第50話 話し合い

 葵は風神丸と共に武道場を出ると、書庫にいる京介、部屋にいた沙羅、九尾に順番に声をかけて宵の塔を出た。こうやってみんな揃って鬼の国を歩くのは、最初に来た日以来だった。


「なあ、京介は書庫で何の本読んでるんだ?」


 ちょうど昼時だったので、目に付いた蕎麦屋に入り、皆で蕎麦をすすりながら葵は尋ねた。京介の様子を見に一度書庫へ入ったことがあったが、書庫にある本はどれもこれも難しげな本ばかりで葵はちっとも読む気にならなかった。そんな書庫内で本に半ば埋もれかけながら、京介は難しげな顔をして本を読んでいた。


「何の本って。いろいろだよ。」


 蕎麦をつゆにつけながら京介は答える。


「鬼の国の成り立ちとか歴史とか、龍神の牙のこととか。後、百世ももよの国の歴史、他にも天文学や薬学の本も読んでる。」


「お前って本当に勉強熱心だな。」


「知識を増やすのが好きなだけだよ。」


 何でもないことのように言うと、京介はそばを一気にすすりあげた。


「みんなは毎日何やってるの?」


 今度は京介が尋ねる。


「俺は毎日、体がなまらないように鍛錬に励んでる。」


 葵が言うと、「私は弓矢の稽古。」と沙羅も得意気に言った。

 その隣で九尾は「ゴロゴロしてる。」とつぶやいて、風神丸は「俺は毎日食って寝て遊んでる。」と言った。


「葵と沙羅ちゃんはともかく、九尾と風神丸さんはロクでもない過ごし方だね。」


 若干蔑んだような目で京介に見られて、風神丸が口を尖らせる。


「お黙りなさいな。あやかしってのは人間様みたいにせわしなく働いたり勉強したりしないんです。毎日自由気ままに暮らすのさ。」


「あやかしって気楽でいいよねえ。」


 呆れたようなため息をついて、京介は湯のみに手を伸ばす。


「僕もできればそんな風に生きたいのが本音だけどね。」


「ならそうすればいい。」


 九尾に言われ、京介は「そうできないから言ってるんだよ。」と肩をすくめた。


「僕はいろいろがんじがらめなんだよ。勝手に自由な行動なんて取れない。」


「そうなのか。」


 いまいちよくわかってない様子で九尾は小首を傾げる。京介はそんな九尾に取り合わないで「それよりさ。」と唐突に話題を変えた。


「もうここへ来て十日は経つけど、何も起こらないね。ずっとここにいるわけにもいかないし、事が起こるのを後どのくらい待ってみる?」


「そうねえ。どうしましょう。あんまり長居しすぎると、鬼姫様に迷惑かもしれないし……。」


 自信なさげに沙羅が言うと、「いやいや、遠慮せずに好きなだけいて良いよ。」と、風神丸が湯のみを掲げた。


「沙羅ちゃんかわいいし。」


「沙羅の見た目は関係ないだろ。」


 九尾のツッコミを無視して風神丸は続ける。


「まあでも、君らには君らの事情というのもあるだろうし、俺が言えることじゃないね。」


「葵はどう思う?」


 京介に聞かれて葵は考え込んだ。正直、この十日間何もできずにいたずらに時間が過ぎ去って行くのは歯がゆかった。今こうしている間にも、紫紺は罪もないあやかしを殺しているかもしれない。御山や久渡平のような惨劇が今もどこかで繰り広げられているのかもしれない。なのに自分は今こうしてのんびりそばをすすっている。こんなことをしている場合ではない。だが、鬼の国で何も起こらないという保証はないのだ。鬼姫の想定通り、紫紺が龍神の牙を狙っているのだとしたらここを離れるわけにはいかない。だが、そうである事の保証も同時にどこにもないのだ。


 鬼の国のある美村鹿は、羽衣神宮の神によって行き先として指し示された土地。きっと何か、葵たちの旅と深く関わることがこの土地のどこかで起こるのはほぼ間違いないだろう。だがもうあれから十日。神を降ろした紅鳶の口から告げられた託宣は、鬼の国を示したものではなかったのかもしれない。美村鹿にあるのは鬼の国だけではない。ほかにもあやかしの住処はあるだろう。場所を間違えたのではないか、近頃葵はそう考えていた。

 全く答えとなっていなかったが、とりあえず葵は今自分が思っているそれらのことを皆に話した。だが即座に風神丸が首を横に振る。


「美村鹿にあるあやかしの住処に何か異変があれば、すぐに鬼姫の耳に入る。今の所鬼姫からそんな話聞かないし、どこも襲撃には合ってないだろ。だからそう焦る必要はない。」


「そうか。なら大丈夫、なのか?」


 口ではそう言ったものの、やはり不安なものは不安だった。

 その時、沙羅が箸を置いて突然厳かな声で話し出した。


『美村鹿へ行くと良い。我はそなたたちに行くべき道を示しただけ。それ以上のことは、自身で行って確かめるが良い。』


 羽衣神宮で受けた託宣とそっくりそのままのことを言ったので、一瞬沙羅の体に羽衣神宮の神が宿ったのかと葵は驚いた。だがそんなことはなく、沙羅はまたいつもの調子に戻った。


「っていう託宣を私たちは授けられたのよね。この託宣の中に、鬼の国って言葉も、それを匂わす言葉もない。ただ美村鹿へ行けと言われただけ。それ以上のことは自分で確かめろって。だから私たちは、鬼の国へ見当をつけてここへ来て、龍神の牙のこと知った。そして、それを紫紺が狙っていてもおかしくないんじゃないかって話になった。つまり今私たちは、託宣の中にあった『それ以上のことは、自身で行って確かめるが良い。』の部分をしている。託宣から外れた行動はとってないわ。だからあとは、自分たちの行動を信じるしかない。」


 沙羅は決然とした口調でそう言うと、一同を眺め渡した。


「でも、いつまでも待つわけにはいかない。とりあえず、もう二、三日待って何も起こらなかったら、美村鹿の他の場所を探ってみましょう。それでいいかしら?」


 最後の部分は少し遠慮がちになる。だが京介も葵も「そうしよう。」と頷いた。

 沙羅の言う通り、今は自分たちの行動を信じるしかない状況だ。託宣から外れた行動はとっていないのだから、結果は半分運任せ、それこそ神のみぞ知ると言ったところだろう。

 葵は最後に残った蕎麦の麺を箸でつまむと、つゆにつけて一気にかき込んだ。

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