第26話 襲撃の現場 二
「ねえ、あなたたち。なんだかすごい怖い顔してるけど、どうしたの?」
沙羅に言われ、葵はそんなに険しい顔をしていたのかと、慌てて表情を柔げた。
「いや、その。色々と考え事をしていて」
「そう……私もよ。ここを初めて訪れた時、いくら何でもむごすぎる、陰陽師って相手があやかしなら何の躊躇もなく殺せる人たちなの?って。考えたわ。それに、風の便りに聞いたけれど、最近あやかしたちの住処や根城が何者かに襲撃されているんですってね。襲われたあやかしたちはほとんど全滅したって。このあいだは天狗の住む山が襲われたと聞くし。ここもその噂と同じものなのかしら」
沙羅の言葉に葵は目を見開いた。
「御山の、天狗の山の襲撃のことを知ってるのか?」
「ええ。詳しくは知らないけれど。あやかしたちがしきりに噂してたのを九尾が聞いたらしいの。待って、天狗の山って」
沙羅は何かに気がついたらしく、驚愕した様子で葵を見つめた。
「あなた、天狗に育てられたって言ってたわよね。ひょっとして襲撃のあった天狗の山ってひょっとして、あなたの」
葵はゆっくりと無言で頷いた。沙羅は「そう」と短く呟いた。それから何か言おうと口を開きかけたが、結局何もかける言葉が見つからなかったのか口を閉ざした。
すると、横からずっと頃合いを見計らっていた京介が口を挟んできた。
「実は僕らは、各地のあやかしの住処を襲撃しているその人物の動向を探っているんだ。今は探っているのを相手に感づかれたから、お休みしてるんだけどね」
「え、そうなの?」
沙羅は驚いた様子で京介を見た。
「じゃあ、ってことは、誰がこんなことしたのか知ってるの?ここを襲撃した人も?」
「僕らが追っているのは土御門紫紺。でもその人物は、三月前ここに来てはいない。だから、ここを襲いあやかしを殺したのは別の人物だ。おそらくだけど、紫紺と関係があるかもしれないと考えてる」
「土御門」
沙羅はうわ言のようにつぶやいて、さらに驚きの表情を浮かべた。
「て、それ陰陽師の名門じゃない。名門中の名門。その人があやかしを無差別に殺して回ってるの?どうして?」
京介は口を閉じた。これ以上のことを関係ない人物に話すべきかと迷っているようだ。しかし、しばらく逡巡すると結局話し出した。
「紫紺は、この国のあやかしを根絶やしにするつもりなんだ。そうすることで、この国を真に穢れなき世にしようとしている」
「あやかしを根絶やしに?ひどいわ。それにそんなことしたら、陰と陽の均衡が崩れちゃうじゃない。それに、真に穢れなき世ですって?全てにおいて清らかなものなどありはしないのに」
沙羅は拳をぎゅっと握りしめた。顔には許せないといった表情が浮かんでいる。
「面白いな。その男」
沙羅のそばでずっと話を聞いていた九尾が、口角を吊り上げた。おそらく笑っているのだろう。そんな九尾を「どこが面白いのよ」と、信じられないといった目で沙羅が睨みつける。
「あなたもあやかしなのよ。無関係じゃないわ。もしかしたら自分はやられないと思っているのかもしれないけれど、あなたは長いこと封じられていたせいで全盛期の半分の力もないじゃない。それをお忘れ?」
「うるさいな」
九尾は煩わしそうに片目を閉じ、尾をひらひらと振る。
「ちっぽけな人間のくせに、よくまあそんな大それたことをしようとするもんだと、からかっただけだよ」
そこで言葉を切ると、九尾は目をキュッと細めた。
「だがまあ、油断はしない方が賢明だな。そんな事をやろうとする奴は、底無しの阿呆か、そんな事をやれるだけの力を持っている奴だ」
「残念ながら後者だろうね」
ため息と共に京介は言葉を吐き出した。
「僕は三月の間紫紺の動向を探っていた。その際、いくつかあやかしの住処を襲撃しているのを間近で見たけれど、あれはあやかし退治なんてそんな生易しいものじゃない。大量虐殺だ。たった一撃か二撃の攻撃で、すべてが消し飛ぶ」
京介の言葉を耳にしながら、葵は思い出していた。天空に刻まれた巨大な五芒星の陣。そこから放たれる眩い閃光。そして、悲鳴と血の匂い、倒れ伏す親しかった者たちの骸。
御山を出る前、葵は第二、第三の御山が出るかもしれないと五色に話した。だが京介の話や九尾が聞いたという噂から察するに、御山の襲撃以前にもすでに数々のあやかしたちの住処が襲撃を受けている。御山の悲劇もまた、第二、第三のどこかのあやかしたちの悲劇だったのだ。そしてこれからも、紫紺を止めない限りそうした悲劇はこの国のどこかで繰り返される。
「ねえ、顔色が悪いわよ」
気がつくと、沙羅に顔を覗き込まれていた。沙羅の眉尻は心配そうに下がっている。
「ここに長くいるの、あなたにとって良くないんじゃない?そろそろ町の方へ戻った方がいいと思うわ」
そんなことはない、と言いかけた葵だったが、沙羅の言う通りだということに気がついて素直に頷いた。
さっきからここにいると、倒れ伏した木々と墓を、御山の生々しい襲撃の傷跡と重ね合わせてしまい、思い出したくもないことを思い出してしまうのだ。
京介も沙羅の意見には賛同したようで、「じゃあ戻ろうか」と葵を促した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます