届いた。神の力を持ったものには、同じく神の力を持ったものでないと対抗しえないのだ。

 だが、二人が作ってくれた隙を葵は見落とさなかった。最後の力を振り絞って狙うのは、龍の宝珠。


 京介と風神丸の反撃に気を取られた菖蒲の隙をついて、葵は炎を纏った錫杖を振り上げる。振り上げた錫杖から宝珠まで、その間に遮るものは何もない。


(いける)


 葵はその先に希望を見出した。龍の宝珠を、ようやく破壊できる。龍の宝珠を破壊すれば、龍神の牙を鎮めるのを阻む障壁はなくなる。


 その時、葵は腹部に違和感を感じだ。肉を鋭い刃で抉られるような感触。一瞬間を置いて、恐ろしい激痛が体を貫く。


「っっっっっ!!」


 声にならぬ悲鳴が口から漏れた。下を向くと、青白い光を放つ血塗れの刀身が、自分の腹部に深々と突き刺さっているのが見えた。龍神の牙の柄を握っているものは誰もおらず、すぐそばで驚いた顔をした菖蒲と、京介、風神丸の姿が見える。龍神の牙が一人でに動いて葵を刺した。皆の表情がそれを物語っている。


あと一歩だったのに、届かなかった。自分が重傷を負ったことよりも、その現実のほうが受け入れられなかった。だがその時、愕然とする葵の耳元を何かがかすめた。痛みに耐えられず、膝をついた葵の目に、信じられないような光景が映っていた。


 龍の宝珠に、一本の矢が突き刺さっている。矢の突き刺さった箇所から亀裂が走り、ひび割れがゆっくりと宝珠全体に広がってゆく。やがて、龍の宝珠はパリン、と音を立てて、粉々に砕け散った。途端に、葵の腹に刺さっていた龍神の牙の光が弱まった。

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