第4話 襲撃
葵は椿丸の姿を探したが、どこにも見当たらなかった。手近にいた女天狗に所在を尋ねてみると、どうやら御山を取り仕切る頭領に誘われてそちらの方へ行っているらしい。さすがに頭領との酒の席に割って入る気は起こらず、葵は結局椿丸の元へは行かずに五色を含む仲間内で宴を楽しむことにした。
宴の席には豪華な料理が並ぶ。御山で取れる山の幸から遠方から取り寄せた海の幸まで、様々な素材を使った色とりどりの料理を見れば自ずと皆食欲をそそられる。酒も進む。
宴は夜遅くまで続いた。お腹がいっぱいになり、酒で少しふわついた心持ちで葵は寝所ヘ向かう。
葵が共同で使っている寝所へ入ると、一足先に酔いつぶれた五色が大いびきをかいて眠っている。葵の後に続いて寝所に入ってきた仲間たちが迷惑そうな顔でぼやいた。
「こりゃなかなか眠れなさそうだ」
葵もその意見に賛同したが、いざ布団へ入ってみるとすぐに眠気に襲われた。他の者も同様だったらしく、すぐに気持ちよさそうな寝息が部屋のあちこちから上がる。と言ってもそのほとんどは五色の大いびきにかき消されてしまっているが。
それから数刻後、葵は心地よい眠りから急に引き剥がされる羽目になった。大地を震わすような轟音に驚いて飛び起きたのだ。
「なんだ今の!?」
かけ布団を蹴っ飛ばして葵は立ち上がる。隣で寝ていた五色も目をこすりながらキョロキョロとしている。
「地揺れかな?」
五色が眠そうにぼやいたそばから、しっかり者の竜丸が「違う」と首を横に振った。
「地揺れにしちゃあすぐに揺れが収まった。それに、なんか焦げ臭いぞ。」
竜丸の言葉に皆がわっと寝所から飛び出した。渡り廊下に出て見ると、この館の中央に位置する建造物がある方向から火の手が上がっているのが見えた。
「火事か?」
五色がポツリと呟く。では先ほどの轟音とそれに伴う揺れは何かが爆発した衝撃だったのだろうか。
事態がよく飲み込めないまま、葵達は闇夜に不吉に立ち上る赤い炎を眺めていた。するとそこへ一人の少女が駆け寄ってきた。葵達と同年齢の女天狗・茜だった。
「あんたたち何ぼさっと突っ立てるの!?」
茜は信じられないといった様子で男どもに怒鳴る。
「いや待て、俺たちまだ事態がよく飲み込めてないんだ。」
葵が皆の気持ちを代弁すると、茜は悲痛な声で叫んだ。
「御山が何者かに襲撃を受けたのよ!」
「え」
御山が襲撃を受けた。その事実に皆絶句する。
「誰が襲撃してきたんだ?」
「だからわかんないだってば。とにかく危ないから、戦える者以外は地下へ避難しろって」
館にはいざという時のために広い地下室が設けられてる。だがまさか本当に避難のために使うことになろうとは誰も想像したことすらなかった。
「ほら、あんたたちは戦えるでしょ。武器を持ってすぐに私についてきて」
茜の言葉に皆慌てて武器庫へ向かう。武器庫に着くと、葵たち同様にまだ襲撃という事実をよく飲み込めていない若天狗たちが不安な面持ちで武器を受け取っていた。葵たちもすぐに太刀を手に持ち、茜の後へ続く。
御山では万が一戦闘状態になった場合に備えて、天狗たちは男女ともに幼い頃より武芸を学ぶ。だがその武芸を披露するのはせいぜい喧嘩か武闘会などの行事の時だけで、本当の戦闘状態など若天狗たちは経験したことがなかった。経験したことのある中年や年配の天狗たちは落ち着いているように見えたが、それでも彼らの顔からは不安と焦燥めいた感情が読み取れる。
「御山が襲撃を受けるなんて、ここ数百年なかったことだぞ。」
葵のそばにいた中年の天狗が悪夢のようにぼやいた。
火の手が上がっている寝殿部へ集団になって駆けつけると、天狗たちは突然身を震わせて足を止めた。
葵だけがそのまま様子を見ようと走りかけたが、皆の様子を見て慌てて自分も足を止める。
「これって」
