冬支度⑩
部屋に戻ろうと廊下を歩いていると、僕は聞き慣れた声に呼び止められた。
「ジン!」
「お疲れ様、カズチ」
「ピッキャー!」
声の方へ振り返るとカズチが何やら恥ずかしそうに立っていた。
なんだろうと思いつつも僕は駆け寄り声を掛ける。
「どうしたの?」
「あー、いや、なんだ。……今年が一週間もないと思ってな、少し話をしたくなったんだ」
「そうなんだ。実は僕もそう思ってたんだ」
笑いながらそう口にするとカズチと歩きながら僕の部屋に入る。
お決まりのようにガーレッドがベッドに飛び乗り、カズチが椅子に座って僕がベッドの端に腰掛ける。
しばらくは他愛のない話を続けてたのだが、カズチの口数が徐々に少なくなったのを感じたのでここは僕からだと思いお礼の品について口にした。
「……そうだったのか?」
「うん。今日もみんなのところを回ってたんだ」
「そっか。なんだ、ジンも同じことを考えていたんだな」
「やっぱりカズチもそうだったんだ」
カズチの様子を見て僕と同じかもしれないと思っていたのだが、案の定そうだったようだ。
それなら、あえて口にしたことで多少はリラックスできるのではないだろうか。
ここで僕からお礼の品を差し出してもよかったのだが、そこはカズチが先生の声をあげた。
「それじゃあ、俺から渡そうかな。……ジンのを先に貰うと、俺のが貧相に見えそうだし」
「まさか、そんなことはないんじゃないの?」
「お前、自分が規格外だってことを自覚しろよ?」
……えっと、なんかごめんなさい。嘘だと思うかもしれないけど、自覚はしているんだよ?
「……まあいいや。これ、俺が錬成した素材なんだ。まあ、どこにでもいるような魔獣の素材なんだけど」
「えっ! 錬成された魔獣の素材なの! 見せて、早く見せて!」
「お、おう」
錬成された魔獣素材は自分のもの以外をあまり見たことがない。
今の僕がどの程度の錬成ができているのかを見極める為にも、カズチの錬成素材を目にするのは大事なことなのだ。
「でも、副棟梁と錬成している時に見ているだろう。なんでそこまで見たがるんだ?」
「お礼の品ってことだから、カズチの自信作ってことでしょ?」
「ま、まあな」
「それを見るのが大事なんだよ!」
「……それならいいんだけどな。これ、ゴラリュの骨を錬成したやつだ」
ゴラリュか。懐かしいな、魔法の訓練をした時にバーベキューで食べたお肉だったっけ。
「あの時のゴラリュのお肉は美味しかったよね」
「そうだな。ユウキが魔獣を狩って、棟梁が準備をして、ルルが料理をしたんだよな」
「……そう聞くと、僕たちって何もやってなかったんだね」
「タダ飯を食べただけだな」
そう言って顔を見合わせた僕たちは大きな声で笑ってしまった。
懐かしい話の中でこうして笑い合えるというのもこの世界で確かな絆を築くことができたからだ。
「……カズチ、ありがとう」
「いや、そこまで上等な素材じゃないぞ?」
「そこじゃなくて! ……僕と友達になってくれてさ、ありがとう」
カズチにはいつの日か本当のことを伝えなければならないと思っている。僕がこの世界とは違う世界の知識を持っていることを。
だが、それは今ではない。もう少し先の話になるだろう。
それでも、必ず伝えようと思う。カズチのことを僕はそれだけ信用しているし、信頼しているのだ。
「……それは、俺のセリフだっての」
「……はは、そうかな?」
「そうだよ。神の槌に来てからもなかなか馴染めなくて、錬成師の先輩とは仲良くしてたけど腹を割って話をできていたわけじゃなかったからな。だけど、ジンが来てからは俺の生活が一変したんだ」
確か、カズチと顔を合わせた時には軽く敵対心を抱かれていたっけ。それにソニンさんも扱い辛そうにしてたよな。
……ん? そう考えるとカズチの才能を見つけたソニンさんって、相当大変だったんじゃないか?
「……性格も一変したの?」
「お前なあ! ……まあ、そうだな、そうかもしれない。その点も感謝しているよ!」
なんか怒らせたっぽいけど……まあ、大丈夫だろう。
「ってか、早く素材を見ろよ! いや、もう見なくてもいいから受け取れ!」
「ごめん、ごめん。見るから、ちゃんと見るから」
あははと笑いながら素材を受け取って出来を眺めたのだが……うん……これは、素晴らしい。
下級魔獣だからと侮って錬成をしたら爆発を起こすとソニンさんは言っていたけど、この素材は完璧に魔素が取り除かれて最高の錬成ができている。
僕が見てもそう思えるのだから、ソニンさんが見たら諸手を上げて褒めてくれるだろう。
「これ、ソニンさんには見せたの?」
「なんで。ジンにあげる為に錬成したんだから見せるわけないだろう」
「もったいない! こんな完璧に錬成されているのに!」
この後は僕とカズチに言い合いが少しだけ続き、結局はそのまま受け取ることになった。
そして、今度は僕がカズチに錬成素材を渡す番になったのだ。
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