第25話 襲撃の現場
「ところで町の人から聞いたんだけど、君はこの森で、殺されたあやかしの魂を鎮めているというのは本当なの?」
京介の質問に沙羅は頷いた。
「ええ。本当よ。おかげで町の人に変な人って思われてるけどね。そんな私を珍しがって冷やかしに来る連中もいるの。魂を鎮めるのには力も時間も使うから、邪魔されると迷惑なのよね。だから、九尾に見張ってもらってたの」
「ついこのあいだ早速来ていたな。少し驚かすと泣きながら帰っていった」
九尾がぼそりと言ったのを聞いて、沙羅は
「驚かすのもほどほどにしてよね」と釘を刺した。
「あなた見てくれ怖いんだから」
沙羅の言う通り確かに怖い、と葵は内心賛同する。
京介は逸れかけた話題を修正しようと言葉を続けた。
「その殺されたあやかしたちは、人に悪さをしていたの?」
「ええ。でも、悪さといってもかわいいものだったらしいわよ。せいぜい近くの街道を通る人を転ばしたり、ちょっと驚かしたり。人間の子供もよくやるようないたずらだわ。そんなあやかしたちを、住処ごと襲って皆殺しにするなんて、やりすぎだわ。陰陽師って」
そこまで言ってから、沙羅は京介を見て口をつぐんだ。
「ごめんなさい。あなたも陰陽師なのよね。桜木って名乗っていたから」
京介は「気にしないで」と言った。
「僕もその陰陽師はやりすぎだと思う。それくらいの悪さしかしないあやかしなら、少し驚かして懲らしめるくらいだ。本来なら。それで、もしよかったら、その現場まで案内してもらえないかな?」
さりげなく尋ねた京介に対し、沙羅は「良いわよ」とすぐに請けあってくれた。
「ちょうど今、
葵はその言葉に、つい気になって尋ねた。
「一度にできるもんじゃないのか?」
沙羅は「いいえ」と吐息をつく。
「鎮める魂が少なければそれも可能だけど、今回みたいに多くちゃ一度には無理なの。魂を鎮めるのは、気力も体力も使うから。だから一度にしようとすると私が倒れちゃうのよ。それで何日かに分けてしているの」
「そういうことか」
葵は納得したように頷いたが、いまいち魂鎮めのお祈りというのがどういうものなのか見当もつかなかった。気力も体力も使うと言っていたことからも、たやすくできるものではないのだろう。しかし葵の想像するお祈りは静かにひざまずいてするものであり、気力はともかく体力は消耗しないように思える。それとも沙羅の言うお祈りとは、葵の知るお祈りとは全く異なったものなのだろうか。
そんなことを考えながら、「じゃあ行くわよ。ついてきて」と歩き出した沙羅の背を追っていると、葵の頭上から「おい」と声をかけてくる者がいた。
見上げると、九尾が葵の方をじっと見つめてきている。
「な、なんだよ?」
意志の疎通もできるし、襲われないとわかっていても、人の三倍もある恐ろしげな化け狐に見下ろされるのはなかなかに居心地が悪い。
葵がドギマギしていると、九尾は鼻をヒクヒクさせた。
「お前、妙だな。人間のはずなのに天狗の匂いがする。いや、染み付いていると言った方が正しいか?」
「え、匂うのか?俺」
そういえば最近風呂に入っていないことを思い出して、葵は自分がいたたまれなくなってきた。しかし、九尾は「そういうことを言ってるんじゃない」と顔をしかめた。
「なんで人間なのに天狗の匂いがするんだと聞いている」
「ああ、そういうことか」
少し安堵しながら葵は答えた。
「俺は赤ん坊の頃に天狗に拾われてからずっと、天狗と一緒に育ってきたんだ。だからするんだろう」
「天狗に拾われた?なかなかに珍しい境遇だな。だから山伏の格好をしていたのか」
葵と九尾の会話を耳にして、沙羅も興味を持ったのか振り返った。
「そうなの?じゃあ、天狗の術も使えたりするの?人間でも修行すれば、天狗の力を扱えるようになると聞いたことがあるわ」
「まあ、一応は使えるよ」
「本当に使えるのね。機会があったら天狗の術見たいわね。ねえ、九尾」
沙羅に話を振られ、九尾はふん、と荒々しく鼻息をついた。特に返事はなかったが、天狗の術なんぞ大したことないと言わんばかりの態度である。沙羅はそんな九尾へ不満そうに「もう」と口を尖らせた。
しばらく森の中を歩いたところで、沙羅は足を止めた。その先は木々が開けていて、あちこちに何者かによって盛られた土がある。
「ここよ」
沙羅が短く呟いて、視線でその先を示した。
葵はゆっくりとした足取りで数歩先に進みでる。すると、木々が開けていると思ったのは勘違いだったことに気づかされた。木々が開けているのではなく、もともとそこに根を下ろしていたはずの木々が、根元からもぎ取られるようにして地面に倒れ伏していたのだ。
呆然として葵が立ち尽くしていると、京介が無数にある土の盛り上がった箇所を見て、
沙羅に尋ねた。
「これは?」
その声につられて、葵も京介のそばへ近づいてそれを見た。それは、あの御山の襲撃で死んだ者たちを埋葬したものとひどく似通っていた。
「それはお墓よ」
葵の予想通りの答えを沙羅は返した。
「殺されたあやかしたちの骸が野晒しになっていたから、私と九尾で埋葬したの。そうしなきゃ鎮まる魂も鎮まらない」
「全滅だったのか?」
御山も山神の加護がなければ全滅していたのかもしれない。
そう思いながら、葵は声が震えそうになるのをこらえて沙羅に尋ねた。沙羅は、「おそらくは」と静かに答える。
いたずら程度の悪さしかしていなかったというあやかしたち。それを無情にも皆殺しにしたという陰陽師。やはりこれは、白虎丸の言っていたように、紫紺には協力してくれている仲間がいるのかもしれない。京介も同じことを思ったのか、険しい顔をして無数の墓を見つめていた。
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