茜が声を震わせる。葵には皆が何にそんなに怯えているのかわからなかった。もちろん御山が襲撃を受けたのは葵だって怖い。しかし何故ここで突然足を止めるのか。
その時、後方で悲鳴が上がった。振り向くと若天狗が怯えた顔をして空を指差している。
それにつられて空をみると、妙なものが浮かび上がっているのが見えた。
金色の線だ。それは金色の眩い光を放ちながら空に何か巨大なものを描いている。ぐるりと円を描き、それから円の中へと線が侵入していく。次第にそれが何を空に刻もうとしているのかがわかってきた。五芒星の陣だ。夜空に浮かび上がる星型の文様。
葵もそれが何を意味するのかは本で読んで知っていた。五芒星は魔除けの呪符。あらゆる魔を退ける力を持つ。
やがて、五芒星の陣が完成した。館を覆うほどに大きいその陣は、完成した途端強烈な光を放ち、光線が地面を舐め上げる。葵たちはそれを為すすべもなく見上げることしかできなかった。
御山全体が揺れるほどの衝撃と轟音が館を襲った。館が弾け飛び炎が上がり、天狗たちは抵抗することもできずそれに巻き込まれる。五芒星の陣が放つ光は浄化の力を持つ。それは魔道に生きる天狗たちの身を蝕んでゆく。人間である葵にそれは効かなかったが、爆発の衝撃に体ごと吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。
うめき声をあげてなんとか体を起こすと、さっきまでそばにいた茜や竜丸、他の天狗たちが亡骸となってそばに倒れ伏していた。
「嘘だろ……」
突然のことに葵は呆然とした。みんなが死んでいるという事実を受け入れらなかった。はっと我に帰り、五色の姿がないことに気がつく。
「五色、五色!」
頼むから、せめてお前だけは無事でいてくれと、葵は声を枯らして叫んだ。
周囲は絶望的な状況だった。あちこちから火の手が上がり、館はただの残骸と化している。その中には倒れた天狗たちの姿も見える。まさに地獄絵図だった。
まだ息のある者を助け起こしながら、葵は無我夢中で五色の姿を探した。やがて五色を見つけた。地面に血まみれで倒れている。半ば絶望的な気持ちでそばに駆け寄ると、まだ息があった。
「五色、しっかりしろ」
葵の言葉に答えるように五色は右手を上げる。葵はその手を掴んだ。ぎゅっと力を込めて握りしめた。手を離してしまえば五色の魂ごと離してしまうと思った。
「俺は、大丈夫……だ。心配ない」
全く大丈夫ではない口調で囁くように五色は言った。
「おい、まだ息のある者を地下室へ運べ」
背後から声をかけられ葵は振り返る。そこにはけが人を担いだ天狗が何人かいた。葵のように運良くひどい怪我をせずに済んだ者たちだろう。
葵は手を貸してもらいながら五色を地下室へと運ぶ。
地下室へ入るとけが人はすぐに地面に横たえられ、医療の心得のある天狗たちがすぐさま怪我の治療に当たる。
五色もその列に加えられた。葵は治療を受ける五色を心配そうに見守る。
「無事な者は、他に生き残った者がいるか探せ!一人でも多く助けるんだ」
大柄な天狗が声を張り上げて地下室内で叫んでいる。武辺ものとして名高い平六という天狗だ。その言葉に従い、葵と共にけが人を運んできた天狗たちが地上への出口へと向かった。葵もそれに続こうと腰を上げかけたが、やはり心配で五色へ目を向ける。
治療を受けながら、五色は「行け」とほとんど声になっていない声をあげた。五色の治療に当たっていた男天狗も「ここは俺に任せて他の者の救護に迎え。」と言う。
葵はひどく青白い顔をした五色を見た。そばに膝をつき、五色の両肩をあまり傷に負担をかけないように掴み、言葉を絞り出す。
「死ぬなよ。五色」
葵はそう言い残し、地下室を後にした。
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